第一幕。オイラたちの日常。でも、ちょいと違う日みたいです。
「相棒相棒、朝ですよ。起きてくださいって」
高いびきかいて寝てる男をゆする。まったく、昨日も安酒カッ喰らってこのざま。長屋の皆さんに迷惑だってのに。
ただでさえろくなことしないで刀振ってるだけの、この自堕落男はほんとに。
「起きろっこの子供侍!」
ガツンと一発。オイラの右拳が、相棒の額に炸裂だ。
「ん、っあぁ。毎度お前の鉄拳目覚ましは効くなぁ」
「まったくヘラヘラと。これやんないと起きないんですから。安酒でぐっすり眠れる、楽な体してやすよね、相棒は。ほら、オイラの朝餉の残り」
そう言ってオイラは、小皿を右手に、箸を左手に持って、やっとこさ半身を起こした目の前の男にズイっと突きつけた。
「まぁた油揚げか。ほんと、狐は食事が楽で羨ましいぞ」
そう言うくせに、相棒こと 田山良善は、お行儀悪くも手で、オイラたち妖狐の大好物、油揚げを掴んで口に放り込んだ。
「だんな。なにを手で食うんでもいいけど、せめて油揚げだけは無作法するなって、いつも言ってやすよね?」
じとーっと睨んでやるけど、相棒様はニヤっと笑って、こう言ったんですよ。
「お前がその、女らしくない喋り方をやめたらな。いつもそう言ってるだろ?」
「ぐ、ぐむむ。オイラがこの喋り方を気に入ってるの、知ってて……!」
喋り方を変えるか、油揚げへの無作法をやめさせるか。オイラには死活問題な選択……。
こいつぁ、良だ善だと字面はいいが、その実ただの自堕落男。おまけにオイラにゃ意地が悪い。
まったく、始末におえねえや。
「じゃ、オイラ外行ってきます。あんたは長屋の掃除でもやっててくだせ」
言い捨てて、オイラは髪の型を作る。
「その丁髷もどき、めんどくさくねぇのかい いつも思うんだけどよ」
「オイラなりのよそ行きです、たしかに手はいるんですけどね」
「茶色い髪ってだけでも、人に混じると珍しいのに、その髪型。ま、薬売ってんだから、目立つこたいいけどよ。あんまし目立つと、めんどうじゃねえか」
「辻捕り屋やってるあんたが、目立つことをめんどうがるんじゃないですよ。目立てば目立つだけ、こっちに力が向いて、町の人が安心できるんですから」
よし、っとオイラは集めた髪をちょいと持ち上げて、その状態で帯びで縛ってまとめる。
辻捕り屋ってのは、オイラたちがやってるまあ、慈善事業。
町ん中歩くついでに、なんか困ったことがないか聞いて回る。で、なんかあるか 喧嘩なんかが起きてたら、オイラたちが止めに入るって寸法。
お金のかわりに、ちょいと腹の足しになる物をもらう、そんなお人よし仕事です。
オイラの薬でお金はちょいとはもらってるし、それ以上は申し訳ねえ。おまけに自分で勝手に首突っ込んだ迷惑毎で、更にお金取るなんてオイラにゃとてもとても。
それに。オイラたちみたいな、ろくでなしと妖怪はこんなもんで充分でさぁね。
「いいですか相棒。もっかい寝てたら拳、一発じゃすみませんから」
言ってオイラは、薬箱を背負って 左腰に代金箱ぶらさげて長屋を出た。
「へいへい、起きるつもりが寝かされました、永遠に。なんてのはごめんだからな」
そんな言葉を背中に聞いて。
「やれやれ、まったく。オイラがいないとほんとに駄目駄目なんだからなぁ」
なんでか、口元がニヤけっちまう。
まだうまく人の姿んなれなくて化ける修行してた時、獣取りにひっかかってたのを助けてもらって、そっから御恩返しにと付いて来た時ゃ、まっさか。
あんな、刀振るだけしか能がないような唐変木だとは、思いやせんでしたけどね。
でも今じゃ立派に相棒で。世の中、わかんないもんです。
誰か、オイラの名前呼びながら走って来る。あれは……。
「おこんちゃんっ! 大変だよ!」
「おまつのおばちゃん? そんな血相変えていったいどうしたんで?」
オイラが目を白黒させながら聞いてみると、「それがさあ」とバタバタ走りながら話をしたんです。
「良善さんを目当てに、この絢鵺化町まで来たって言う目が座ったあぶなっかしいのがさあ!」
「相棒を? ああまあ、あの剣術バカなら、斬り倒して名ぁ上げようって考える、愚か者の十人や二十人はいるかも、か。やれやれ。オイラで追っ払えれば御の字、ってとこか」
オイラでも、それなりにはやりあえる。これでもオイラ、人間じゃないし。名のある奴を倒して名を上げようなんて考えるような、ろくに鍛錬もせずに手っ取り早く強さを得ようって未熟者程度なら余裕ってなもんですよ、ふふん。
「おこんちゃん、早く早く!」
オイラの言葉を聞いてか聞かずか、そんな隙間のないおまつさんにおったてられて、オイラも慌てさせられた。
「田山良善を出せ!」
「うわぁ。ほんとに目が血走ってやすね。目に入ったもん、なんでもかんでもぶった斬りそうな気迫」
「おこんちゃん、ほんとに言葉遣いが男だよねぇ。そんなんじゃ、嫁のもらい手がないよ」
「お……おまつさん。余裕ですね」
小さく右手をキュッキュ キュッキュと握ったり開いたり。ま、まったく 嫁なんて言うんだからもう……。
「っと。気を取り直して」
「なんだいお嬢ちゃん。俺に、なにかようかい?」
髷を結った血走った眼光鋭い、薄い紫に赤が混じったような色の着流しの男は、オイラを見てニヤニヤと。完っ全に見下してやがって!
「そうですね。うちの相棒に挑みたいなら。まず、オイラと勝負してからにしてもらいやしょうか」
「無手で? そんな邪魔なもん背負った? てめえみてえな小娘が? 俺と勝負を?」
くっ、こいつ。いちいち癇に障る。
「ええ、辻斬りとかやってそうな剣客のお兄さん。オイラに勝てねえようなら。田山良善にゃ、たとえお天道様が西から登ったとしたって、絶っ対ぇに。勝てやしない」
「小娘が、弟子気取りか。刀も持たずに」
「刀を持つことは、絶対の強さじゃねえってところ。その体に叩き込んでやりますよ」
少し腰を落とす。荷物が邪魔くさいけど、こういう思いあがった奴は、これぐらいの加減でなきゃ。
「なめるなよ、このアマ!」
「早いっ?!」
思わず身を引いてしまった。
「まず」
荷物のせいで、重心が後ろにもってかれて尻餅ついちゃったっ。
「大口叩いたわりには、ずいぶんと無様だな!」
「な」と同時に閃く刃、あの角度は右の袈裟斬り。
……なら、賭けだけどっ!
「くっっ!」
「なっ?!」
当たった。思いっきりのけぞってからのオイラの頭突きっ!
「ふん」
思わず勝ち誇ったニヤリ顔になっちゃったや。
「は……腹に、頭突き。なるほど、たしかに無手でなければその反撃はむり。だが、その体勢からではなにもでき ぐわっ!」
「なにも……なんだって?」
フフフ、もんどりうって倒れやがった。どうだこのやろう!
両手両足を地面についた状態から、起き上がる勢いを使った、勢いつけた頭突きをもう一発お腹におみまいしてやったんだ!
「この。侍を。武士を愚弄しおって!」
むっくり起き上がりながら、元々血走った目を更に細めてオイラを睨んで来た。まったく、こわいこわい。
「たった一撃二撃受けた程度でなに目くじら立ててるんで。旨を貸してくださいよ、モノノフのお兄さん」
女だからって弱いと決めてかかるような奴には、こうやって思いっきり腹を立てさせてやらなきゃ。
「おのれ!」
「おうおう、更に目を血走らせちゃって。そんなに目ぇ細くしたら、目がつぶれるんじゃないんですかね?」
「黙れい小娘が……!」
「おーいおこん。掃除終わったぞー」
んのバカ。ぼんやり出てきて……。
「相棒」
「なんだ。喧嘩やってんのか」
ご丁寧に竹刀持ってるし。って……そうだった。
この人、長物持ってないと落ち着かないんだった……なんて間の悪い……!
「おお、師匠のお出ましか。ちょうどいい、手間が省けたわ」
「うわっっ」
いきなり、男の右足で オイラはお腹を蹴られた。そのまま後ろに何回転か転がされて。薬箱がガランガランうるさかったけど、なんとか止まった。
「ぐ、うぅ……雪駄で、よかった」
左手でお腹を抑えながらちっちゃく言う。今のがもし下駄だったらと思うと、体中がざわってなった。狐なのに鳥肌なんて、面白くもねえや……。
「おいおい。うちの相棒を蹴るたあ、ずいぶんと手荒じゃねえかい?」
「その小娘がこちらを逆なでして来たのでな。大分手加減してたようだから、少々灸をすえさせてもらっただけ……だ」
「どうしたい兄さん。鳩が豆鉄砲喰らったような面ぁして?」
きょとんと間の抜けた相棒を見て、男はピクピクと小刻みに肩を震わせ始めた。
まあ、相棒のなり見たら、だいたいよそから来た人 こういう反応するんですけどね。