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7話 コントラクター


 ミーシャは本題に戻すために話し始めた。

穏やかながらも芯の通った明瞭な口調で彰吾へと必要な情報を伝えていく。


「民間軍事会社とは、軍事的な任務を行うために組織された企業となります。主に戦闘技術を提供してオートマタ対応の依頼や任務を国や都市部、或いは個人から受ける事で遂行し報酬を得ています。任務内容はオートマタ対応以外だと射撃訓練やコンサルティング、施設警備や要人警護等が有りますがさほど多くは有りません」


 ミーシャは端末を操作しながら、図表を用いて彰吾へ説明を補っていく。

民間軍事会社。通称PMCと呼ばれており、荒廃した世界において生きて行く為にその存在は不可欠となっている。食料の売買や武器の売買といった生活に必需となる取引と共に、PMCの仕事が舞い込んでくる。


「また、民間軍事会社に所属する者には、元軍人や戦闘技術を見込まれた者等が所属されています。彼らをコントラクターと呼び、民間軍事会社が契約を結ぶ個人のことを指します。私たちクライン民間軍事会社には特殊部隊出身者などより豊富な経験と知識を持つ者が所属されています。日々高度な訓練を行い、安全かつ効果的な任務遂行が求められています」

「それではあの場に居た方も?」


 待合室で周囲に立っていた人達の事を思い浮かべる。

マーカスと呼ばれた青年も正式な訓練を行っているのだろう。エリナも同じな筈だ。

だが彼らが元軍人と言うには若すぎるような気もする為、戦闘技術を見込まれた者の区分になるのだろうか。


「そうですね。元軍属の者や素質を見込まれて所属された方達です。少し若気の至りも有りますが、我が社のトップの実力を持つ者達です」


 彰吾からの質問が終わると、ミーシャは説明の続きを話す。


「コントラクターは依頼や任務に従事して報酬を得ることが一般的です。主に戦闘技術の提供ですが、一人ひとりが専門知識を持っている為、企業は彼らの知識と経験を活かす事が出来るよう、補佐することが求められています」


 彰吾はミーシャの説明に一つ一つ頷きながら理解を深める。分かりやすい説明に感心する。


「また、コントラクターは個人で依頼を受ける事が可能ですが、あまり薦められる行為では無い為、注意してください」


 薦められる行為では無い、という言葉に彰吾は考える素振りを見せる。

 社員が会社に断りを得ずに他社からの仕事を貰うと言う事は副業に近いのだろうか?

確か元の世界でも副業を禁止にしている企業が多いと聞いたことが有る。その理由には本業へ支障が出る為、会社側が社員の体調管理と把握が困難になるからだとか。

となれば、銃を扱い生死が関わる仕事である以上、二重契約を行うのは――。


「それは会社と社員の信頼関係ですか?」


 ミーシャは彰吾の言葉に内心驚きつつ、理解が早い事に笑みを浮かべる。


「はい、その通りです。会社側も組織の信頼に影響が出るケースが多く見られます。個人で依頼を受ける事は報酬が破格となりますが、依頼の信頼性を把握出来ずに事故や事件に巻き込まれる事も存在します。凄腕のコントラクターであってもリスクが有る為、気を付けてください」


 一通りPMCとコントラクターの仕組みをミーシャから教わり、彰吾は考えを纏める。


「やはりセキュリティの観点からもトラブルが生じる可能性が有りそうですね」

「会社としても組織の一員として協力体制や情報の共有っを重要視していますので、その面は特に重視しています」


 なるほど、と相槌を打って彰吾は新しい発見に世界が変わっても根本的な物は変わらない事を実感する。

ミーシャは彰吾のその様子を見て、フフッと笑みを浮かべた。


「どうされましたか?」

「いえ、ショーゴさんは珍しいですね。教養が付いたオートマタだとしても協調性や社会性を重視している様子が見られますね。やはり義務教育という学校へ通っていたからなのでしょうか?」

「あぁ、えっと自分も会社でサラリーマン…デスクワークを主に勤めていたので」

「そうでしたか。でしたら事務作業の程は期待させて頂きます」

「ははっ、お手柔らかにお願いします」


 軽く談笑をして緊張を解す事が出来た。

その後、ミーシャは情報端末を操作しながら会社のより細かい内容を彰吾へ説明する。そしてクライン民間軍事会社への所属願書を映し出す。


「以上で説明は終わりますが、他に何か質問は有りませんか?」

「はい、大丈夫だと思います。主に事務作業がメイン業務であり、要望が無い限りは戦闘に参加しないという形ですね」


 ミーシャから電子ペンを渡されて所属願書に自分の名前を記入をするが、日本語で記入する事になるが大丈夫かと尋ねようとした所、腕が勝手に文字を書き始めていた。

しっかりとしたフォントで書かれた文字は日本語では無かったが「牧野彰吾」と読めるのは自動で翻訳されているからなのだろう。

 日本語に自動翻訳された書類に一通り目を通して最後の契約書にサインをする。


「これで貴方は正式に我がクラインPMC所属となりました。今後は社員の一員として頑張って下さい」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「所有者はエリナさんですが、社内の権限では私が上司に当たります。ショーゴさん、頼りにしていますよ」


 再就職の面談が終わったような感覚だ。

そういえば事務所属となれば、同じ部署の方は居ないのだろうか?

これから共に仕事に当たるとなれば先に声だけでも掛けておきたい所だ。


「クラインさん、事務の他の方は休日でしょうか?」

「居ません」

「え?」


 ミーシャは濁ったような目つきで即答する。彰吾は耳を疑うかのような言葉に驚いた。

居ない、というのは聞き間違いだろうか。個人の会社としても従業員は最低10名は確認している。

事務作業を一人で賄うのは体に無理が祟るはずだ。


「クライン民間軍事会社は、これまでずっと、私1人で事務作業を行ってきました」


 1人で、の言葉の強調が激しく感じ取れる。

ブラック企業の言葉が頭を過ぎるが、親子で経営されている分には問題ないのだろうか?


「他の人を雇う事は……」


 と彰吾が言葉を切り出すと、ミーシャは落胆の表情を浮かべたが、それでもぎこちない笑顔を見せた。


「端末を扱える知識と技能が必要であり、習得するとなってもある程度の教養と社会性が……」


 会社の経営を担うと言う事はそれだけ信頼を得る者にしか務まらない。

ここへ来る前に都市内の治安は良い方とエリナから聞いていたが、安易な雇用は厳しいという事だろう。


「クラインさんも苦労されてるのですね」

「いえ、皆様の為と思えば。それから私はミーシャとお呼びください。クラインでは父と呼び方が重なり業務の伝達に支障をきたす恐れが有りますので」

「それでは、ミーシャさんと呼ばせて貰います」


 お互いに会釈をすると、ミーシャの持つ電子端末から音が鳴る。メールの通知のようだ。

ミーシャは「少しだけ申し訳ございません」と彰吾へ謝ると届いたメールを確認する。

緊急性の高い内容らしく、細い指でスクロールしていたが、次第に眉間にしわが寄ってくる。


「どうされましたか?」

「いえ、火急の仕事が入りました。所属されて早々に申し訳ございませんが、事務作業の内容を伝達させて頂きます」

「はい、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。それではこちらの情報端末をお使い下さい」


 ミーシャはすぐさまに棚から新しくもう一つの情報端末を取り出すと彰吾へ渡した。

渡された情報端末を見ると、画面の大きさが10インチほどのタブレット型だ。持ち運びには重さが少し気になるが、そこそこの厚みが有り頑丈そうだ。


「以前使用していた旧モデルになりますが、私の持つ端末と性能に差はほぼ有りません」


 パワーボタンを押して端末を起動させる。バッテリーは残っていたのか、すぐに立ちあがった。

 彰吾の視界上のディスプレイには『接続……OK』との信号が流れてくる。


「自分のシステムと接続されたみたいです」

「私がファイルを転送しますので、先程のテストのように計算して出た数字を端末に入力して頂けますか?」

「分かりました。入力後はミーシャさんが確認されますか?」

「はい、要領を得るまでは私の方で再確認させて頂きます」


 就職早々に事務作業を手伝わされる事になった。

機械が勝手に判断してくれるが、本当に間違いか無いかだけが不安に残る。

頭の中に電卓が入っていると思えば分かりやすいが、自分が今三桁の掛け算を暗算しても、瞬時に答えが導き出せるか怪しい。そこはシステムと言うか思考力というのか、まったく謎な事でもある。

 タブレットと視界の表を活用して数字を入力していく。

視界上だけでなく、タブレットも使用出来る事で利便性が高い。まるでデュアルディスプレイと片手デバイスが合体したような感覚で使う事が出来る。


「火急の仕事の内容について尋ねても……大丈夫ですか?」

「ファズ社長が会社宛てに付けていた請求の処理です」


 会社宛てと言う事は経費なのだろう。書類や食料にガソリンみたいな燃料もだろうか。

しかしそれが火急と言うのも不思議な話だ。


「父の酒場でのツケです……本当にごめんなさい」

「……いや、まぁ。そういうのもありますよ」


 上司や管理者のツケを経費で落とす。

経費に厳しかった課長も大変だったんだな、とミーシャの姿を見て、元の世界の上司に哀愁を重ねる。

 作業にして1時間ほど。機械の身体は疲れ知らずであるが精神的に疲労は溜まっていく。

 ミーシャは画面に表示された複数の請求書とにらめっこしながら時々画面を操作する。

カツカツと情報端末に擦れるペンの作業音だけで2人の会話は必要最低限しか喋らない。


「一度休憩をはさみましょうか?」


 彰吾は面接から打ち込みまで休み無しで働いているミーシャを思って声を掛けた。


「……あ、申しわけございません。1人だと集中してしまい」

「集中力も大事ですが適度な休憩を挟む事で効率は上がりますよ」

「ありがとうございます。ですが父の失態は私が行わければならないので」

「そ、そうですか」

「いえ、こういった愚痴を他者へ話すだけでも気は紛れる物です。ありがとうございました」


 身内の事となればあまり強く出れない。

それも初日でまだ人間関係を理解していない自分が割り込んでいい事かも判断しなければならない。


「さぁ、残りを片付けましょうか」


 自分を発起させるように笑ったミーシャの顔は頬が引きつっていた。

その後も作業を続ける。30分ほどでタブレットから顔を上げたミーシャは安堵の表情をしていた。


「これで最後になります」

「お疲れ様でした」

「予定よりだいぶ短縮になりましたね。ショーゴさんありがとうございました」


 この作業を1人で行うとしたら3時間程度掛かっていたのだろうか。

窓から入る陽の光は夕暮れ時になっていた。

 人間の時の癖で背筋をストレッチのように伸ばす。

別に身体が凝っている訳では無いが、一種のストレス解消法だ。空腹も感じなけれ眠気も感じない。便利な身体は夜勤業務に便利そうだと呑気に考えていた。

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