小さな水星の大きながんばり
二人は高温多湿の熱帯雨林に踏み込んでいた。
大木が二人の行く手を遮るように乱立している。
その根もまた大きく、邪魔になって歩くのには難儀する。
「暑い……」
騎士は鎧のせいもあってより嫌に感じていた。
見上げる空の夕陽はジッとして熱だけを絶えず届かせている。
落ちた汗が鎧の上であっという間に蒸発した。
「それ脱いだら?」
「アレッタ。それは出来ないよ」
「そう」
「ねえ、ここにもダークマターはいるかな」
メルが不安を隠しきれずに震えているのが首飾りを通して伝わった。
騎士は安心させようと穏やかな口調で。
「いるよ」
「そんなあ……」
僕が守るよ、と言おうとしたのだが、アレッタによってその思い遣りは阻止された。
「見て、川があるよ」
「本当だ!」
アレッタが豊かな水をたたえた大河を発見した。
騎士は思わず喜んで駆け出そうとしたが。
「待って!」
メルの叫びにその場に留まった。
「どうしたの」
「騎士さん。ダークマターがいるよ」
「もしかして、この世界にはもう」
「うん。きっとメル達とダークマターしかいないんだよ」
大河から大きな顎が陸へ上がってきた。
数えて四体になる。
「赤いワニさんね」
アレッタが無邪気に声を発したせいか、彼らは完全にこちらに気付いてしまった。
ワニのような生き物には脚がなく、素早く這って騎士に迫る。
「逃げてー!」
メルが警告する前に足は動いていた。
急いで大木の裏に隠れる。
ところが、敵の一体がその大木の半分をも噛み千切り、大木は乱暴にアレッタのいる方向へとなぎ倒されてしまった。
「アレッタ!」
「スタリオンになれるから大丈夫」
騎士は間もなくアレッタと同調した。
「さあ、行こう」
「ああ!」
ハルバードに渦巻く激流をまとわせて、こちらへ飛びかかる一体に向けてそれを突きだした。
ところが。
「効かない!?」
「あらま。水をよくはじくみたい」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!」
メルがついに泣き出す。
一方で敵は大木に登ったり地を這ったりして、方々から襲う用意を整えた。
「私の力じゃ弾き飛ばすだけで精一杯みたい」
「相性が悪いってことだね」
「うん。水で暮らす生き物を取り込んでいるからかしら」
「なら、ここは……」
心をメルに寄せる。
想いが繋がり、メルの恐怖がしっかりと伝わってきた。
「メル」
「なあに」
「怖いのは分かるよ。でも、どうか君の力を貸してほしい。君の力が必要なんだ」
「ん……」
「平気。闘うのは僕だ」
敵の連続的な奇襲を何とかかわして距離を取る。
彼らは一斉に体を大きく持ち上げ、口を限界まで開いて威嚇した。
その中には長く鋭利な牙がこれでもかと並んでいる。
「ふぇぇん……」
「メル!」
瞬間、心を通じて騎士の勇気がメルに伝わった。
それは堅い意思そのものだった。
「すごいね騎士さん。怖くないんだ」
「負けるわけにはいかないからね」
「メルは……」
「メル、勇気を出して」
アレッタも応援する。
メルは二人に応えるように恐怖を振り切って叫んだ。
「メルだって負けたくない!騎士さんの力になりたい!この世界を救いたい!」
メルの輝きが騎士と同調する。
意思はより堅くなり、鎧と盾も絶対的に堅牢なものへと変化した。
「鎧と盾が変わった……!」
「がんばれ!」
メルの元気な応援を受けて騎士は改めて奮い立った。
そこへ大きく開いた口が接近する。
それをかわすと、その隙を狙って一匹が背後から体へ噛みついた。
しかし、全くダメージはない。
逆に相手の歯がボロボロに欠けていた。
「せえあ!」
歯の折れた敵の頭にハルバードの鋭く尖る先を突き立てる。
そのまま持ち上げ、木の上から機会を伺う一匹に力任せに投げてやった。
そこへ、すぐさま次の攻撃がくる。
地面を高速で這って騎士を翻弄する敵は、学習したのか太い尾で騎士を叩きつけた。
「全く効かないね」
「メルはすごいんだよ!」
騎士はハルバードを地面に突き刺し、足をしっかり踏み締めて盾で完璧に防いでみせた。
尾は切り捨て、振り向き様に牙を突き立てようとする顔を蹴りあげて、その顎から頭へ貫いてみせた。
「残り二匹!」
ここで油断した騎士は邪魔な根に足をとられ、太い尾の奇襲によって大木に叩きつけられてしまう。
「痛いけど、怪我はないみたいだ」
「メルが騎士さんを守るよ」
「僕も君を守るよ」
大きく開いた敵の口内へハルバードを全力で投げつける。
それは口から体へと勢いよく突き抜けた。
「武器を投げちゃったー!」
「最後の一匹!かかってこい!」
残る一匹は真っ直ぐに騎士に突っ込んできた。
それをかわすと、敵はそのまま川の中へ飛び込んだ。
「しまった」
「これじゃ、どこからくるか分からないね」
騎士はハルバードを拾って思案した。
ここでアレッタが名乗り出る。
「メル、私と変わって」
「はあい!」
星の力を交代する。
騎士にはアレッタの考えが確かに伝わった。
「よし」
「いくよ」
ハルバードを川に突き立てる。
すると、大きな渦が高く巻き上がり巨大な水の柱となった。
それが弾けて、捕らえた敵が陸地へ向かって宙を舞う。
「メル!」
「決めちゃうよ!」
再びメルと交代して、騎士はタイミングを計る。
低く構えて盾をキツく握りしめて待機する。
「せえあああ!!」
そして満を持して、落ちる敵の巨体へと盾を高く突き上げた。
堅牢な盾は鋭い刃となって体を真っ二つに裂いた。
敵はやはり溶けてなくなった。
「やったやった!」
「がんばったね、メル。助かったよ」
「二人ともお疲れさま」
「おつかれさまー!」
メルは嬉しそうに拍手するアレッタの周りを踊るように飛び回った。