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星に願いを

騎士は生死の最中に記憶を見た。


難病を患って少しずつ自由を失いながらも、大好きな人達と生きるために病と闘う日々。

本格的な治療の為に島を出ようと言われても、彼はどうせ死ぬならここで死にたいと、言葉には出さなくとも頑なに首を振って断った。


幼い頃、アレッタという女の子がやって来た。

彼女は羨ましいくらい前向きで、キラキラ輝くその姿はまるで星のようだった。

彼女のおかげで人生が明るくなって、生きたいと強く願うようになった。

自身に向けられる笑顔が大好きだったから、どんなに痛くても、どんなに辛くても全て笑って乗り越えた。


彼女は、夢も与えてくれた。

たくさんの本を一緒に読んでいるうちに、世界の面白さを知り、二人はいつの間にか空想の世界にのめり込むようになった。

現実の世界を冒険することは出来ない。

でも、空想の世界なら自由に冒険出来た。


僕らは二人で星を巡る大冒険を夢描いたんだ。


「クレイド!」


アレッタに名前を呼ばれた騎士は、彼女の膝の上で目を覚ました。

彼女は大粒の涙をこぼして泣きじゃくっている。

涙がいくつも彼の顔に零れ落ちた。


「アレッタ……」


アレッタは涙を拭って笑ってみせた。

そして、もう大丈夫よ、そう小さく呟いた。


「君も記憶を取り戻したのかい」


アレッタは頷いた。


「フィナのおかげよ」


目を動かして状況を確認する。

ここはクレイドの自室だ。

彼はベッドの上で仰向けになっている。

視線を窓の外へ移す。

星のない黒いだけの夜があった。


「あいつは?」


「フィナが抑えてくれてる」


「なら、彼女を助けなきゃ」


「うん、あなたならそう言うと思った」


「行かせてくれるのかい。僕を止めはしないの?」


「私たちは一緒に戦うのよ」


「一緒に……そうだね」


「それに、フィナは私の友達よ。見捨てるようなことはしないわ」


「必ず一緒に助けよう」


「うん!」


「よし、それじゃあ」


騎士は起き上がって体の調子を確かめた。

以前よりも軽くて、活力がみなぎるのを感じた。


その時、窓の外から陽の光が一筋伸びてきた。

もうすぐ夜が明けるようだ。

騎士はその光の温もりを全身に浴びて、溢れんばかりの想いを感じ取った。


「フィナ、君なんだね。君は僕らをずっと支えてくれていたんだ」


アレッタも陽の光からフィナの想いを受け取った。


「がんばれ、負けないで。あなたの応援、やっと心に伝わったよ。ありがとう」


二人は悩みも迷いも置いて家から飛び出した。

二人を待っていた黒い騎士が、花畑の中心にある影から現出する。


「アレッタ!」


アレッタが騎士と心身一体となる。

今までとは比べ物にならないほど力が増した。


「僕はずっと一緒に戦ってきたつもりだった。でも君は、そうは思っていなかったんだね」


「私は、あなたと一緒に戦いたいとずっと望んでいたのに、苦しくて、ずっと気持ちを誤魔化していたの」


「でも今なら一緒に戦ってくれるよね」


「うん。どんなに痛くても、どんなに辛くても、一緒に分かち合って乗り越えようね」


「ああ!いくぞ!」


騎士が構える向こうで、敵も同時にハンドキャノンを構えた。

その狙いは騎士から直線を描いて彼の家へと移された。

冷酷に、直後に発砲。

彼の家は派手に爆発して燃え上がった。


騎士は、お前に帰る場所はない、という事実を示された気がした。


敵は盾をメイスに変え、鎧も変化させた。


「ウェヌスだけじゃなく、サテューにメルの力まで」


「星の力を自由に使えるみたいね」


星の鎖に繋がれたメイスの先端が上空から迫る。

かわしたところに、大きな窪みが出来た。

騎士は衝撃波に耐えながらその威力を知る。

パラパラと小石が降り注ぐなか、敵は続けざまにハンドキャノンから熱の弾を撃った。

騎士はそれも幾つかかわして、残りは渦を盾にして打ち消した。

ところが敵の威力がそれを上回る。

弾が一つ騎士に直撃した。


「ぐあっ!」


炸裂のあとに騎士は吹き飛んで地面を転がった。

それでも素早く態勢を整えて駆け出す。

熱の弾幕をすり抜けて懐へ潜り込み、降り下ろされるメイスは盾で防いだ。

激しく回転する光輪が盾を削り火花を散らす。

騎士は重い一撃に膝をついても、ハルバードを瞬時に短く持ち直し、渦巻く激流を武器の先へまとわせて敵の腹部へ突き出した。


通用しない。


驚く間に、騎士は横から強烈な蹴りをまともに受けて、また地面を転がった。

地に伏しながら敵を睨む。


「手強い……!」


「私は諦めないよ。諦めちゃだめなの」


「僕もそのつもりはないよ!」


メイスの先端が伸びて敵の頭上で制止する。

そこへ、熱の弾が放たれて巨大な炎の塊が完成した。


「そんなことまで出来るのか」


「どうする?無茶はしないでね」


敵は先端を隕石のように騎士のもとへ落とした。

騎士は星の鎖を水流で絡み取り、まずはそれの軌道を逸らした。

盾に隠れて爆発的な衝撃を堪えたら、星の鎖を一気に引き寄せた。

宙を舞う敵が間合いに入ると同時にハルバードを払う。

敵は武器をとっさにハルバードへ戻して、騎士と同じ動きをした。

騎士のハルバードと敵のハルバードがせめぎあう。

二人はまた同じ動きで距離を取った。


「っとと!」


「危ない!」


騎士は危うく崖の下へ落ちそうになった。

先ほどの攻撃で崖が大きく抉られていた。


「ふう……気を付けてね」


「ごめん。それにしても今の攻撃、直撃ならやられていたかも知れないね」


「星の力が二つ分だからね」


「またくるだろうな」


敵はハルバードを二本構えた。


「そうみたい」


敵が武器をそれぞれ振るうと、電気と冷気の刃が放たれた。


「あれはネプチューンとウラノスの力だ」


「私が……やあ!」


アレッタが水の障壁を作るも、凍てつき、続けて命中した電気の刃によって粉々になった。

敵は激しく乱舞して攻撃を畳み掛ける。


「どうしよう!」


騎士は水流を放って相殺、そうして避ける空間を確保して回避するも、次第に追い詰められていく。


「アレッタ!構わず水の障壁だ!」


「でも……」


「僕の考えはこうだ!」


騎士の考えがアレッタへ直接届いた。

理解した彼女は水の障壁を計画的に作り出す。

騎士はそれに隠れながら少しずつ距離を詰めて。


「そこだ!」


砕けた障壁から奇襲を仕掛けた。

降り下ろした騎士のハルバードが反撃する敵のハルバードと接触した瞬間、武器を通じて彼の体に電撃が迸った。


「きゃあ!」


「アレッタ!」


騎士がアレッタの身を案じた隙を逃さず、もう一方のハルバードが振るわれた。

盾で防ぐも一瞬のうちに凍結したので慌てて手放す。


騎士は危険と判断して後ずさった。

が、敵は前進して容赦なく武器を振るい続けた。

加速する連続攻撃に騎士の防御が間に合わない。

鎧は砕けて、ハルバードは手から弾き飛ばされた。


「負けない……」


それでも震える足で立ち向かう。

決して膝をつかず、倒れることもない。

敵はその姿をジッと見ている。


「クレイド……」


アレッタにも痛みや苦しみが伝わっている。

彼の体が悲鳴を上げているのがハッキリとわかる。


「一緒なら負けない!」


騎士は拳で殴りかかった。

しかし空を切る。


「ユピテルの力か……!」


敵は無数に幻を作りながらハルバードで騎士を斬る。

騎士は幻に翻弄され、一撃も攻撃を当てられない。

一方的な戦いが続いて、ついに崖っぷちへと追い詰められた。


「一発くらい当てさせてくれてもいいだろう」


敵は答えることなく騎士を切り捨てた。

さらに、落下する騎士を追って崖を走る。


「今後こそ……終わりなの」


騎士に向けて敵がハルバードを突き出した。

それを体をひるがえして掴む。


「まだだあ!」


敵に蹴りを入れて武器をひとつ奪い捨てる。

騎士はアレッタの力で海面に着地した。


「何度だって立ち向かうさ。君と一緒なら」


「私、もう心配はしない」


「それでいい。笑って勝つことだけ考えよう」


騎士は海水を利用して、逆巻く水流を空中へ逃げる敵に放った。

敵は空間を蹴ってかわし続ける。


「そこ!」


アレッタが敵を捕らえて岸壁に叩きつけることに成功した。

間もなく、敵は水流を切り払って逃れた。


「攻撃が何も通用しない」


「それでも勝てるよね」


「もちろんさ」


騎士は水流に乗って崖の上に戻った。

武器と盾を急いで拾って、盾にこびりつく氷を砕いたら、敵の攻撃を待ち受ける。

敵は空間を蹴って空へ駆け上がり、即座に攻めてきた。

騎士は空中から雨のように降り注ぐ熱の弾を水流でなぎ払い、落ちるメイスを盾でいなした。


「さ、いくぞ!」


「うん!」


騎士は海水を巻き上げてハルバードへ、空高く伸びる最大級の水の刃を具現した。

真空の刃、電気の刃、冷気の刃、いずれも大胆に体ごと刃を振るって切り捨ててみせた。


「いっけえー!」


アレッタの叫びとともに、水の刃が敵目掛けて力任せに振り落とされる。

敵の盾が簡単に破断した。


「せえあ!」


騎士の叫びとともに、水の刃は敵の鎧を割いて、敵を山の斜面へと叩きつけた。

敵は表情を変えることなくもがいて、辛くも刃を脱して着地した。


ここで状況が転ずる。

敵の様子がおかしい、突如として狂ったように暴れはじめた。


「聞こえる……みんなが抵抗しているの!」


「みんなが!」


と、微かにフィナの言葉が聞こえた。


「今よ、星に願いを」


アレッタが人の姿へ戻る。

二人は顔を見合わせて、共に強く願った。


死を乗り越える想いをこの心へ。


するとそれに応えて、星たちが軌跡を描いて敵の体から飛び出した。

星たちは祝福するように瞬いて舞い踊る。

そのなかに、見覚えのない緑の星を見つけた。


「あれは……」


「最後の星よ」


緑の星は降下して、二人の前で留まった。


「我が名はプルート」


「冥王星ね」


「二人とも、ここまで戦い抜いたこと見事だ。終わりに、全ての星を結集し、真の想いを解き放て」


「まことの想い……」


「騎士よ。そなたの真の想いは何だ」


騎士は一度目を閉じて、希望を込めて答えた。


「生きることだ」


その希望に惹かれて、星たちが騎士の体へ次々に結集する。

想いは重なって、ひとつの偉大な力となった。


「最後まで一緒に頑張ろう」


そう言って、隣でアレッタが微笑んだ。

彼女がハルバードに宿ると、それは黄金のランスに変化した。

それを振るって、空間に、虹色に輝く十字の光を刻んだ。

姿勢を低くして槍を引く、狙いは外さない。


対する敵は眩しいばかりの力に気圧されて身動きが取れないでいる。


騎士は光の中心へ全力で槍を突きだした。

一点に収束した光は閃き、刹那に颯爽と駆け抜ける偉大な想いは、地を削り風を巻き上げながら敵に激突する。


「せえええええ!!」


命の限り想いを解き放つ。


「やあああああ!!」


死は忌み嫌って貪欲に抗うも、想いは死を絶ち、完全に消し去るほどの大爆発を起こした。

夜空を貫いて立ち上る光の柱から、星の粒子が流星群のように世界を飛び渡る。

ようやく、命へ安らぎが授けられた。


「これで、終わったのかな」


「おめでとう。世界は無事に救われたよ」


フィナが朝日を背にして二人の前へ現れた。

彼女は少し寂しそうな顔で微笑んでいる。


「どうして、そんなに寂しそうな顔をしているの」


アレッタがきく。

フィナは騎士と向き直って世界の真実を話しはじめた。


「この世界は過去に命と想いを失った世界。消えゆく時を待つだけのこの世界で、あなた達の夢描いた空想は実現したの」


「私たちの空想が実現した?」


アレッタはよく分からないといった表情でフィナを見る。

フィナは優しい目でいちべつして話を進める。


「クレイドさん。この世界はアレッタが想いをつづるため、そしてあなたを死から救い出すために創られたの」


「でも……」


「今はこれでいいの。そして、そこにいる惑星たちはアレッタ、あなたの想いそのものよ」


「彼女たちが私の想い?」


「そう。もう一人のあなた」


メルキュリアス、水星。

臆病だけれど、元気な想い。


「そういうことだったんだね。とにかく二人とも、お疲れさま!」


マルス、火星。

どんな時も冷静であろうとする想い。


「よく頑張ったね。本当によく頑張ったよ」


ウェヌス、金星。

燃える情熱的な想い。


「熱い戦いだった。絶対に勝てると信じてたぜ!」


ユピテル、木星。

優しく包む慈愛の想い。


「お二人さん。ゆっくり心を休めて、傷を癒してくださいね」


サテュー、土星。

辛いときこそ気楽になろうという想い。


「楽しかったー。たまには力を抜いて星を見てみなよー」


ネプチューン、海王星。

どんな困難も豪快に乗り越えようという想い。


「健闘を称える。この先、もう何も心配することはないじゃろう」


ウラノス、天王星。

無邪気に秘められた勇気の想い。


「えとね、あのね、んとね。そだね、あーもう!大好きー!これからも負けるなー!」


プルート、冥王星。

その心を束ねて願いを実現する想い。


「これで終わりではないぞ。星も願いも尽きることはない。限りなく叶え続けるのだ」


惑星達の光が薄れていく。

意識がもうなくなろうとしていた。


「みんな、どうしたの?」


「安心して。またひとつの心に帰るの」


フィナの答えに、アレッタはめいいっぱい叫んだ。


「みんなありがとう!また、またよろしくね!」


星たちは「またね」と言うように一度だけ瞬いた。

そして首飾りに宿り、ひとつの心になった。

騎士はそれをアレッタの首へかけてあげる。


「返すよ。君の心」


「私の心。ただあなたのために、あなたの助けになろうとした私の想い」


「とても助かったよ。何度も言うようだけれど、僕は君の笑顔のために闘ってきた」


「うん」


「でも、一緒に戦うことが正解だったんだね。僕らの想いは互いに、どうもすれ違っていたみたいだ」


「そうね。なんだか、今まで迷惑をかけてごめんなさい」


「そんなこと言わないでくれ」


騎士はたまらずアレッタを抱きしめた。

彼女の命を守るように、優しく抱きしめた。


「ありがとう」

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