1話
涼を求めて図書館へ向かう道中、道に迷ってしまった。流石に高校2年生にもなって迷子とか、あり得ない。
見慣れた筈の風景が、私をよそよそしく取り巻く。
あぁ、ここは狭間か……
遠くで蝉が鳴いている。まるで目隠し鬼のようだ。開いた眼には何も映してはいけない。
鬼さんこちら、手の鳴る方へ……
音を頼りに歩きだそうたしたとたん、ここに在るはずか無い音に阻まれた。
「高瀬!」
一直線に私に向かって来た低い音は、同じクラスの村松。名前を呼ばれるような接点は無い。
「高瀬、お前学校休んで何してんだよ。」
ズカズカと近づき、村松は声を荒げた。夏休みなのに制服を着ている。
村松は野球部のレギュラーだ。本来なら部活がある筈なのに、何故こんな所に?
「え? だって夏休み……」
「はぁ? 夏休みは来週からだろー、ボケてんのか? 暑さで頭、やられたのか?」
「え?」
とっさにスマホを手にする。表示されている日付は7月23日(月曜日)だ。
「頭やられてんのは村松じゃないの?」
スマホの画面を見せながら言い返す。
「それとも何? ドッキリ的なやつ? それなら大成功ねー。アー、ビックリシター。」
「え?」
村松は目を見張って画面を見つめ、自分のスマホを取り出した。
「……設定いじってるだろ。」
そこそこ背が高くてそこそこカッコいいと評判の村松は、意外と大きな目をこちらに向けた。
そう言って私の目の前にかざされた画面には、7月9日(月曜日)と表示されていた。
「その言葉、そのまま返すよ。」
その日なら確かに学校を休んだ。生理痛が酷くて身動きが取れなかったから。
果たして、何の接点も無い私にこんなウザ絡みしてくる意図が分からない。
追い討ちをかけるかのように、図書館で取り組む予定の夏休みの宿題を見せた。
「はい、夏休みのワーク。これ持ってるよね。17日に配られたでしょ。」
村松の目の前で薄いワークをひらつかせる。高校2年生の宿題にしてはお粗末だ。
何も言わずに村松はそれに手を伸ばした。
「貰ってない。……俺、まだ貰ってない。」
その手をかわしてワークを鞄に戻す。
「貰ってたよ。前から順番に配られたじゃない。」
「貰ってない……え? なんで?」
「ウザ……」
「なっ!」
ムカついたのか、村松は顔を赤くして口を一文字に結んだ。
「なに? 絡んで来たのそっちでしょ? 今日が9日だって言うならさ、プリント持ってるの?」
私は頂戴とばかりに手を差し出す。
リュックから、村松はプリントを取り出した。
「嘘……何で村松が持ってんの?」
「家近いから、先生に頼まれた。」
村松が差し出したのは、紛れもなく9日に届けられた水泳の追試のプリントだった。
「嘘……」
慌てて鞄の中のクリアファイルを取り出す。
村松が手にしているプリントと寸分違わない水泳の追試を知らせるプリントが入っている。
「え? マジで?」
追試を受ける生徒の名前は先生の手書きだ。
村松からプリントを奪い、紙を重ね透かして見ても、完全に一致している。
私の名前が鉛筆で書かれたそれは、コピーでもなかった。
遠くで蝉が鳴いている。二人して俯いてプリントを見る。村松は何も言わない。私も何も言えない。
視界の端に、長い髪をだらりとたらし、俯いた白いワンピースの女が見えた。
ヤバい奴だ。あれはそう言う類いのものだ。
明るい日差しの中でほの暗さを纏い、 女は滑るように近づいてくる。何かを握りしめながら。
私は村松の手を掴み走り出す。
「た、高瀬?」
「走って!」
有無を言わさず声を立てると、村松が私の手を引いて走る。思いの外早い。早すぎて足がもつれそうになる。
背後で迫り来る女の気配に鳥肌がたつ。蝉の声がピタリと止んで、ぞわぞわと寒さを感じる。
それは村松も同じらしい。私の手を掴む腕が粟立っている。
「村、松! 左のっ、緑色のドア! 入って!」
見知ったドアを見つけて叫ぶ。
村松は一瞬躊躇って私を振り返ったが、直ぐに前を向いた。強く手を握り村松はドアを開け、室内に私を放り投げるように引っ張った。
ドアベルが乱暴な音をたてる。
乱暴に背中でドアを閉めると、村松は乾いた声で笑った。
「は、はは……何だよ、あれ……」
「……何って……い、言われて、も……」
久々の全力疾走に膝が震える。理由はそれだけでは無かったけれど。
「今回は派手にやって来たね。」
緊張感の無い声が、しゃがみ込んだ私達の上からかけられる。
「志賀さ……」
名前を呼ぶ呼ばれて、少し迷惑そうな男はドアの向こうをみながら溜め息をついた。
1話完結の予定が少し長くなってしまいましたー。5話位で終わったらいいな。
よろしくお願いします。




