色褪せない故郷の思い出
一行は小さな島へとたどり着いた。
砂浜からすぐ、競うように背の高い原始林が広がっている。
騎士は砂利の一本道を見つけた。
「この先だね」
「がんばろ!」
アレッタが素直な笑顔で応援する。
騎士も覚悟を固くしていた。
今は勝利し、世界を取り戻して、アレッタを笑顔のままにすることだけを心に決めていた。
「さあ、行こう!」
「行こー行こー!」
メルや、星たちが先導して進む。
いよいよ陽も暮れようとする紫の世界に彩りが添えられた。
それはとても綺麗で、なにより愛おしい光だ。
「おーい、遅いぞー」
「ごめんサテュー、葉っぱが邪魔で」
「それなら任せな」
「ウェヌス、燃やしちゃだめよ」
「どうしてマルス」
「当たり前でしょう」
「あたしは何であろうとそれが障害なら燃やす性質だから」
「心だけにして」
そう言われて、ウェヌスはハッと気付いた。
「ああ、そうだ。あたしたちは心だ」
その言葉に他の星たちも何かを思い出したようだった。
それぞれに思い当たることを口にする。
「メルは臆病だけれど、負けないで頑張れ、て誰かを応援してた気がする」
「自分は、どんな時も冷静であろうと努めてた記憶ね」
「あたしはどんな時も情熱的!」
「わたくしは、困っている誰かを優しく包みたい気持ち」
「うちは、辛いときはのんびり楽になろう、てー感じー」
「わしはそうじゃ。どんな荒波も乗り越える豪快で豪傑であれという意思が強くあるぞ」
騎士はただ驚いた。
星に記憶があるなんて思いもしなかった。
「みんな星なんだよね」
アレッタが憶測を口にする。
「もしかしたら落下したときに、この世界の誰かの心と一つになったんじゃないかしら」
「そういうことなー」
「主、納得がはやいな」
「そんなもんだよー」
「わたくしもそれで賛成です」
「いや賛成もなにも、アレッタの憶測じゃからな」
アレッタはクスクスと笑った。
この状況を楽しんでいる。
「こうしてもっと笑って楽しく旅がしたかったね」
騎士は闘ってばかりで、たくさんおしゃべりしたりなんて、楽しい思い出が少ないことを悔やんだ。
ひたすらに目的を果たすことばかり考えて、焦って、自身が楽しもうという気持ちを忘れていた。
「なにをいう主よ。わしらは闘いの最中におるのじゃぞ」
「それでもさ。どんな時でも楽しく笑えたら、それだけで元気が出て活力が湧くと思うんだ」
「一理あるんじゃない」
「そうじゃな、確かにそうやもしれん」
「じゃあ、メルはもう泣かないって約束するね」
「にゃあー!!」
その瞬間、メルの決意をわざと砕くように、草むらから黒の中に白が輝く光が飛び出して脅かした。
「ふええん……」
メルは泣いてしまった。
新しい星はけらけらと笑った。
「メル!ウラノスちゃんだよお久、化物じゃないよ、ねえどうして泣くのかな?」
ウラノスは無邪気にメルの周りを乱高下しながら飛び回る。
「うるさあーい!意地悪しないで!」
「ごめんね、そんなつもりはないんだよ。ほらウラノスちゃん一人で寂しくて寂しくてつい」
ウラノスという星はお調子者のようだ。
それと一応、本当に悪気はないらしい。
「もう泣かないでよー!」
なぜかというと、ウラノスまで泣き出してしまったからだ。
「元気なのが増えたのう」
ネプチューンは参ったというように言った。
「でもこれで、星はあと一つよ」
「そうなのかい」
騎士が確認すると、アレッタは嬉しそうに頷いた。
「僕はてっきりウラノスが最後かと思ったよ」
「最後ってなるとあれだね」
すっかり泣き止んだウラノス。
彼女に続けてネプチューンが言う。
「奴はまったくの謎。誰にも分からん」
「他のみんなも分からないの?」
みな口を揃えてよく分からないと答えた。
しかし、よく分からないとは言え味方であり、助けるべき存在に違いはない。
騎士はより使命感に燃えた。
「ねえ、町だよ!」
メルがみんなに伝える。
騎士が走って追い付くと、そこには真っ白な道路と、その上に色とりどりの貝殻の散りばめられたこれまた真っ白な建物があった。
屋根は空を移したように青く、つい見とれるほどの素敵な町並みだ。
「僕はここを知っている」
隣にいるアレッタも驚いた顔をしている。
「私の故郷よ」
「君の?」
「そうみたい。あなたももしかしたら、そうじゃないかしら」
「うーん、思い出せないなあ」
二人がなんとか思いだそうとしていると、澄み渡るような遠吠えが聞こえた。
「行こう!」
アレッタについて騎士も走ろうとするが、足がまともに動かない。
「あれ?」
「どうしたの?」
足がまた軽くなる。
嫌な違和感を残したまま騎士はアレッタと共に、建物の間を伸びる坂道を駆け上がった。
「みて!」
鹿は図書館と書かれた建物の上にいた。
銀のあでやかな毛皮をまとう神秘的な一匹の鹿だ。
角は三日月のようにしなやかに曲がり、枝分かれた先には水晶に似た実が生っていた。
「ごちそうね」
「アレッタ。しっかりして」
騎士は調子を狂わされないよう平静を保って、しっかりと武器を構えた。
「さ、どこからでも来い!」
敵は建物の上を跳躍しながら角に生える実を広範囲にばらまいた。
実は爆発して、無差別に町を破壊する。
騎士はとっさにメルを宿して、盾でもって瓦礫を防ぎながら、激しい爆撃を耐えた。
「ひどい……」
アレッタは瓦礫となった町並みを見て悲痛な思いに苦しむ。
騎士にもそれが伝わり、なぜか激しい怒りへと変わった。
「ネプチューン!僕に力を貸せ!」
「どうした」
「僕は奴を許さない!ここはアレッタの故郷なんだ!」
「落ち着け。冷静にならねば力は貸せぬ」
「なら、みんな!」
騎士がそう叫ぶも答えはない。
アレッタが背中から優しく彼を抱いた。
「大丈夫」
「君は平気なの?」
「壊れてもまた戻せるよ」
「本当に?」
「うん。心にちゃんとあるから、いつだって戻せるよ」
「そうか」
「ショックを受けたの。それだけよ」
騎士は深呼吸して、なんとか自分を落ち着かせた。
この妙な苛立ちはアレッタへの仕打ちだけではない。
この先にいる何かが絶えず発する恐怖が原因だ。
それにあてられて自分を見失ってはいけない。
「ネプチューン」
「よいぞ。存分に奮え」
敵はこちらの様子を見て再び爆撃の態勢をとった。
「せえあ!」
騎士は落とされる実を一つ足りともこぼさず、全て、ハルバートから真空の刃を放って粉砕した。
空中で爆発が連鎖して、敵はそれに巻き込まれたようだ。
空中から地面へと落下した。
「まだくるよ」
「アレッタはスタリオンになって」
「わかった」
敵は首を振るって立ち上がり、騎士に向けて猛突進する。
騎士は盾で受け止めたが、いくらか力押しされて後ずさった。
直後、素早く身をひるがえしての強烈な後ろ蹴りが打ち込まれた。
「ぐあっ!」
騎士の体は建物の壁を破壊して遠く瓦礫の山へと叩きつけられた。
「なんて力だ……!」
敵はまた騎士に向かって猛突進する。
「ユピテル!」
敵の攻撃を横へ飛んでかわし、態勢を整える。
敵は騎士がとっさに作り出した幻と格闘している。
「ウェヌス!」
ハンドキャノンの銃口へエネルギーを集束して、一発に威力を込めた。
放たれた熱の弾は炸裂、大爆発を起こした。
「タフだなあいつ」
「なら、うちにまかせーな」
騎士はメイスへと武器を変える。
それから先端を伸ばし、強く振るって追撃した。
しかしそれは身軽な跳躍でかわされる。
先端を戻し、三度猛突進する敵の頭目掛けて、頭上高くから真っ直ぐに武器を降り下ろした。
「くらえ!」
見事叩きつけると同時に、威力を殺しきれず相討ちの形となって騎士の体はまたはね飛ばされた。
「まだだ!」
着地。改めてネプチューンの力を借りる。
騎士は瓦礫の上を飛ぶように駆け抜けて急接近。
そうして敵に音も光も切り裂く乱舞を刻んだ。
敵はそれを角を使っていなそうとするが、徐々に押されて、前足が、半身が、ついには全身が浮き上がった。
「せえええあ!!」
トドメに跳んで縦に刃を滑り落とす。
真空の刃が向こうの山肌を抉った。
「はあ……はあ……」
敵は、破裂して霧散した。
それを見届けて、騎士はハルバートを放り投げてその場に座り込んだ。
「ネプチューンの力、これ、はあー疲れる」
「お疲れさま」
「ありがとうアレッタ」
「まだまだよのう」
「僕は星と違って人間なんですよ」
騎士は少しムッとして答えた。
「でも人間とは思えない動きでした。ウラノスちゃんびっくりだよ」
「最後、残像も見えなかったよな。ウェヌスちゃんもびっくりだぜ」
「メルちゃんはね!かっこいいと思ったよ!」
「えへへ、そうかな」
「わたくし、肩を揉んであげます」
「それ無理でしょう」
「本当だわ……」
騎士は楽しくって大笑いした。
アレッタも、みんなもつられて笑った。
「いよいよだね」
笑い終えて、騎士が真剣な面持ちで坂道の先を睨む。
アレッタも緊張しながら頷いた。
最後の敵と対峙する。
終わりは目前だ。
「にゃ!?ウラノスちゃんの出番は!ねえ!ねえねえねえってばー!」




