地球に温もりを注ぐ愛
二人は緑の美しい湖に立ち寄った。
風が撫でる水面は陽の色を映さず唯一で、どこか神秘的な雰囲気さえ感じた。
その中心に、水に浸かる遺跡群を見つけた。
ここにも極彩色の結晶が飾られていた。
「誰?」
アレッタが遺跡群を見つめて問う。
「どうしたの?」
彼女は答えることなく見つめ続けている。
その瞳はどこか儚い。
「アレッタ。大丈夫かい」
騎士がアレッタの肩に手を添えると、彼女は小さく頷いて、それから歩き出した。
「自分は何も感じない」
「メルも何も感じないよ」
アレッタはひとり、何かに導かれるように水面に一歩踏み出した。
水に沈む道を遺跡群に向かって進む。
ゆっくり時間をかけてたどり着いた彼女は、目の前に一際そびえ立つ遺跡を仰いだ。
「騎士さん、行かないの」
「どうしようか」
「何を迷っているの」
「分からない。ただ、どうしてか足が進まないんだ」
騎士は遠くにいるアレッタを気にかけるも、その足は彼女を追いかけようとしない。
不思議にも遠慮のような気持ちが浮かんできた。
その折、アレッタは遺跡の頂に座る少女を見つけた。
彼女が羽織る模様の描かれた織物が風にハタハタと揺れている。
彼女は、確かにそこに実在する。
「あなたは誰?」
「私はフィナ。あなたと縁のある遠い昔の人よ」
「私、どこかであなたと出会った気がする」
「うん。初めの町で私たちは一度出会っているわ」
記憶を辿るも思い出せない。
「私はあなたを助けようとしたの。でも、あなたがそれを拒否して、私とあなたは交じりあって分かれてしまった」
フィナは続けて語る。
「この遺跡はうんと昔、人が神様に言葉を、命を捧げた場所。神様は祈りに応えて人の想いを現実にした」
「じゃあ、この世界は」
「アレッタ。希望と救いはいつだってあるよ」
フィナはふわっと飛び降りて、アレッタの頬に手を添えた。
「それを伝えに私はあなたに会いに来たの」
その笑みから恵愛の情がほのかに伝わる。
身も心も楽になる、まるでひだまりのような温もりを受けた。
「フィナ?」
「よく聞いて、これはあなたの心からの言葉。この先どんな絶望が訪れても今度こそ諦めないで」
絶望、という言葉にアレッタは怖じ気づく。
そんなアレッタの両手をフィナはぎゅっと握りしめた。
「友達になりましょう。あなたが辛いときには私が側にいるって約束する」
フィナの姿が少しずつ曖昧になってゆく。
「急でごめんなさい。もっとお話が出来たら良かったのだけれど」
「あのね。私、分からないことがあるの」
「焦らないで。少しずつ思い出して、少しずつ受け入れるの」
アレッタの脳裏に、欠片のような小さな記憶がよみがえる。
それは、ベッドに座る男の子が窓の外へ思い馳せている姿だった。
「アレッタ!」
振り返ると、男の子によく似た少年がこちらに向かっていた。
「ごめん。足がやっと言うことを聞いてくれたよ」
アレッタは騎士の頬へ手を添える。
騎士はその手が震えていることに気が付いた。
「大丈夫」
「え?」
「大丈夫よ」
アレッタの微笑みを通りすぎた涙が、一滴、風にさらわれた。
「二人ともはやく離れなさい!遺跡から何かを感じる!」
マルスがにわかに叫ぶ。
邪悪な気が、遺跡の中でグルグルと喉を鳴らすのが聞こえた。
「アレッタ。下がってて」
急襲、闇から二対の牙が飛び出した。
騎士はハルバードでそれを薙ぎ払い、マルスの力を借りて頂上に飛び上がった。
「あ、黒いわんわんだ」
「食べられちゃうよ!」
アレッタが無邪気に敵に近づこうとするのを、メルが必死に制止した。
敵はそんな二人を気にする様子もない。
真っ直ぐに騎士を獲物として捉えている。
「彼らは、どうして僕ばかり狙うのだろう」
「君、もしかして嫌われやすいタイプじゃない」
「そんなことないよ!」
「冗談よ。今は退治することに集中しなさい」
敵は少く二体。
騎士はまた襲いくる牙を薙ぎ払って、建ち並ぶ遺跡の上を転々と移動した。
敵は遅れることなく彼を執拗に追う。
「ここから反撃だ!」
空間を蹴って飛びかかる攻撃をかわし、敵を武器で素早く切り捨てる。
しかし手応えはない。
「かわされた!」
何度も武器を振るうも、彼らは全て避けてみせた。
「見なさい。奴らには目がないみたい」
「鼻や耳が利くからって避けられるものかな」
「実に見事に避けられているじゃない」
「なら」
騎士は水に浸る床に降り立って、低く構えた。
瞳には闘志が満ちる。
「避けられない攻撃を叩き込むまでよ」
「ああ、いくぞ!」
火星の力で身を軽くした騎士は盾を捨て、ハルバードを両手で握り締めて足に力を込めた。
次いで、地を蹴って高速で敵に接近する。
水飛沫が跳ねて、陽光を浴びたその一滴一滴がきらびやかに瞬いた。
「せえあ!」
叫んで降り下ろした武器は避けられたものの、これで終わりではない。
「ここからだ!」
地を壁をも蹴って敵を追い詰めてゆく。
遺跡の密集するこの場所ならではの戦法だ。
「そこだ!」
空中で体を捻りながら武器を振り払い、まず一体を叩き伏せた。
残る敵は、一吠えしてさらに速度を上げた。
互いに交差しながら攻撃を繰り出し続ける。
しかし一瞬の隙、騎士の動きが鈍ったのを逃さず、敵は真っ先に飛びかかって、ついにその右腕へと食らいついた。
「メルの力は凄いよ!」
敵の牙が音をたてて砕ける。
「かかったな!」
姿勢も崩れた。
騎士は左に一回転して、その勢いのままにハルバードを以て敵の体を打ち上げた。
「騎士さんも凄ーい!」
敵は派手に吹っ飛んで湖に沈んだ。
「お疲れさま」
アレッタが駆け寄る。
騎士は不安な面持ちでアレッタを見遣った。
「どうしたの?」
「さっき、泣いていたように見えたから」
「気のせいだよ」
アレッタは騎士に背を向けて、収まらない動悸に目を閉じた。
遺跡を吹き抜ける風も落ち着いたようで静かだ。
自身の鼓動だけが聞こえる。
「アレッタ?」
「さあ、行こう」
騎士の手を引くアレッタの手はもう震えてはいなかった。
それでも、彼は彼女の手を強く握り返した。