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3話 脱出


「知り合い、なのか?」


 彰悟が心配そうに尋ねるとエリナは小さく頷く。

慰めの言葉を考えている間に、エリナは「欲に眩んだ屑よ」と乱暴に言葉を付け足す。

思いがけない言葉に彰吾は声を詰まらせる。

エリナはゆっくりとした足取りで男の遺体に近づくとしゃがみ込み、視線を男の高さまで落とす。

そして男が着ている衣類や身に着けている防弾ベストのポーチを漁り始めた。

 遺体を目の前にして何も躊躇していない様子だ。


「――お、おい!? そんな事して良いのか?」

「なにそれ、冗談のつもり?」


 慌てて制止の言葉を掛けるも、エリナは動作を止める事なく鼻で笑う。


「生き残る為に必要な事をしてるだけでしょ?」


 生き残る。ただでさえエリナが重体だったのを忘れていた。

薬が切れる前に動けるうちに出来る事をしなければ、次は自分がこうなる番だと理解しているからだろう。

 彰吾は機械の手を合わせて黙祷する。せめてもの冥福を祈るしか出来なかった。


「……2インチ、か」


 気になってエリナの手元へ振り向くと、手の中にも納まるほど小さい拳銃が握られていた。

少ししか見えないが、銃身がかなり短いリボルバーだ。日本の警察が使用するリボルバーと似た感じに見える。


「暇ならそっちのバッグ内を探して」

「す、すまん」


 エリナと目があった感じがした為、慌ててバッグの方へと視線を落とす。

学生の頃に流行ったボストンバッグみたいな布製のバッグだ。金属製のファスナーを開けるとバッグ内が露わになる。


「ガラクタ……いや、部品なのか?」


 そこには強力な武器が入っているわけでもなく、壊れた機械の部品のような物が詰まっていた。

パソコンのカラーコードや自動車の金属製のシリンダー、見たことの無い複雑な形状の物も見える。煤やオイルで黒く汚れが付着しているものから新品には見えない。

困惑していた彰吾を見兼ねたエリナが、手を動かしながら口を開く。


「それを持って帰ると多少の金になるのよ」

「えっと……鉱物の採掘みたいな感じかな」

「似た感じ。仕事の副収入みたいなものだけど」


 結構な額になるのかと彰吾は首を傾げる。

バッグの重さは約5キロほど。金と同様の価値があるならば大金持ちになれるだろうが、この重さを抱えたままで銃を使った命のやりとりをするほどの価値には見えない。なにか機械の修理用か、工作用の部品程度にしか使えなさそうだ。


「その男は自分の命より金を選んだのでしょ」


 相変わらずエリナの言葉にはトゲがある。

根に持っているのか、遺体の扱い方も雑に見える。


「この男は一体何をしたんだ?」

「自分だけで逃げようとしたの」


 彰吾は言葉の続きを促すように相槌を打つ。


「依頼主がこのファクトリーで要人の捜索依頼を出してたの。なんでも重要なデータを持ったまま逃げられたから探して欲しいって所よ。報酬も悪くないから参加したんだけど……傭兵上がりが多かったわ」

「傭兵上がり?」


 聞きなれない言葉に彰吾は聞き返す。


「制式な訓練も積んでいない野良犬共よ。……普通だったら降りる所なんだけど、仕方なく参加する羽目になったから一応用心はしてたの。アイツら隙あれば殺しに来るし、立ちが悪い」


 こんな危険な場所で味方からも狙われながら依頼を受けた理由が気になるが、流石にこれ以上、話を折る訳にもいかず黙って続きを聞いた。


「まぁ当然だけど、要人はファクトリー内で死んでたわ。例のデータが詰まったそのバッグを大事そうに抱えて。目的の物を回収しようと思ったら、チームの1人――ここで死んでる男が、突然そのバッグを抱えて他のメンバーを撃ち殺したの」


 たった今中身を確認したこのバッグの事だ。

しかし中には、重要そうなデータらしき物が見当たらなかった。電子媒体としてならHDDやUSBメモリみたいな物だろうか。

 ガラクタばかりでデータという物がどれか分からない。


「どうせ手柄を独り占め、って思ったんでしょ。銃声で騒がしくなったからか、オートマタに奇襲されてチームはバラバラ。私も戦いながら逃げてたら――アンタと出会った、って訳」


 はい、おしまい。と、エリナはいつの間にか持っていた水筒に口を付けた。

おそらく男の荷物に有ったものだろう。


「今話していたデータらしき物って……これか?」


 手のひらサイズの黒い箱をエリナに見せる。

何故それを選んだかと言うと、ハンドガンの弾がケースのカバーを撃ち抜いて中の端子が見えたからだ。勿論電子機器はバラバラで振るとカタカタと音がなる。

これが記憶装置とすれば内部のデータ復旧は望めないだろう。


「あ〜、多分ソレよ。でも壊れてても別に問題ないわ。見つからなかったら依頼降りるつもりだったし」

 

 空になった水筒を男の遺体に投げ捨てる。

続いて床に置かれた小銃を手にすると、馴れた手つきで動作を確認する。血の池に伏せていた小銃にはべっとりと赤い血液が付着している。目に見える血は男の衣類で拭き取り、何度かコッキングレバーを動かして内部を見ては、異常がないかとエリナは目を凝らす。大丈夫な事が分かれば、再び弾倉を差し込んだ。

 その足元には先ほど調べていたリボルバーが無造作に置かれている。


「その銃は使えないのか?」

「9ミリの+P(マグナム)にも改造していない弾だから、オートマタ相手には無意味なの」

「えっと、エリナさんが持っていた……ハンドガンも9ミリじゃなかったか?」


 最初に向けられた拳銃の印象が強かった為、視界に表示されたハンドガンの形が脳裏に焼き付いている。視界に表示された情報なら使用弾薬も9ミリ弾だった筈だ。

 エリナは右腰のホルスターからハンドガンを取り出すと、面倒くさそうに彰吾の目の前へと向けた。


「私のガバメントは+Pを使ってるの。アンタには効かなかったけど、射程内なら一般的なオートマタの装甲に効果有るのよ」

             

 9ミリ弾を使用するリボルバー。

ただでさえ9ミリ弾は、オートマタ相手には威力不足が目立つのに、銃身を2インチと短くした銃は人間相手の護身用にしか使えない。それか嗜好品コレクションとして携帯する愚か者。

 この場合は後者の方らしい。


「戦闘で無駄な物を持たない、コントラクターの常識よ」


 エリナは床に置かれたリボルバーを拾い上げると彰吾に投げ渡した。

急に飛んできた銃に驚き、危うく落としそうになるも、手に納まったリボルバーを見る。

短い銃身は携帯性が良い、利点を考えるとすればそれだけだろうか。確かに持った感じは、他の銃に比べて軽い方のようだ。

この身体で構えるには少し窮屈だろう。弾は……やっぱり抜かれている。


「それを持つなら水筒か、予備の弾倉を持っていた方が助かるわ」


 確かに。飲用や治療目的でも使える必要な水を持っていた方が良かったかもしれない。

 バチン、と小銃のトップカバーを叩くと、エリナは満面の笑みを浮かべた。

年相応の表情に驚く。初めて見たかもしれない。


「何よ?」


 不機嫌そうな顔で睨み返してきた為、慌てて視線を逸らすと「フン」と鼻を鳴らした。

予備の弾倉は男のチェストリグに3本残っている。金属の歪みが無いか確認後、エリナは自分のポーチへと収めた。

 上手く遣り繰りをすれば、無事に脱出できそうなほど装備を整える事が出来た。


「さて、行くわよ」


 アサルトカービンを構えて先に進もうとするも、彰吾は男の胸元の膨らみに気付いた。

視界に写し出された情報には手を入れて探ってみると、それは7、8センチほどの黒く細長いケース。

キャップを外すと、見慣れた銀色の端子が現れる。


「……USBメモリ?」


 なんでこんな所に? と思いつつも、依頼で必要だったデータが入っている可能性も考えられる。

既に先へと進んでいたエリナを慌てて呼び止める。


「なに? くだらない質問だったら壊すから」

「す、すまん! さきほど話していたデータかと思って…」


 不満が塵積もったエリナに気後れしながらも、恐るおそる拾ったUSBメモリを見せた。

小銃の銃口はこちらに向けたままであるが。


「……変わった端子のメモリーカートリッジね?」 


 随分懐かしい言い方だ。


「この男の胸ポケットに入っていたんだ。重要なデータが入っているかも知れない」

「依頼のデータはそんなのじゃないわ。まぁ、でも気になるから」


 思い当たる節が有ったのか、エリナは彰吾からメモリを奪いとると、弾倉とは違うベルトのポーチへ納めた。

そして一歩踏み出した時、ふと振り返る。


「……アンタ、銃を撃った事はあるの?」

「いや、さっきのが初めてだけど」

「そう。初めて、ね」


 突然何を聞いてくるのだろうか?

 面倒臭そうに一瞬悩むも、エリナは拳銃を取り出すとそれを彰吾に向けた。

男の遺体から回収したハンドガンだ。彰吾が身構えると同時に、グリップが回転して丁度握る位置が向いた。

 

「安全面の基礎は出来てたから、念の為に渡しておくわ」

「……良いのか?」

「少しでも戦力が必要だから。絶対に銃口をこっちに向けないで。撃ち壊すから」

「わ、分かった」


 向けられたハンドガンを見る。FPSのゲームでも見たことが有る形だ。アーケードの筐体で似たようなのを手にしたことがある。

視界に映された情報には、装填数15発のエスィーハンドガンと書かれている。装填された弾は9ミリ弾。

弾倉に装填されている銃弾を確認後、スライドを少しだけ引いてチャンバーを確認。その後、再び弾倉を戻す。


「あら、手慣れてるじゃない」

「信用してくれたのか?」

「してない。ここを出るまでの協力体制よ」


 エリナは振り返る事無く言い切った。

その場限りの協力体制を言い出したのは自分であり、脱出した後の事を考えてはいなかった。

 外はどうなっているのか。これからどうすれば良いのか? ずっとこの身体のままなのか?

想像するだけで、不安な気持ちがいっぱいになる。戦場で興奮している為かもしれないが、普段であればとっくに狂っていたかもしれない。


「出口はもう少しよ」

「……あ、あぁ」

「何よ? 元気無いわね?」

「あ、えっと……怪我の具合はどうだ?」

「別に何ともないわよ」


 嫌な事がよぎる思考を振り払い、話題反らしに怪我の事を尋ねるもエリナは平然とした言葉を返す。

確かに動きも軽やかだ。薬が効いたのか? それでも薬を飲んでから1時間も経っていない筈だ。


「本当か? そんなすぐには治らないだろう?」

「治ったわよ、五月蠅い」


 あれから出血していないかとしつこく聞いた為か、振り返ったエリナは勢いよく上着を捲りあげて患部を見せつける。

 予想外な行動に彰吾は思わず手で視界(カメラのレンズがありそうな箇所)を覆った。


「なっ、ちょっとは恥じらいを持ってくれ!?」

「人が大丈夫って言ってるのに、話を聞かないからでしょ!」


 患部からの出血も無く、よく見れば皮膚と皮膚がすでに接着しているようだ。

早すぎる修復力に驚くも、確かに傷は治っている。やせ我慢等では無かったようだ。

 視線を上げると、何故かエリナはニヤニヤとした表情をしている。


「あら? ちょっとは顔が赤いんじゃない?」

 

 なんだそれは。機械の表面に放熱機能でも付いているのか。


「たくっ、子どもの体に興奮する変態じゃない」

「あ゛? とっくに17過ぎてるわよ!!」


 改めて少女の容姿に着目する。

身長は150センチ有るかどうか。線の細い体つきで抱えたときも体重は軽く、女性特有の膨らみは特に無い。鍛えていると言えばそうなんだろうが、見えて中学生ほどの外見だ。ほんの少し前までは、小銃を担ぐ姿より赤いランドセルを担ぐ姿の方が似合っていたかも知れない。

黄色い帽子と赤いランドセルを担ぐ姿を想像して現実とのギャップに苦笑いが出そうだ。


「……そ、そうか」

「決めた。絶対に壊す」


 レンズの視線から哀愁を感じ取れたのか、エリナが静かに怒りを奮わせる。

 前を歩いていると、後ろから撃たれそうで怖い。


「変な想像したでしょ!」

「いや、そんな事は……ほら、静かにしないと」


 話題を変えようとした所、運悪くオートマタの団体を見かけた。

数は4体。どの個体も小型のハンドガンを手にして周囲を見渡している。その内の1体だけが変わった形のハンドガンを手にしていた。

 エリナと共に壁へ身を隠して銃を構える。



「1体だけがマシンピストル持ちね……厄介だわ」

「どうする? やり過ごすか?」

「警戒中だし暫く動かないわよ。先手を打つ、アンタは右側を狙って」


 相手のオートマタはハンドガンに装着してあるライトで部屋の隅々を照らしながら動いている様子だ。

ハンドガンを両手で構えると右側のオートマタへ照準を合わせて、エリナの指示を待つ。


「今よ」


 エリナと同時に引き金を引く。

対面していた左側のオートマタは、頭が破壊されて崩れ落ちる。

しかし、彰吾が狙っていた右側のオートマタは胸部付近へ跳弾した。

敵対しているレンズが二人を捉える。オートマタが銃を向けるより早く、エリナのアサルトカービンが火を噴いた。


「ぼさっとしないで!」


 高速で射出された5.56ミリがオートマタの胴体に穴を開ける。撃たれた反動で四方へハンドガンを乱射するオートマタ。

オートマタがその場で機能停止するも、間髪入れずに9ミリ弾の雨が降り注ぐ。

まるで連射のように降り注ぐ銃弾に、エリナは動くことが出来ず物陰へと避難した。

 舌打ちをしながら跳弾する弾丸から身を屈ませてライフルで反撃する。


「なんで頭を狙わないのよ!? 馬鹿じゃないの!!」

「す、すまん。胸を狙えば倒せると思って」

「馬鹿じゃないの!?」


 エリナはカンカンに怒っている。

 新しい弾倉を掴むと、空になった弾倉を弾き飛ばし叩き込んで装填する。

拳銃の弾と言われても、人間相手なら威力は折り紙付き。悪い所じゃなくても死ぬ事になる。

それでもエリナは臆することなく物陰から身を出し、的確に撃ち返す。

 怒涛の銃撃戦が始まるが、その場に釘付けされたかのように身動きが取れなくなってしまった。


「分が悪い! 引き返すか?」

「アンタの所為でこうなったんだから! 道はすぐそこよ。数を減らしたら突っ切るわ」


渡されたハンドガンで自分も応戦するが、弾丸は再びオートマタの胸部装甲で弾かれた。


「頭を狙って!」

「わ、わかった!」


弾数に限りはある。生憎と前面に出ていてもハンドガンの弾はこちらの装甲も弾く。

臆せず正面に立ち狙いをつけて銃を構える。オートマタの頭へ狙いをつけて引き金を引く。

崩れ落ちるように倒れたオートマタを横目に次のオートマタへ照準をつける。よりも早く、エリナの銃弾でオートマタは倒れた。

 正確で素早い狙いだ。

 そう思っていた所で、エリナが背中へと回ってくる。


「そのまま前に進んで」


 海外の動画で見たことがある。

特殊部隊の隊員が、身体が隠れるほどの大きい盾を持ち、その後ろを密着するように他の隊員がついて行き建物へと近付く。

自分の体がエリナの盾になっている。それを理解して足並みを揃えるように前へ進む。


「正面のオートマタは対処する!」

「そのまま壁沿いで進んで!」


 装甲を弾くと言っても装甲に当たる痛みは有る。

それに顔を狙われたら自分も死ぬかもしれない。左腕を立てて顔付近をガードしながらオートマタを倒す。

 順調だ。距離は詰めているがハンドガンの残弾が3発と表示されて焦りが生まれる。


「エリナ、弾が!」

「数は少ない……耐えて!」


 耐えられない訳ではないが、反撃手段がなくなるのが不安だ。

落ちている拳銃を拾おうにもエリナの盾として機能しなくなるし、迂闊に動くことが出来ない。

正面の敵を残り2体残してハンドガンの弾が切れた。

 やけくそで銃本体を投げるわけにもいかない。

横の通路から新たなオートマタが出てくるが、銃を持つ腕を掴んで引き寄せる。

そのまま弾が切れたハンドガンをオートマタの顔面へと叩き込む。

 崩れ落ちるオートマタの手から新たにハンドガンを奪い、正面の残り2体へ狙いを付ける。

 『コーカス ハンドガン 装填弾数4発』

 十分だ!

 引き金を二度引き、まずは右側の柱近くにいたオートマタを倒す。

その時、後ろに潜めていたエリナが姿勢を低くして前に出てきた。カービンライフルを連射しながらもう1体へ肉薄し、弾が切れたカービンを体の横にずらし、弾から避けるようスライディングをする。

腰からハンドガンを取り出しオートマタの頭部へ2発の弾丸をぶち込む。


「こっちよ!」


 最後のオートマタを倒したエリナが声を掛ける。

奥からはぞろぞろと増援のオートマタがハンドガンを手に向かってきていた。

背中に浴びる弾丸を搔い潜り、エリナの後へ続く。

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