6話 クライン民間軍事会社
エリナから投げ渡されたイヤホンのような部品を女性がノートPCのような情報端末に繋げる。
「もういいかしら? 私、疲れてるのよね」
「おう休んでくれて構わないぜ……と言いたい所だが、今回はレアケースだからな」
その言葉にエリナはため息を付くと腕を組んで壁に寄り掛かった。
一人残された彰吾は出来るだけ首を動かさずに周囲を観察し始める。
デスク前の椅子に座っている男性が恐らく社長であり、その隣の女性は秘書のような存在だろう。
彼らも他の人々と同様にハンドガンのホルスターを身に着けているため、護衛も兼ねているのかもしれない。
「ケッ、失敗の埋め合わせにオートマタを拾ってくるなんて、テメェも底が知れたもんだな」
壁に寄り掛かり目を伏せていたエリナへ一人の男性が罵声を浴びせる。
声の主は肩にスリングで小銃を下げており、防弾ベストと弾薬ポーチを身に着けた金髪の青年だ。
彼のハッキリとした鋭い言葉が部屋に響き渡った。その言葉にエリナは姿勢を崩さず応える。
「あら? 実力も無い駄犬が吠えて煩いわね。飼い主の躾がなってないわよ?」
「止めろマーカス」
秘書と話していた社長が青年を制止するが、マーカスと呼ばれた青年は制止を無視してますます興奮する。
「躾だと!? テメェの方がなってねぇだろうが! いつも借りた武器を失くしてきやがって! 共営から苦情も殺到してるんだ! 社長、一度こいつの再指導を――」
「ワンワン吠えないで。ちゃんと遊んであげるから掛かって来なさい」
エリナはマーカスの言葉を遮り、ナイフの柄に手を掛けた。挑発と受け取ったマーカスは腰のホルスターへ手を伸ばす。
緊迫した雰囲気が漂う。周りの人々もエリナとの関わりを避ける為か、傍観の立場をとっている。
「このクソガキが!」
「止めろ!! これ以上この部屋で争うならクビにするぞ。エリナ、お前もマーカスを煽るな!」
「フン、先に煽ったのは向こうよ」
そう言い捨てるとエリナは社長の言葉を途中で扉を開けて出ていこうとする。
「待てエリナ、まだ話は――」
「部屋で休んでいるから」
扉はパタンと閉められた。
エリナの姿が見えなくなり、デスクへ身を乗り上げていた社長はやれやれと言った風に深く椅子へ座り直すと、疲れたように深いため息を吐いた。
一連の流れで蚊帳の外にされた彰吾はオロオロとしながらどうすべきか思考を巡らせる。
社長は頭をガシガシと掻いて、周りの人々へ声を掛ける。
「仕方ねぇか。よし、お前らも解散してくれて良いぞ」
「社長! 見ず知らずのオートマタを残してなんて……!」
その命令にマーカスを含む他の数名が驚愕の声を上げた。
彰吾には社長とマーカス達のやり取りを静かに見守る事しか出来ない。
「アホ。俺の会社でオートマタにやられる訳ねぇだろ? ほら披露会は終わりだ、さっさと散れ」
「ッ! ……扉の前で待機してます」
「あぁ、それでいい。あまり首を突っ込むと給料下げるぞ」
冗談めいた指摘を受けて、マーカス達は渋々と部屋を後にする。
部屋を出る際にすれ違ったマーカスは彰吾を睨みつける。彼の視線は警告しているかのように感じた。
彰吾は動揺を出さずに気づかない振りをして、ただ正面を見据えていた。
社長と秘書の女性を残して全員が扉の外に出た後、扉がパタンと閉じたのを確認すると、社長は重々しく口を開いた。
「で、そこのオートマタ。まずは背中に積んである荷物を渡して貰おうか?」
「これですか?」
彰吾はリュック状に背負っていた荷物を机の上に置く。
荷物内の壊れた電子部品が擦れる音が聞こえるが、依頼の納品に使う為だろうか。
社長は近くに立つ一人の男性に荷物の中を確認させると、中を確認した社員は社長へ向かって頷く。
「おう、ありがとな。俺はここの社長を務めているファズだ。こっちは娘のミーシャだ。それで名前はショーゴ……って言ったか?」
「は、はい。でもどうして私の名前を?」
「そんなのはどうでもいい。エリナが連れて帰ってきたオートマタってのが先だ。何か言いたいことは有るか?」
エリナと比べ物にならない威圧が彰吾の身体を突き抜ける。
視線だけで殺す事が出来ると言うのはこの事か。喉が渇くような思いで言葉をなんとか口に出す。
「……エリナ、いえ彼女は怪我をしています。肩と腹部に銃創2か所、早く医者に診せてあげて下さい」
「ん? そうだったのか、ミーシャ、念の為ドクターの手配を頼む」
「了承しました」
「ここには常駐している腕の良いドクターが居るから安心してくれ」
ファズは隣の女性へ声を掛けると、ミーシャと呼ばれた女性は端末を操作する。
娘と言っていたが親子で経営をしているのだろうか。
何はともあれ、これでエリナは正式な医者に診てもらえる。張りつめていた緊張から肩の荷が下りた気分だ。
「あいつの身体を心配してくれてどうもだ。だが、見た感じいつもと変わらんから大丈夫だろう。それよりもお前さんの事についてだ」
「インカムの情報通りなら彼の境遇も理解出来ます」
ミーシャは手に持っていた情報端末の画面を彰吾の方へ向けると、動画を流して見せた。
その画面にはファクトリー内での戦闘から彰吾とエリナが出会った時の映像が音声と共に残されていた。
どうやら先ほど投げ渡していたイヤホンのようなインカムに情報が記録されていたらしい。
「お前さんがこの世界とは別の記憶を持っているってのも知ったぞ」
「それでは西暦2020年って分かりますか?」
「西暦? それに2020年って……偉く未来の話じゃねぇか。するとアンタは未来から来たのか?」
「いえ、未来から来たと言うより、こちらの世界が近未来的に思えます。少なくとも大地がここまで荒廃している事は無かったです」
「現在は王国歴1312年の6月です。西暦に関しては私も初めて聞きました」
ミーシャの言葉に彰吾は絶句する。
1312年。それも王国歴なんて聞いたことが無い暦だ。やはりこの世界は異世界なのだろうか?
それともはるか遠い未来に来てしまったのだろうか?
「それで、ショーゴ。お前さんは今後どうしたいんだ?」
「分かりません。一度に色々な事が起きていて、考えれば考えるほど悩みが大きくなってきます」
「ふむ……ミーシャはどう思う?」
「いずれはオートマタの運用を考えていましたので丁度良いかと」
「丁度いい?」
「あぁ、お前さんの考えが纏まるまでウチで働かないか? 元よりその為にエリナも連れて帰ってきたんだろう」
ファズは隣に立つミーシャへ声を掛ける。
ミーシャは情報端末を操作しながらも、画面から目を離さず社長へ応える。
「しかし、性能については要検討が必要かと」
ミーシャは手に持つ情報端末からコードを伸ばすと彰吾へカツカツと近づいてくる。
何をされるか分からない彰吾は後ずさるが、ミーシャは「動かないでください」と言うと、遠慮もなく彰吾の頸椎付近に触れて端子を接続させた。
「それではTYPE-2、いえショーゴさん。貴方をテストします。3秒以内に回答出来なければ不採用となりますので頑張ってください」
「さ、3秒!?」
ミーシャがキーを押すと、視界に数字の羅列が計算式のように現れた。しかもそれが何行にも連なって流れてくる。
それを瞬時に理解して3秒で答えるなんて不可能に近い。慌てながら目で追っていくが全ての行を理解するまでに3秒以上掛かってしまう。
こんなの答えられる訳が無い、と口に出そうとした時。
「32、K67、B2――え?」
「採用です」
彰吾は思ってもいない数字が口に出していた事に驚く。
ミーシャは端子を引き抜くと、用事が終わったばかりに元の位置へ戻っていった。
「演算能力も申し分ないです。これで私も明日から十分な仮眠を取ることが出来ます」
「お、おう……なんかスマンな」
十分な仮眠とファズへ向けた言葉に、ファズは視線をずらして言葉をこぼす。
「と、ところでな! 仮の所有者IDはクラインになってるようだが、所有者はエリナに戻しておくぞ」
「え、それって……拙くは有りませんか?」
自分はエリナに嫌われている。それなのに所有者をエリナにしたら本人から何を言われるか分かったものじゃない。
その事を伝えるもファズは真面目な顔で頷き、ミーシャは涼しい顔で端末を操作している。
「いえ、鹵獲したオートマタは鹵獲を行ったコントラクターに所有権が与えられます」
「ですが、本人の許可無くでは……」
「まぁ、所有者と言ったがお前さんが無理に彼女へ近寄らなくてもいい。だが、気が向いたら寄り添ってやってくれ。あいつは味方が少ないんだ。頼む」
神妙な顔つきで頭を下げられたら引き受けるしかない。
彰吾の沈黙を肯定と受けとった社長は椅子へ座りなおすと、胸ポケットからタバコを取り出した。
「あと敬語は要らんぞ。フランクに行こうぜ」
「それなら……よろしく頼みます」
「あぁ――ようこそ、クライン民間軍事会社へ」
「ここは禁煙です」
タバコに火を着けようとしたファズの後頭部をミーシャが灰皿で叩く。
すんません…と先ほどまでの威厳ある姿と変わって小さくなる社長に悪い人では無さそうだと、彰吾は感じ取れた。
あとは任せたわ、とファズは後頭部を擦るとタバコと灰皿を持ったまま「あ、娘に手を出すなよ?」と冗談を口にして部屋を出ていく。
この部屋には彰吾とミーシャの二人だけになった。
後を任されたミーシャは事務手続きの為にソファへ座ると、彰吾を対面のソファへ座るよう促す。
彰吾が恐る恐るソファに座るが、壊れる事無く座れたのを確認すると、ミーシャは端末を操作して説明し始めた。
「遅くなりましたが、私はミーシャ・クラインと申します。今後ともよろしくお願いします」
「あ、いえ。こちらこそよろしくお願いします。牧野彰吾です」
ミーシャの丁寧なお辞儀に倣って、社会人としての礼儀を忘れずに彰吾もお辞儀を返す。
彰吾はミーシャの態度に少し緊張しながらも、心地よい印象を受ける。
ミーシャは透き通るような赤茶色の髪を肩の高さほどまで美しく伸びており、赤いフレームの眼鏡は知性的な魅力を引き立てている。目元にはやはり寝不足なのかやや疲れが見えているが、眼鏡を通して覗く瞳は琥珀のように反射している。顔立ちは可愛いと言うより美人と表現するのが相応しい様子だ。
わずかな時間だったが、彰吾はミーシャの容姿に見惚れてしまった。
彰吾は視線を上げると、顔を上げたミーシャと丁度視線が交差する。
「私の顔に何か?」
「あ、いえ……なんでもないです」
見惚れてました、なんて言えない。
言葉を濁すとミーシャは合点したように恥ずかしそうに顔を伏せた。
「申し訳ございません。目元に隈が出てましたか。お見苦しいですが気にしないでください」
「そういう訳では」
可愛い。
この世界で目覚めてからエリナに辛辣な言葉を言われ続けてきたからか、疲れ果ててすり減っていた精神が癒されるように感じた。
「それでは、民間軍事会社とコントラクターについて説明致します」