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4話 利用価値


 外へ出ると目の前に広がる景色は荒野だった。

枯れた草木が擦れる音に砂交じりに吹き抜ける風が機械の頬を撫でる。

 これが外、なのか? 日本でこんな風景が見られる場所は記憶上存在しない。

 放心していた意識を戻して、慌ててハンドガンを後ろへ向ける。

それでも敵のオートマタは出てこない。まるで興味がないかのように引き返していった。


「ファクトリーの外に出たら追ってこないわ」

「そうだったのか」

 

 安堵から力が抜ける。手にするハンドガンも残弾数1と表示されていた為、外まで追いかけてきたなら危ない所だった。

 自分の身体を見ると弾丸が擦れた傷や煤のような汚れが付着していた。陽の光に当たって初めて自分の体が傷だらけだった事を知る。

 ゲームなんかとは違う本物の命のやり取りを体験した。機械の身体でも実感するように、今になって心臓がバクバクと鳴っている錯覚を感じる。

 チャキッの金属音を過剰に反応して振り返る。

 アサルトカービンの最後の弾倉を交換したエリナと視線が交差した。

脱出するまでの協力体制。無事に抜け出せた今、その契約も失くなったのだろうか。

 自然と右手のハンドガンを握る力が強くなる。

 戦いたくはない。さっきまで協力していた相手に、ましては人間に銃を向ける事が出来ない。だが死にたくはない。

葛藤する脳内と視線は1ミリもエリナから離すことは出来なかった。

 沈黙と荒野に流れる風の音が重々しい。


「……はぁ、いいわ。勝手に好きな所へ行きなさい」


 根気負けしたかのようにエリナはため息を吐く。

アサルトカービンのセレクターをセーフティに入れて担ぎ直した。


「見逃してくれるのか?」

「アンタからは敵意が見られないし、隙をついて殺す気なら前からやってたでしょ」


 さっさと消えて、と言う風に後ろ手を挙げると停めてある数台のバギーへ歩み始めた。

 何かがあると思った矢先に興味を失くされた事で呆気にとられる。しかし、此処でただ突っ立っている訳にもいかない。依然と現状が把握出来ていないままだ。

 彰吾は離れるエリナへ慌てて声を掛けた。


「待ってくれ!」

「なによ」

「その……これから俺はどうすれば良いんだ?」

「私が知った事じゃないわよ」


 エリナはシートに積もった砂を払い、バギーの始動を確認しながらぶっきらぼうに言葉を返す。

こちらを一切見ないエリナへお願いするのも気が引けるが、頼れる相手は彼女しか居ない。


「頼みが有るんだ」

「嫌よ」


 即答で拒否される。

十中八九その答えは想定していたが、狼狽えずに言葉を続ける。

 

「一緒に連れて行ってくれないか?」

「嫌……はぁ?」


 その言葉を聞いたエリナは初めて顔を上げる。その顔は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。凄く嫌そうな顔だ。

 脱出する際もお互いをカバーしながら問題を乗り越えられた。口は悪いが彼女の本質は悪い人間では無いだろう。恐らく無理に着いて行ったとしても邪険に扱うような真似はしない筈だ。


「なんて言ったの?」

「君の拠点に連れて行って欲しい、って言ったんだ」

「なんで私がアンタを連れて帰らないといけないのよ」


 エリナは屈めていた腰を上げて彰吾へ問い詰める。 

 彰吾からはエリナを見下ろす形になるが蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない圧力を感じる。

 臆するな、言葉を間違えるな。


「行く当てが無くて困っている。これからどうすれば良いか分からないし、周辺の土地勘も無い。だから――」

「だから、私が助けるとでも?」


 エリナは眉を顰め、慎重に彰吾を見つめる。

 彼女の感情に訴え掛けても駄目だ。合理的な考え方で説得しないと。

今までの会話から手掛かりを得なければならない。

何かしら俺を連れて帰るメリットが有るはずだ。


「……いや、普通なら助けないと思う」


 彰吾は胸中の葛藤を抱えながらも、誠実さを通して応える。


「普通なら?」

「エリナ、君は冷静な判断力を持っている。俺は君の力を借りて自分の行く先を探したいんだ。もちろん、君の協力が無くてもどうにかなるかもしれないけど、君がいてくれれば心強いし、道に迷わずに済むと思うんだ」


 それでも不信感を抱いたエリナは首を縦に振らない。


「初めに会った時、ナイフの見覚えがあるか聞いたよな? だけどほかのオートマタには聞かずに破壊している。おそらく特殊なオートマタを探しているんだと俺は判断した。絶対とは言いきれないけど、俺の身体を調べれば君の目的への手掛かりが掴めるかもしれないだろ?」

「それがアンタを壊しても可能だった場合は?」

「即座に破壊されるより、もっと価値がある働きを示す」

「……アンタ、やけに頭が回るオートマタね」


 拙い。言葉を間違えたか?

生身の身体だったら冷や汗が全身流れていただろう。

 その言葉にエリナはバギーの作業を止めて、腕を組んだりブツブツと呟きながら思考を巡らせていた。

 そして口を開き答えを出した。


「いいわ、だけど一つだけ教えて。アンタが本当に何も知らないのかはどうやって証明出来る?」

「それは……」


 知らない事を証明する。知っていることを伝えることとは別だ。悪魔の証明に近い質問に彰吾は言葉を詰まらせる。

 彰吾はしばらく考えた後、意を決したように地面へ簡単な日本列島の地図を描き始めた。

 その図形を見てエリナは首を傾げる。


「それは?」

「エリナ、これが日本列島の地図だ。見た事あるか?約1万キロメートルほどの距離があるんだ」

「日本、列島……これが地図?」


 彰吾は機械の指で描いた地図上の主要な都市の名前や、海に囲まれている地形の事を説明する。


「そんな創作の話で納得するとでも?」

「作り話じゃないさ。これがオートマタになる前の俺の記憶なんだ。話を続けるぞ?」


 一般教養としての日本の歴史を伝えながら、地面を黒板に見立てて解説を続ける。

 エリナは疑問に思った事に対して彰吾の言葉を遮りながら質問をしてくるが、彰吾はわかる範囲内で丁寧に説明していく。

時間にして30分ほど。大体の流れであるが日本の歴史と文化を説明する事が出来た。

現代では交通規制について質問したり、義務教育の学校の事や郷土の祭りなど、疑心暗鬼ながらもエリナは納得した様子が見られる。


「……これが俺が覚えている記憶であり、恐らくエリナの知らない事だ。これで証明できるか?」


 真剣な表情でエリナは考え込む。彰吾の言葉を聞いて思考を巡らせているようだ。

そして考えが纏まると重々しく口を開いた。


「えぇ。聞いたことが無い都市での歴史をその場で思いつくには他の行事と整合性もあるし、判断も柔軟性を持つオートマタなんて滅多に見ないわ。別の記憶が有るって判断は出来るみたいね」

「なら……!」

「だけど、それだけ高度な知能を持ったオートマタなら破壊する方を優先するわね」


 希望から絶望へ落とされた感覚だ。安心させようとした言葉がより危険だと判断させてしまった。

 彰吾は顔を伏せると言葉を詰められた。


「まだ話は終わってないわよ」

「え?」

「危険性は有るけど、それよりアンタの有効性を見出したの。社員が状態の良いオートマタを探してるって言ってたし、危害が無ければウチの会社で使ってくれる筈よ」


 エリナは言葉を続けながら放置されているもう一台のバギーへ歩み寄る。

こちらはキックペダル一発でエンジンが調子よく始動した。


「アンタの望み通り、拠点に連れて行ってあげる。でも約束して。隠し事や嘘は絶対にしない事。それと私の許可無く人間に攻撃しない事。疑わしい事をしない限り、私が利用価値があると判断すれば、アンタに協力してあげるわ」

「本当か! あぁその約束は守る!」


 彰吾はホッと息をついた。

雲行きが怪しくなっていたが、無事にエリナと合流して向かうことが約束出来た。


「ありがとう、本当に助かるよ」

「悪いけど期待しないで。私の拠点には行ってもらうけど、それ以上の保証はないわ」


 彼女の言葉は冷たかったが、少なくとも彰吾に対して敵意は少ないように見えた。

彰吾は頷き感謝の言葉を返す。


「それでもエリナの協力に感謝している。それだけは伝えておきたい」

「お礼なんていらないわ。さっさと乗ってきなさい」


 エリナが急かす様にバギーのエンジンを噴かすと、彰吾は慌ててもう一台のバギーへ跨る。

バギーは初めて運転する事になるがバイクの運転と似た感じだろう。二輪の免許を取っておいて良かった。

 高トルクのエンジンに荒野でもタフに走れそうなブロックタイヤが装着されている。走破性を求めており乗り心地は二の次なようだ。


「どこに向かう?」


 彰吾は問い掛けにエリナは少し考えた後、口を開いた。


「着いてきて。ここから東に行くわ。そこで状況を整理し、アンタの今後を考えるつもり」


 二台のバギーは荒野を駆け抜け、二人はエリナの拠点へと向かっていった。

 未知の世界に足を踏み入れた彰吾にとって、エリナは唯一の頼りだった。

 スロットルを開けて速やかに拠点へ帰還する事にした。


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