豪快、海王星の試練
巨大ヤドカリとの激闘のあと、一行は海を眺めて休憩していた。
陽は半分ほど沈んで、海面をよりきらびやかに輝かせている。
「潮風が気持ちいいね」
「うん」
アレッタが言うには、残る星はこの先に集中しているらしい。
そして恐らく、その終着点には災厄の元凶が今かと待ち受けている。
アレッタは口にしないが、騎士には何となくそれが感じられた。
水平線から肌をピリピリと刺激するような恐怖が伝わってくる。
「さあ、行こう」
アレッタの一言で騎士は安堵した。
僕たちはまだ進めると。
「海に入るのかい」
「そうするしかないね」
アレッタを宿して海へ潜る。
命が失われた現在、紺碧の世界には不気味な静けさだけが漂っている。
騎士はこの時、僅かに記憶を取り戻しつつあった。
それは痛みという記憶。
歩み進むにつれて、それはひどく増して、今や心が悲鳴をあげるまでになっている。
しかし、それをアレッタに悟られるわけにはいかない。
きっと運命的に出会ったからには意味がある。
二人で乗り越えることに意味があるはずだ。
「大丈夫?」
アレッタが騎士の不安を感じ取ってしまったらしい。
騎士は慌てて平気なフリをした。
「あまり一人で抱え込むんじゃないよ」
マルスが言う。
他の仲間たちも二人を優しく案じてくれる。
「アレッタも騎士さんも、メルたちが守るからね」
「わたくしたちは全力を尽くします」
「だから元気だせよー」
「あたしたちは、いつだって元気だぜ」
言葉を受けて、騎士の中に突き刺さる痛みが抜けた。
勇気がどんどん湧いてくる。
「みんなありがとう!僕は最後まで笑顔で戦うよ!」
「私も頑張ってみるね」
二人の決心を聞いて、海中で青い輝きが広がった。
「よく決心した」
新しい星が現れた。彼女は海王星。
「ネプチューンね」
「いかにも、わしは」
「じゃあこれからネプちゃんで」
「ウェヌスか。恥ずかしいからよせ」
「メルちゃんもいるよ」
「そうか。それはさておき」
「サテューもさっちゃんて呼んでくれー」
「まあ、素敵。わたくしはユッピーがいいわ」
「こほん。よく聞け」
「さっちゃん!ユッピー!」
「なになにメルちゃん」
「さっちゃんていい響きだなー」
「聞けーい!!」
ついにネプチューンが怒った。
マルスだけが付き合ってられないと静観している。
「わしは怒ったぞ!」
「あら大変」
「アレッタ。呑気なことを言うておる場合ではない」
「どうしたの?」
「わしはここで、主らか奴らか、どちらに力を貸そうか考えていた」
「それはどうしてだい?」
「騎士よ。主のためだ」
「僕のため?」
「主が苦しまぬよう、ここでわしが引導を渡してやろうと考えていたのじゃ」
騎士達の背後に巨大な魚影が音もなく浮かぶ。
「素直に力を貸そうと思ったが腑抜けに用はない。決して挫けぬ不屈の覚悟をわしに示せ!」
ネプチューンは自ら魚影に食われた。
巨体は隆起してさらに巨大化、狂暴だとはっきり分かる風貌の鮫となった。
「きゅう……」
「おい、メルが気絶したぞ!」
「あらあらどうしましょう」
ここは海中。
もとよりアレッタの力を借りる他ない。
「みんな、メルのこと頼んだ」
それをアレッタも理解したようだ。
「ここは私たちに任せて」
「わかった。負けるなー!」
「あの堅物に君らの全てを見せつけてやりなさい!」
「ああ!」
騎士が先手を取る。
アレッタの力で真っ正直から敵へ突っ込んだ。
それはヒラリとかわされ、敵は大きく距離を取る。
「何をするつもりだ?」
敵はゆらりと泳ぎだす。
そして、緩急激しく海中を暴れるように泳ぎはじめた。
水流が乱れるなか、何かが騎士に向けて放たれる。
「くっ!」
騎士は盾をもちいて、それを間一髪で防いだ。
「今のは何だ」
「きっと、空気の刃ね」
「それは厄介だ」
「うん。ネプチューンは強いよ」
鮫は超高速で遊泳しながら、あらゆる方向から空気の刃を放ってくる。
騎士は動きを追うだけでも精一杯だ。
「せえあ!」
激しい水流を鮫に目掛けて撃つ。
風の刃は散らせたものの、鮫を捕らえることには失敗した。
「甘いぞ!」
背後へ回り込んでの猛烈な体当たり。
思わず、騎士の手から盾が離れた。
「こちらは殺す気でいく!死にたくなければ勝て!」
敵が鋭い牙で騎士に食らいつく。
その咬む力は並みではない、痛いほどの圧力がかかる。
「このっ!」
それから逃れようと武器を振るうもまったく効き目はない。
刃に渦巻く激流をまとわせて貫こうにも傷ひとつ付けることかなわなかった。
次第に、鎧が悲鳴をあげて破壊されてゆく。
牙が直接、騎士の体へ届いた。
「ぐああ!」
「だめ!ネプチューンもうやめて!」
「このまま食われて死ぬか、どうする!」
騎士は武器を捨て、両手で鮫のアゴを掴んで力を込めた。
なんとか抵抗するも引き離すのは難しい。
それでも。
「諦めないぞ!僕は生きるんだ!!」
その叫びがあって、先ほどまでびくともしなかった敵のアゴが開いていく。
そしてついに危機を脱した。
「ここから反撃だ!」
騎士はハルバードだけを拾って、弾丸のように直線的な水泳で敵に迫る。
敵も同様に動いた。
「盾は使わぬつもりか」
「これでいい!」
騎士と敵は互いに交差しながら何度も激突する。
正確に刃を当て、敵の体には傷が刻まれてゆく。
「気合いだけでここまでとはやるな。じゃが」
敵の反撃。
口を最大まで開いて、渦状に風の刃を放った。
騎士は海底に立ち、それを一歩も動かずに受け入れた。
立ち上がる砂煙の中、今までにない気迫溢れる騎士の鋭い眼光が見えた。
「凄まじい生への執着じゃな」
敵を定め武器を突きだす。
「行くよ。アレッタ」
「うん」
海が怒るように唸り、瞬く間に大渦が発生した。
それは敵を飲み込み、海上を抜けて、水の柱が空高くまで昇った。
「見事じゃ」
敵の体は渦の勢いに寸断。
夕陽と水滴の目映さの中に溶けてなくなった。
「あ、ネプチューン大丈夫かな」
「どうかしら……」
海上から青い光が降ってくる。
弱々しい光から疲れが伺えた。
「よくやった。わしも危うく共倒れになるところじゃった」
「お疲れさま」
「うむ。二人もな」
ネプチューンは首飾りに宿り休息することにした。
が、みんなが次から次へと元気に話しかけるので、ゆっくりとは休めなさそうだ。
「はあ……疲れた」
騎士もさすがに疲れて海底に仰向けに倒れた。
海面には夜の訪れの報せがあった。
「もうすぐ夜だね」
「うん。私、やっぱり怖い」
「実は僕もなんだ」
「でもがんばろうね。みんなで」
「うん、がんばろう!」
騎士の鎧は見た目にもボロボロで、彼自身の心身もまた同じだった。
間もなく、最後の闘いになる。