木星の慈愛に悪夢も晴れる
湿地帯を抜けた小高い丘の先にある森林の中に、ひっそりと潜む遺跡を発見した。
白い石灰岩の上に建てられた純白の遺跡が森の緑と調和している。
側には結晶の生えた、たくさんの池も見つけた。
「これは、きっと人工池ね」
「アレッタ、よく分かるね」
「きっとフィナのおかげだと思う」
「フィナというのは以前に君が出会った友人のことだね」
「うん」
「彼女は何者なんだろう」
「敵なのか疑ってるの?」
「まさか。もし捕らわれているのなら早く助けなきゃと思って」
「うん。早く助けてあげよう」
「助けると言うなら、まずはユピテルだな」
ウェヌスは続けて言う。
ユピテルは完全に取り込まれていると。
「つまり、次の敵は星の力を使う可能性が高い」
マルスのその言葉に緊張感が高まった。
騎士はより強く武器を握る。
「ええ……どうしよう」
「メルちゃんを囮にしようか」
「そんなー!!」
メルは号泣し、それをウェヌスがからかう。
「もう。意地悪は駄目よ」
「アレッタ……うぅ」
アレッタがメルを慰めている間に、辺りには霧が出はじめた。
少しずつ少しずつ濃度を増していく。
「騎士さん!くるよ!」
「わかった、メル!」
濃霧からにわかに飛び出したのはジャガーだった。
その鋭い爪は騎士の喉を間違いなく狙っていた。
「猫さんね」
「それにしては大きいよ」
ジャガーは次いでアレッタに襲いかかった。
騎士がとっさに庇う。
「どうしてアレッタに?」
「星はひかれるから、かしら」
「なら危険だ。スタリオンになって」
「わかった」
騎士はメルを宿したまま交戦を開始。
敵は濃霧に潜みながら、突然に音もなく襲いくる。
騎士はその予想の出来ない攻撃に苦戦する。
「このままじゃあ防戦一方だ」
「あたしの弾は当たらなそうだし」
「自分の重力軽減も意味ないでしょうね」
次第に騎士の防御が間に合わなくなる。
敵の攻撃は速度と威力を増していた。
一撃を浴びるごとに騎士の体が小さく跳ね上がる。
「逃げて!」
アレッタがつい叫ぶ。
騎士の傷つく姿に怯えているのを首飾りから感じた。
「逃げない!」
「どうして」
「僕は勝たなきゃいけないんだ!」
騎士は霧の中へと迷いなく走り出した。
勘を頼りに駆けた先に巨大なピラミッドが忽然と現れた。
それに激突するも、騎士は態勢を立て直してピラミッドの階段を駆け上る。
「騎士さん?」
その途中、しゃがみこんで構えた。
霧のなかに潜む殺意を探る。
「背中は遺跡、攻撃範囲を一つ減らした。きっと敵は」
真っ正面でジャガーの牙が光る。
「そこだ!」
反射的に繰り出した霧も切り裂く一閃。
しかし。
「消えた!?」
ジャガーの姿は呆気なく消滅した。
おぞましい気配を察知して、マルスが敵の真意に気付く。
「今のはこっちの実力を試したみたいね」
霧がわずかに晴れ、その向こうの景色、サバンナに巨大な敵の姿を確認する。
「あれが本体みたい」
「あんなに大きいのが……?」
アレッタも騎士も驚く敵の本体は山のように巨大なサボテンの怪物だった。
幾本の足で地に立ち、乱れて伸びる体のどこにも顔らしきものは見当たらない。
そもそもあれは体なのか判別しづらいほどに、大きく太いサボテンが密集していた。
「危ない!」
アレッタが人に戻って、騎士を抱いてピラミッドから跳んだ。
その背後で巨大な棘がピラミッドに叩きつけられた。
「ジャガーの正体はあれか」
「気を付けて、まだまだくるよ」
「それなら」
騎士はマルスの力を使って敵のもとへ空を駆け抜ける。
棘は上空までは届かないらしい。
「マルス、このまま奇襲する」
「確実にね」
「ああ!」
サバンナに居座る巨体に向けて、獲物を狙う鳥のように滑空する。
すれ違い様に敵の一部を切り捨ててやった。
「ウェヌス!」
着地と同時に熱の弾丸を放つ。
炸裂したものの、全く効果が見られない。
よく見れば、切り捨てた一部も回復していた。
「まさか、本体も幻なのか」
「力が濃くて分からない」
騎士は激しい棘の攻めを受けて再び空中へと脱出した。
弱点を探ろうにもそれらしいものは見当たらない。
「アレッタ。それでも何とか星の居所を探れないかい」
「真下……真下よ!」
ここで、敵の体から無数の針が射出される。
盾に隠れたその隙に、騎士の体は棘により空中から地面へと容赦なく叩きつけられた。
「があ……!」
今までにない衝撃と痛み。
そこへ容赦なく何度も棘が振り落とされる。
「やめて!やめてー!!」
アレッタが人の姿へ戻り立ちはだかる。
それを見て、騎士は刹那に立ち上がった。
「君には辛い思いはさせない」
思いの限り全てを切り払う。
一本の棘も逃さず、敵へと歩みながら次々と切り払う。
「うおおお!!」
走り出して、敵の真下へと潜り込んだ。
「アレッタ!」
そして、激しく逆巻く水流を天目掛け噴出し、敵そのものをズタズタに引き裂いてみせた。
金色の空の下で、それに劣らぬ鮮やかな橙色の光を手のひらで受け止めた。
「あら……」
「君はユピテルでしょう」
「ええ。わたくし、取り込まれてそれから……」
「もう大丈夫さ。星飾りの騎士が助けてくれた」
「まあ!騎士様、ありがとうございます!」
騎士は照れ笑いながら、その場に倒れてしまった。
アレッタが泣きそうな顔で案じる。
「平気だよ。疲れただけさ」
「あんた普通の人間じゃないな。思いっきり叩きつけられたんだぞ」
「メルも泣いちゃった」
また泣き出したメルをユピテルが慰めてやる。
慈愛に溢れた慰めに、メルはすっかり泣き止んだ。
「まるでお姉さんね」
「マルスも慰めてあげるわ」
「どうしてそうなるのよ」
仲のいいやり取りに、騎士の心身はすっかりほぐれた気がした。
それでなんとか立ち上がろうとしてふらつき、アレッタが支えてくれた。
「休もう。ね?」
アレッタに言われては断れない。
騎士はその場に座って休むことにした。
「お疲れさま」
「ありがとう。アレッタも休んで」
「私は平気。あなたが守ってくれるから」
アレッタの顔に大好きな笑顔が戻る。
彼女は騎士の隣に寄り添った。
騎士はとても安心した。




