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神様からの贈り物

何度か見た夢。

彼と描いた物語を追体験するような夢。


それは夢のように思えて、現実に思えるほど心に迫る。

アレッタはまたその世界に導かれた。


「アレッタ!」


「クレイド……?」


彼女は暦のピラミッドに寄りかかって眠っていた。

目を覚ました彼女は騎士の顔を見て安心を得た。


「また会えたね」


彼の言葉に記憶が混乱する。

そこへ、フィナがどこからともなく現れた。


「あなたは今、現実とこの世界の狭間にいるの。さあ、目を閉じて」


従って、アレッタは目を閉じた。

二つの世界の記憶が少しずつ溶けて混ざり合うのを感じた。

そして心も重ねて、想いが溢れた時、彼女の意識はハッキリと確かなものとなった。

見た目は少女のままだが、彼女は間違いなく大人になった現実のアレッタである。


「クレイド!あなた本当にクレイドなの!」


アレッタが声を上げて迫ると、騎士はただ一度頷いた。

その隣でフィナが説明する。


「この世界は神様から人間への最後の贈り物。あなた達は選ばれたの」


「どういうこと?」


「思い半ばで亡くなってしまった彼を救い、そしてあなたと、もう一人の彼女を救うためにこの世界は創られたのよ」


もう一人の彼女。

それを聞いたアレッタの脳裏にルディアの姿がよぎった。


「アレッタ。あなたは今から絶望と向き合うことになるわ」


「絶望……それって」


騎士が答える。


「僕の死だね」


それはつまり、こうして再会できたのに、彼は結局死んでしまうということだ。

この恋しいばかりの世界の終わりを意味していた。

アレッタはそんなこと認めたくなかった。


「嫌よ私。そんなのってあんまりよ」


アレッタは悲痛な叫びで嘆いた。

フィナが複雑な面持ちで口をつぐむ。


「この先、辛いことが待ち受けているだろう」


騎士が、アレッタの手を握って優しく言葉を伝える。


「でも、二人ならきっと苦しくないよ」


それは彼女が彼に何度も伝えた言葉だった。

アレッタは俯いて、自身の心と向き直った。


私は生きている。

今までのこと、想い、全て無駄にしないためにも立ち向かわなきゃいけない。

そして、彼にこれ以上の心配をかけるわけにはいかない。


「ありがとう。私はもう平気」


アレッタは立ち上がって、とびっきりの笑顔を見せた。

騎士も嬉しそうに笑った。


「アレッタ。僕の死は悲しいばかりじゃない。きっと、死の中にだって輝く希望はあると思うんだ」


「輝く希望……」


「僕は君に安らぎを与えられた。これから訪れる最後の瞬間、僕は君に希望を残そう」


アレッタは記憶を振り返った。

彼が亡くなる最後の瞬間、自身に残してくれた希望とは何か。

思い出せない。心当たりがなかった。


「楽しみにするね」


彼女は心持ち曖昧な返答をした。

これから死に向かう彼に対して楽しみにすると言うのは変なものだが、これでよかった。


「アレッタ、クレイドさん。これから先、また二人で頑張ってね」


「フィナ。あなたは一緒に来てくれないの?」


「私の役目は二人を導いて、支えて、背中を押すこと。それだけ」


フィナは、さんさんと輝くスタリオンとなった。

その光の温もりが全身へと染み渡る。


「でもこれだけは忘れないでほしい。私たちは友達」


「だから、辛い時は側にいてくれるのよね」


「うん。いいかしら」


「もちろんよ。本当にありがとう」


光が空の頂点にある太陽へと帰ってゆく。

その軌跡を眺めて、ふいに記憶を取り戻した。


旅の始まり、彼女はアレッタと一体化して闇に負けない光を与えてくれようとした。

心が冷えてしまわないよう温もりを与えてくれようとした。

でも、アレッタはそれを受け入れている最中に否定した。

やっぱり自分自身の力で乗り越えたい、そう強く思ったからだった。

不安定に混ざって分かれた二人。

旅の終わりにそれぞれ帰結したけれど、アレッタの心に彼女の光はひだまりとなって残された。

そこに今は一輪の黄色い花が咲いている。

その花は絶えず陽を見上げている。


「元気と笑顔よ。がんばれ私!」


アレッタの意気込みは余るほど十分だ。

騎士が改めて優しく彼女の手を取る。

そして、二人は一歩踏み出した。


「さ、行こう!」


「うん!」


暦のピラミッドにある階段をゆっくりと上っていく。

アレッタの心で、一段と上がるごとに不安が増した。

その隣で騎士も緊張していた。

この先にはまた死が待っている。

わざわざ死に向かうことが怖くないはずがなかった。

それが彼女にも伝わったのだろう。

握る手に力が強く込められた。


「ここ?」


行き着いた頂にある部屋の中は小さな円になっていた。

緻密な彫刻が彫られているだけで、他には何もない。


「この場所、本で見たことない」


「つまり、この遺跡は偽物ということかい」


「どうかしら。そもそも、この世界のことが私にはよく分からない」


突然、ひと揺れあって床が降下をはじめた。

騎士がアレッタを庇い、二人は姿勢を低くして次に起こることを待った。

しばらくして床は、四角い石灰岩で組まれた部屋の中へ到達して止まった。


「そんなには広くない部屋だね」


部屋の壁には火の着いた松明が整然と並んでいる。

壁にはもう彫刻はなかった。

寂しいという印象だけを受けた。


「クレイド。向こうに廊下が続いているよ」


明かりが奥へと続く廊下を視線の先に見つけた。

アレッタがそこを目指そうとしたその時、天井から見たことのない怪物が降ってきた。


「何だこいつは」


「空想上の生き物にもこんなのいないよ」


怪物は二人よりも巨体だ。

頭がある位置には首もなく彫刻の刻まれた大きな壺だけが乗っている。

体は泥を固めたようで、また筋骨隆々とした人間に近い様をしている。

その両手には蛇のように長く鋭い骨が握られている。


「アレッタ、戦うよ」


「あ、うん」


アレッタは現実に存在しない怪物を改めて見て衝撃を受けていた。

夢のような世界とはいえ、今までたくさんの敵と戦ってきた事実が嘘みたいに思えた。


「どうしたのアレッタ」


「スタリオンてどうなるの?」


「え?」


今のアレッタにスタリオンに変わる力はなかった。

しかし、彼女の心が代わって応えた。

アレッタの首飾りから虹色の星明かりが飛び出して騎士へ宿る。


「この力は……!」


騎士の鎧と盾が堅牢に、ハルバードは立派な大斧へと変化した。


「私の中にいるみんなのおかげね」


「これなら戦えるぞ!」


騎士は前触れなく降り下ろされた骨を盾でしっかりと受け止めた。

その瞬間、爆発が起きる。

相手の態勢が崩れたのを確認して、体を回転させながら、敵の両足を狙って大斧をなぎ払った。

すると、鋭い氷の結晶が地面から突き出す。

それは敵の両足を貫いて捕らえた。


「まだまだ!」


さらに大斧を頭上に掲げて高く跳躍。

天井に一本の線を残して降り下ろされた武器は敵の左腕を斬り落とし、同時に凍てつかせて氷の結晶を作り上げた。

ここで敵が反撃にでる。

残る腕で骨を振るい、着地しようとする騎士の体を壁に叩き付けた。

壁は砕けて砂煙が立ち込めた。


「クレイド!」


アレッタが思わず叫ぶ。

音がして瓦礫が動いた。


「僕なら平気さ。心配しないで」


騎士はまっしぐらに駆け出した。

自由に空間を蹴って自在に骨の攻撃をかわす。

そのまま懐へと潜り、大斧を腹から肩へと斬り上げる。

敵の体のほとんどが氷の結晶に捕らわれた。

残る腕も凍てつき、完全に身動きが取れないでいる。


「トドメだ!」


騎士は跳んで、交差しながら敵の胴体を横に斬り捨てた。

追撃、また跳んで縦に武器を振り下ろす。

敵は直後に爆発を起こして散り散りになった。


「っ!」


しかしこれで終わりではなかった。

頭部に鎮座する壺が爆煙から飛び出したのだ。

節のある足が六つ、正面にある壺の入口から、先に針を備えた尾が生えている。

その尾は素早く伸びて、騎士の腹部へと針を深く突き刺さした。

アレッタが小さく悲鳴を上げる。


「それは幻だ!」


騎士は敵の尾を切断した。

が、敵はあっという間に尾を再生した。


「凍てつきもしないのか」


敵の全身が震え出し、壺が真っ赤に染まって加熱する。

激しく熱を上げて、部屋の中には熱苦しい熱気が満ちた。

壺の中に尾が引っ込んで、粘着性の火の玉が放たれる。

騎士は難なくかわしてみせた。

彼が先程までいた床はドロドロと溶けて沸騰している。

直撃は必ず避けなければならないことは理解した。


「クレイド、壺を壊すしかなさそうよ」


「そうみたいだね。よし!」


騎士は壺を直接破壊することを決めた。

放たれる火の玉を幻で陽動して、その隙に回り込む。

アレッタも飛んでくるそれを、必死になって避けた。


敵は火の玉を吐きながら尾による不意打ちを仕掛けた。

クレイドは偶然に迫るそれにたまらず、姿勢を崩して床に倒れてしまった。

本体を見つけて放たれる火の玉を転がってかわす。

その先に赤く沸騰する床が現れて騎士は追い詰められた。

気が付けば部屋の中には、赤く沸騰する床がほとんど隙間なく点在していた。

片膝を付いて盾の裏に身を隠す。

騎士がアレッタの位置を確認すると、彼女は崩れた壁の向こう側へ避難していた。

そうして視線を外した彼に向けて火の玉が放たれる。

彼はそれを察知して跳躍、天井へ逆さまに着地した。

ままに天井を走って火の玉をかわす。

そして敵の真上に到達したところで、盾に隠れながら急降下した。


「くらえ!」


接触すると同時に大爆発が起きる。

アレッタはその衝撃に目を閉じて耐えた。

騎士は床一面を凍てつかせて、爆煙が散るのを待つ。


「まだ倒れないのか」


壺は粉々に砕けていた。

ところが中にあるドロドロした熱の塊が、壺の破片を瓦礫を集めて、それらを触手へと再生する。

その熱の塊から伸びる瓦礫の触手は全方位に向けて乱暴に振るわれた。

この荒々しく猛烈な攻撃に、騎士が作り出した幻は次々と消えた。

触手は一度、彼本体を見つけて捉えると、集中して殴打を重ねた。

盾を利用して爆破しても、大斧で断ち切り凍てつかせても、即座に再生と放熱を繰り返して騎士を追い詰める。


「負けないで……!」


アレッタはぎゅっと目をつむって、手を握り合わせた。

クレイドの逆転を強く乞い願う。

その透き通る想いは、騎士の中に宿る彼女の心の力を輝かせた。


と、音が止んだ。


アレッタが恐る恐る片目を開けてみると、全身から煙を上げながら騎士は立ち尽くしていた。

まさか負けてしまったのだろうかと、一瞬、不安になったがそうではない。

彼の前で触手はまるで芸術品のように凍てついていた。


「アレッタ。君の想いは本当に力強いよ」


「やっちゃってクレイド!」


「ああ、任せて」


騎士は大斧を引きずって、ゆっくりと敵へ歩み寄る。

ジュッと音が鳴って触手がピクリと動いたが決して動じない。

そして敵の前に仁王立ちすると、盾を捨て武器を両手で構えた。


「せえあああ!!」


渾身の力で叩き割る。

中から熱が溢れて吹き出したが、すぐに白い枝のようになって固まった。

その冷気の凄まじさはアレッタのもとへも届いた。

終わりに騎士が敵に背を向けると、触手の先から順々に炸裂していき、最後に中心の塊が派手に爆発した。


「きゃ!」


アレッタの隠れていた壁まで吹き飛ぶほどの威力だ。

彼女は背後の壁にふっとんで頭をくらくらさせた。

そこへ、クレイドが慌てて駆け寄る。


「ごめん!大丈夫かい!」


「もう!大丈夫なわけないでしょう!」


「本当にごめんね」


「今ので思い出した。あなた、映画に憧れて派手にアクションすることに憧れていたよね」


「いや……それはそうだけど」


「こんな狭い所よ!どうしてバンバン爆発させるのよ!信じられない!」


「ごめんよ、もう爆発はさせないから」


アレッタの説教にクレイドはたじたじだ。

それでも懐かしくて、彼はとても嬉しく思った。

それは彼女も同じだった。

二人は、ふっ、となって笑いはじめた。


「楽しいね」


「うん。君とこうしてまた話が出来て神様に感謝だよ」


「本当にね」


二人は歩きながら話を続ける。

どこが目的地は分からないが、そのうちに着くだろうと二人そろって能天気に考えていた。

今はこうして会話できることが何よりだった。


「大人になった君の話を聞かせて」


クレイドに言われて、アレッタは今までの人生を上機嫌に語った。

それを聞いて、彼女が楽しく生きていることを彼は実感した。

それと、家族の平穏な暮らし、特に妹が元気に頑張っているという話は彼にとって一番喜ばしいことだった。


「ルディアのことは気掛かりだったんだ」


「あなたに会いたいって言ってた。私だけなんかズルいね」


「僕も会いたいよ」


ここで、ふと。


「そう言えば……」


アレッタはフィナの話を思い返した。


「ねえ、フィナが言っていたことが気になるの」


「それは何だい」


「この世界が作られた理由のひとつに、もう一人の彼女を救うため、て言ったの」


「ということは……」


「もしかしたら、この暗い迷路のどこかにルディアがいるのかも」


自分でそう言って、アレッタは心配になってきた。

彼も焦りを感じているようだ。


「はやくゴールを目指そう」


「それはどこかしら」


「いっそ壁を壊して進もうか」


「やめて」


アレッタは目を細くして断固拒否した。

なので仕方なくこのまま探索を続けることにした。

それでも、心配と焦りは増して二人の歩みは速くなった。

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