5話 要塞都市ウィンストン
バギーを約30分ほど走らせていると、一段と大きな岩山を越えたあたりで壁のような物が目に映った。
その壁は万里の長城を彷彿させるような迫力があり、分厚く切り出された岩を組み合わせて構築しており、遠くから見ても頑丈な造りをしているのが分かるほど重厚な圧力を感じる。
バギーを停止させたエリナが視線で彰吾に目的地を伝える。
「あれが要塞都市ウィンストンよ」
「要塞都市……確かに要塞だな。オートマタから守る為に建造されたのか?」
要塞のような雰囲気を感じ取っていたが、そのまま言葉として要塞の都市だったとは。
城壁の高さにしても数メートルは有るだろう。
「まぁそんな所ね。要塞と言ってもそんなに心配する事無いわ。他の都市に比べて治安は良い方だから」
「それはマシって意味なのか……」
「さぁ付いてきて、3番ゲートよ」
バギーを走らせて都市へ近付くと、目の前に黒い金属のゲートが現れた。
大型の車両が2列になっても窮屈なく通る事が出来るほど大きいゲート横には、門番の兵士らしき2人の男性と3体のオートマタが銃を構えて警戒していた。
大きな金属のゲートの上には、停まれを意味するように赤い回転灯が点滅している。
銃を構えた兵士の1人が大声で言葉を発する。
「停まれ! 名前と所属を!」
「エリナ、クラインPMCよ」
エリナはバギーから降りずに伝える。兵士の1人は銃を下げると、片手に取り出した小型端末を操作し始めた。他の兵士は銃を構えたまま警戒を続けており、周囲を注意深く監視をしている。
兵士の練度の高さが感じ取れる。日頃からレベルの高い訓練を励んでいるのだろうか。下手に動かない方が無難なようだ。
「クラインPMC。エリナ、これだな。先日3番ゲートから出ているな。認証は大丈夫だ、通ってくれ」
「コレ毎度面倒なのよね、お疲れ様」
「そう言うな、規則だからな……っと、待て。そっちのオートマタの認証がないぞ? 鹵獲体か?」
「ファクトリーで拾ったのよ」
突然自分の方へ話を振られて、彰吾は緊張した様子で軽く会釈をする。
近付いた兵士はその会釈に気付かず、彰吾の身体の周りを興味津々で一周すると物珍しそうに言葉を続けた。
「ほぅ、TYPE-2じゃないか。汎用機ではないな。傷はあるが掘出しものだ。良い値が付くぞ」
「会社で使う予定よ。所有者IDに登録が無いか調べてくれる?」
「あぁ任せろ。ポッド2、認識を頼む」
ポッド2と呼ばれた1体のオートマタが銃を構えたままゆっくりと近付いてくる。
「じっとしていなさい。この機械人形は大丈夫よ」
彰吾はエリナの言葉に従って、後ずさりする事なくその場で待機する。
視認性を高めた黄色を基調としたカラーリングに、肩には02という番号が黒でプリントされていた。
敵対していない機械人形は初めて見る事となる。この機械人形も元は先程話していた鹵獲体なのだろうか。
ポッド2が彰吾の目の前に来ると機械的な音声がスピーカーを通して流れた。
《TYPE-2、認証コードの提示をお願いします》
「認証コード……って、どこを見れば分かりますか?」
「なんだ、記憶媒体装置のエラーか?」
「コレはちょっと特殊なの」
《System上の製造番号を確認下さい。No.----と記載されているのがTYPE-2の認証コードとなります》
促されるまま視界内のSystem欄を探して確認する。
イマイチ表記されている数字は理解していない。
視界に映るディスプレイ上で製造番号を確認すると、製造番号らしい数字の羅列を見つけた。
「恐らく……これですか?」
《No.1001045。認証コードを受理しました。所有者IDに登録は有りません》
「だそうだ。IDを発行しておくか?」
「仮のIDでお願いするわ。所有者はクラインPMCにつけておいて」
兵士は再び携帯端末を操作すると、彰吾の視界上で所有者IDの欄が現れた。
「TYPE-2、今送った所有者IDが正しいか確認して受理してくれ」
「クラインPMC。問題ないです」
音と共に受理されたメッセージが視界上に表記されている。
これでクラインPMCが所有者となったのだろう。
社員の一員としてではないが、それなりの責任が付いている筈だ。
「よし、これで異常無いな。通って良いぞ」
「ありがとうございました。お仕事頑張って下さい」
「こっちよ」
一業務を終えた兵士へお礼を述べて、バギーを低速で発進させたエリナに慌てて着いていく。
あの兵士の人達、こちらからの行動に反応を返さなかった。オートマタはただの道具として見られているのだろうか?
人間とオートマタは共存出来るのだろうか、と不安が頭によぎった。
背中から遠ざかる黒いゲートを横目に、無造作に並ぶ建物を抜けてバギーを走らせる。
ゲートを超えた先は中心に向かって活気が溢れているように思えた。
周囲を見回すと、コンクリート製のような建物が乱雑に生えており、ヘルメットと防弾服で身を包んで銃を手にした兵士と軽装で銃を下げている者も居る。恐らく軽装の者がPMCなのだろう。
あまり目線を合わせないよう、先を走るエリナの後ろ姿に集中する。
人が多いエリアから少し離れると、駐車場のような白線で区切られた広い場所に出た。エリナは白線内にバギーを停めると近くの建物から人が現れてくる。その人は整備用のツナギを着た60代ほどの男性であり機械油が衣服に滲んでいる。彼は白髪交じりの頭にキャップを被り、工具バッグを身に着けている。
「よぉ嬢ちゃん。そっちのもう1台はどうした?」
「拾ったのよ。後で報告するから整備をお願い。ほら、アンタも鍵を渡して」
エリナはそう言うと、バギーのキーを男性に投げ渡した。放り投げられたキーを掴むと、手の中で握りしめた。
彰吾はエリナに促されるままバギーを隣へ停めると、キーを男性に手渡す。
「ほぉ、オートマタか。あの嬢ちゃんがねぇ」
「やはり珍しいのですか?」
独り言のように呟いた言葉に反応して言葉を返すと、男性はギョッとした表情でキャップを被り直し、彰吾へ向き直った。
「こいつは驚いた。お前さん、流暢に話せるんだな」
その言葉に彰吾は頷き答えた。
「はい。ファクトリーで目が覚めると何が何やら分からずで……彼女に協力を得てここまで来ました」
「ほぉ、嬢ちゃんの協力か」
男性は興味深そうな表情を浮かべながら言った。そして彰吾のオートマタの身体を天辺から爪先までジロジロと眺めると、感心したように頷いた。
「いやはや成る程……っと、ジロジロ見てすまんな。私はランパードだ。連れて帰ったって事は社員の一員になるのだろう? これからよろしく頼むよ」
「こちらこそ、若輩者の身ですがよろしくお願いします。自分は牧野彰吾と言います」
「家名持ちのオートマタは初めて会ったよ。マキノが名前かい?」
ランパードは愛想の良い笑顔でゴツゴツとした手を伸ばして握手を求めてくる。彰吾はその手を軽く握り返し、頭を下げながら答えた。
彼の人の良さに張り詰めていた緊張が解かれるように感じた。
「いえ、彰吾が名前になります」
「ショーゴ・マキノか。私はここで主に整備を受け持っているよ。オートマタは専門外だが、何か困った事があれば相談に乗ろう」
「ありがとうございます……あの、俺の姿は怖くないですか?」
「いや、オートマタなら都市内にも役割を与えられておるし、お前さんの姿もTYPE-2が素体だろう? 特別怖いとは思わないが」
彰吾の恐る恐ると言った疑問にランパードは呆気にとられるが、すぐに意味を理解したのか笑って答えた。
「あぁ、嬢ちゃんが言ったのか?」
「いえ、直接言われた訳ではないのですが」
彰吾の少し戸惑いながら答えた様子にランパードは考え込んだ後に言った。
「あの子にも理由があるんだ。私からは何も言えんが、どうか嫌わないでやって欲しい」
ランパードは困ったように頭を掻くが、彼の声には年長者としての優しさと哀れみが感じられた。
「自分も彼女を理解出来るよう精一杯頑張ります」
「会ったばかりのお前さんに頼む事でもないが、ありがとう。ほら、嬢ちゃんが睨んでおるぞ。早く行ったらどうだ?」
「うわっ!? そ、それじゃお願いします!」
一礼をすると慌てて彰吾はバギーから荷物を背負うとエリナの後を追った。その姿を見て、ランパードは愉快そうに笑っていた。
エリナとオートマタの関係は複雑そうだ。
「ランパードと何話してたのよ?」
「いや、別に……」
エリナは建物の扉の前で腕を組み、苛立った声で聞いてきた。
特に込み入った話ではない為、話をはぐらかす。その様子が気に入らなかったのか、エリナは言葉を続けた。
「嘘や隠し事をしたら」
「エリナに協力して連れてきて頂いた事を伝えました!」
「分かればいいのよ」
話の内容はともかく、約束した事を復唱させた事でエリナは満足そうにふんぞり返る。
扉を開けると入口近くのカウンター前のチェアに腰掛けていた一人の男性がエリナへ気付いた。
彼のスキンヘッドと引き締まった肉体は迫力に満ちており、腰のホルスターの銀色に光るハンドガンは彼の経験を物語っていた。
「よぉエリナ、噂で聞いたぜ? オートマタを鹵獲したみたいだな」
男性は拡げていた雑誌から目線を上げると、ニカッと白い歯を見せて笑った。
エリナは男性の言葉に対して、驚きと困惑が入り混じった表情で頬を引きつらせた。
男性はにやりと笑って雑誌をカウンターに置き、エリナの反応を楽しんでいる様子だった。
「ここでは噂が早く広まるってのはわかるさ。特にお前のような美しい女性が絡んでくるとなれば、さらに早いもんだ」
男性は冗談めいた口調でエリナに話しかけるが、エリナは少し疲れた表情で頭を押さえながら首を振った。
「はぁ……だから連れて帰るのが嫌だったのよ」
エリナの声には少しイライラした感情がにじみ出ている。エリナは男性の冗談めいた言葉にいつもうんざりしており、その会話に付き合うこと自体が彼女にとって負担の一つとなっていた。
「彼はアゴスよ。元軍所属でここの受付をしてるわ。あんなのだけど腕は確かよ」
「オイオイ、あんなのっては酷いぜ?」
「分からないことが有ったら彼に聞いて」
アゴスと紹介された男はエリナの言葉に一つ一つ反応してくるが、エリナは無視と決め付けたのか、アゴスの方へ振り返らなかった。彰吾はそんな様子を見て、戸惑いながらも丁寧に挨拶をする。
「初めまして、牧野彰悟です。」
「オゥ!? ネームドのオートマタか、面白い拾い物だ!! 歓迎するぜ」
そそくさと近付いてくると、フレンドリーに肩を組んで握手を求めてくる。彼の立ち上がった姿は彰悟の目線とほとんど同じ高さであり、その2メートル近い身長に圧倒された。
そしてスピーカー近くで、彰吾だけに聞こえるような小声で話しかけてきた。
「お前さんが何を企んでるか知らねぇが、あまり変な真似をするなよ?」
「――ッ!?」
「なぁに、お前さんが悪だくみをしなけりゃ歓迎するのは嘘じゃないぜ? 仲良くやろうさ」
アゴスはそういうと組んでた肩を戻して、彰吾の背中の装甲版をバシバシと平手で強く叩いた。
彰吾はアゴスへ振り返り、さきほどの言葉をかみしめる。アゴスはジンジンと痛む手を押さえながら縮こまっており、エリナは冷めた目でアゴスを見つめながら「馬鹿ね」と口にしていた。
忠告を受けた彰吾は言葉を返せず、内心で戸惑いと緊張が入り混じっていた。
落ち着け。ランパードのような友好的に接してくれる人間だけではなく、アゴスのようにオートマタを良く思っていない人間も居る事は理解していた筈だ。
彰吾は胸中で自身の存在を悩むも、彼らと友好な関係を築く為にも信頼を得る事を決意した。
「社長は?」
「部屋で待ってるぞ」
アゴスはエリナの短い質問に応えると後ろの扉を指差した。彰吾とエリナはその指し示す方向に目を向けると、観音開きの扉が目に入った。そのうえには『待合室』と書かれたプレートが貼ってある。
エリナが待合室の扉を開けると数人の目がこちらに向いた。好奇心や嫌悪感、疑心感など様々な感情が込められた視線を受ける。
エリナは部屋を見渡すと眉をひそめた。
「何よ?」
エリナは重い口調で一言を放つ。その一言で周囲の人々の視線は気まずそうに逸らされていった。
その様子にフンと鼻を鳴らすと、部屋の奥にあるデスクに向かって座っている男性へ歩み寄る。その隣には書記と思わしき一人の女性が立っていた。
彼が社長と呼ぶ男性なのだろうか。
受付に居た男性とさほど変わらない体型をしており、白髪交じりの頭髪と年相当の皺が目立つが、鍛え抜かれた筋肉は現役を感じさせるものだった。
「おう、無事に戻ったみてぇだな」
「報告するわ。依頼の成功可否の判断はコレを見といて」
デスクの上で腕を組んだ男性はエリナへねぎらいの言葉を掛ける。
エリナは淡々と事務的に話すと、右耳に付けていた耳飾りのようなイヤホンを男性へ投げ渡した。
それをキャッチすると隣の女性へ視線をエリナから逸らさずに手渡す。
(6/30修正)苗字を家名に変更しました。