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2話 境遇 


 彰吾は未だ青い顔をしたままの少女を背負い、注意深く通路を進んでいた。

右手にはオートマタが持っていたハンドガンを手にしている。

銃特有の重みに緊張して持つ手が震えているが、自衛の為にも必要なものだ。最も、上手く狙える自信は無い。

 倒れた少女を無視して一人で探索する事も出来たが、動けない少女を見捨てる事が出来なかった。


「……なんで殺さないの」


 少女は目覚めてから、相変わらずその言葉を何度も投げ掛けてくる。

背負う事に最初は抵抗をされたが今は大人しく掴まってくれている。それとも、抵抗する気力と体力を温存しているのかも知れない。

背負うと2メートル近い高さになる為、落ちないよう大人しくしてくれるのは助かっている。


「だから争う気はないって言ってるだろ? 次の道はどっちだ?」


 殺すつもりは無い。そう何度も伝えてはいるが納得できないらしい。

せめてものと情報集めに他愛の無い会話を挟んでみたが返事は無く、先程みたいな問い掛けがたまにある程度だ。

 脱出までの道案内は少女に任せているが、いつオートマタと遭遇するか分からない。

曲がり角を進む度に、銃を握る力が余分に入る。


「そこを右……下手くそなクリアリングね」


 銃口を向けたまま、曲がり角を少しだけ覗き込む。敵が居ない事を確認するとゆっくりと先へ進んだ。

特殊部隊の男を題材にしたゲームの様に、見よう見まねでやってみたが、結局は焼き付け刃のようだ。


「機械の癖にまともな動きも出来ないの?」

「いや、緊張してて」

「なにそれ冗談のつもり?」

 

 目覚めてから唯一聞けた事が、この少女の名前でエリナと言うらしい。

協力関係の今だけ、互いに呼びあう名前を渋々だが教えてはくれた。それが偽名かどうかも分からないが。

 

「ここは左へ」

「分かった。けど、少し休憩しようか」

「いいから、黙って進んで」


 担いで歩く分には機械の体で辛くないが、負担が掛かるのは背に居るエリナの方だ。 

意識が戻ったばかりで背負って動き回っている。歯を食いしばりなら、幼いながらも意思が強い女の子だ。

 彰吾はエリナの言葉を無視して、見通しの良い通路の床に膝を着き、壁を背もたれにしてエリナをゆっくりと下ろした。少しの動作が苦痛なのか、エリナは辛そうに肩で大きく息をしている。


「やっぱり辛いのか?」


 エリナからは返事が無い。

 何か薬が有ればと思い、彰吾は少し戻った所に扉が有った事を思い出した。

扉には人が入ったような形跡も無かった為、運が良ければ何か見つかるかもしれない。


「少しだけ此処で待っててくれ」


 エリナにそう伝えて、自分が持っていたハンドガンを手渡す。

もしかしたら後ろから撃たれる可能性もあったが、何も持たずに待たせる方が酷だろう。

それに襲う意思の無い自分よりも、弾の使いどころは分かるはずだ。そう信じたい。

 エリナが銃に視線を合わせるのを確認すると、彰吾はその場から離れた。

 彰吾はエリナが投擲していたナイフの一つを手に持ち、ゆっくりと扉に近づく。

中を覗ける窓のような物もなく、鋼鉄製でドアノブらしき物も見当たらない。

 どうしたものかと頭を悩ませていたが、ふと扉横のパネルに触れたら、扉は横にスライドした。

部屋内は暗く電気が通っていないように見える。

 胸を撃たれてから調子の悪いセンサーを頼りに室内を見回すも、殆どのセンサー類にエラーの表示が出ている。


「動体、熱源……どっちも壊れているのか」


 唯一使用出来たナイトヴィジョンモードで室内を探索すると、朽ち果てた書類に錆びたデスクとチェアが散乱としていた。

棚には割れた薬品ケースや年季が入ったファイルぐらいしか見当たらない。

 使えるものが無い事に落胆したが、デスクの引き出しに付いた小さな鍵穴を発見した。 

デスクを静かに揺らすと、引き出しの中に何か入っている音が聞こえる。

引き出しの隙間にナイフを突き刺し、テコの原理で鍵を破壊すると、白い十字のマークが付いた赤いポーチが見つかった。

 ファーストエイドキットだ。ありがたい!

 錆び付いたファスナーを強引に開けて内容物を確認する。

ガーゼと包帯、傷用テープと消毒液。一番欲しかった抗生物質や痛み止めの錠剤も残っていた。


「エリナ、救急キットを見つけ――」


 すぐさまキットを持ち、部屋を出て声を掛けるが、そこにエリナの姿は無かった。

エリナが座っていた場所には手渡したハンドガンだけが置いてあり、壁には血液が擦れた跡が残っている。

 周囲を警戒しながらハンドガンを拾うと、微かな出血跡が曲がり角へと続いているのを見つけた。


「一体、何処に?」


 血痕は30メートルほど先の曲がり角まで続いている。

無理に歩くと傷が開く可能性もあったが、オートマタに襲われた可能性も考えられた。

 銃を構えて、警戒しながら曲がり角まで近づく。

その先にオートマタが居れば撃つ。居なければ再度追跡する。

 意を決して、勢いよく曲がり角へ体を出すと、そこにはエリナの姿が有った。

 外傷は特に無く、ここまで歩いた為か更に息が上がっているように見える。安堵したのもつかの間、怒りがこみあげてくる。しかし相手はまだ子どもだ。痛む怪我でも涙を流さずに堪えている。

 怒る気も無くなり、機械の身体でもため息をついた。


「ごめん。動くなって言ったのが悪かったな」

「別に……」

 

 エリナの横で先程見つけた救急箱を広げる。

そのキットにエリナは目を奪われている。医療品としてやはり期待は有るのだろう。


「救急キットを見つけた。古い物みたいだけど、今より多少楽になるはずだ」

「っ、自分で」

「たくっ、大人に任せろ」

 

 フラフラなエリナをとりあえず横にさせる。

エリナの額に手を置くと、自動で検温する事が出来た。手の平にでも熱感センサーが有るのだろうか。

 雑菌が腹部から入ってしまったのか、エリナの顔色は優れない。

救急箱内に抗生物質が残っていたのは助かったが、ラベルは茶色く汚れており効能が残っているか不安になる。それでも痛みを和らげる効果が有ると願いたい。


「古い痛み止めみたいだけど……使うか?」


 エリナはゆっくりと頷く。

彰吾はその意思を受けて視界に表示された情報通りに錠剤を分別し、エリナの口腔内へと投薬した。

ボリボリと噛み砕く音と無理やり飲み込む動作を終えてほっと息を吐いた。

 腹部の縫い傷へ消毒液を染み渡らせて、傷用テープを銃創に張り付ける。

染みる薬液に一瞬だけ痛みで歪んだ表情をするも、エリナは声を漏らすこと無く処置が完了した。

最後に包帯を巻いてあげれば完了だ。


「気分はどうだ?」

「……最悪よ」

「そんな口を聞けるなら大丈夫みたいだな」


 即効性の痛み止めだったのか、エリナの調子が幾分か優れたように見える。

年数経過はしていた筈だが、もしかしたら高価な薬だったのかもしれない。


「……少しは楽になったわ」

「そうか、安心したよ」


 表情に変化があるのか分からないが、彰吾の頬は緩む感じがした。

素直な事を口にしたが、エリナは不思議そうにじっと彰吾を見上げる。


「アンタ、やっぱり変なオートマタね」

「変って……目が覚めたらこんな身体だったんだ。普通のオートマタはどうなんだ?」

「人間を殺すのよ」

「それは――いや、何でもない」


 ――殺す理由があるのでは? と尋ねようとしたが、藪蛇な言葉には気を付けた方が良さそうだと思い、慌てて口を紡ぐ。


「まぁ、アンタの鈍くささだと、人間一人も殺せなさそうだけど」


 オートモードとは言え、鈍くさい奴に殺されそうになった口が言う事なのか。


「とりあえず……さっきの部屋に戻って、もう一度休憩しよう」

「勝手にすれば良いわ」

 

 エリナはそう言うと、黒いコートに身を包んで身体を起こした。

少しは信頼してくれたのか、立ち上がったエリナに肩を貸しながら彰吾も共に歩き出す。


「さっきの部屋は多少埃っぽいけど、休む分には――!?」


 先ほどの部屋に向かう為、顔を上げると、通路の先に2体のオートマタが立っていた。

2つのレンズがこちらへ注視している。その手には黒光りするハンドガンが握られている。


 いつの間に!? いや――考えている暇は無い!


 彰吾がハンドガンを構えると同時に、向かい合うオートマタとの銃口が交差し合う。

出来るだけ速く、相手のオートマタが引き金を引く前に彰吾は指を動かした。

 ――カチッ。


「――弾が!?」

 

しかし弾丸は発射されなかった。

オートマタから回収した際に何発かは残っていた筈なのに、と狼狽えるも原因は分からない。

 相手から放たれた弾丸からエリナを守るように、無我夢中で胸の中へと引き寄せてオートマタに背中を向ける。

距離が開いている為か、弾丸は彰吾の身体を損傷させる事無く跳弾した。

それでも銃弾の雨は止むことがなく、少しずつ着弾の衝撃が痛みに変換して伝わってくる。


「くそ! なら、こいつで!」


 使えないハンドガンを手放し、右大腿部の内部を展開する。

納めてあった拳銃――カノサス14ミリリボルバーのグリップを掴むと、振り向き様にオートマタへ向けて引き金を引いた。

 腕が吹き飛ぶほどの反動に腕が堪える。しかし弾丸は、オートマタの間を突き抜け、つき当たりの壁に大きな穴を開けただけだった。


「うおぉおお!!」


 心の中で舌打ちをして再度狙いを定めると、2発目の弾丸はオートマタを木っ端微塵に吹っ飛ばしていった。

まるで小さなミサイルほどの破壊力だ。金属の身体でこの威力。もし、これを人間に向けたら……。


「――何してるの!!」


 エリナの叱責で彰吾は我に返る。降り注ぐ銃弾の雨はまだ止んでいない。

コーカスハンドガンを手にしたエリナが反撃にと、彰吾の間から腕を出して数発撃ち込む。

それでもオートマタの数が2体、3体と増えてきた為、撤退を余儀なくされる。


「エリナ、怪我は!?」

「そんなの後よ。弾が切れるわ! 下がるわよ!」


 彰吾を盾にしながら曲がり角に戻り、その先を進もうとするも、前方から別のオートマタが近づいていた。

後ろを振り向くも、そこにも同じほどの数のオートマタが銃を手に近づいてくるのが分かる。


 か、囲まれた……!?


 オートマタに前後を塞がれていた為、立ち往生する。

それでもエリナは彰吾の前へと駆け出すと、矢継ぎ早に大振りのナイフを懐から取り出す。


「前方の数は2体、突破するから防いで!」

「!? わ、分かった!」


 防いでとは、後方からの弾丸を防ぐことで良かったのか、確認する暇も無いが、エリナの後ろに付くように走り出す。

 オートマタは前後から銃弾を浴びせてくる。

エリナは低い姿勢で射線を避けて、ナイフで弾きながら接近する速度を緩めない。

 腹部に穴が開いているとは思えない動きだ。


「まずはーー1体目ッ!」 


 ナイフが届く距離に来ると、そのナイフをオートマタの胸元に突き刺す。エリナは続け様にオートマタからこぼれたハンドガンを手にして、突き刺した箇所へ銃口をねじ込み、引き金を引いた。

 撃ち込んで5発目から、頭部の光が消えたのが分かる。


「次」


 2体目のオートマタがエリナを狙うが、彰吾はすかさず持っていたナイフをオートマタに目掛けて投擲する。

ナイフは彰吾の狙い通り、頭部のレンズに吸い込まれて、大きく縦に割る事が出来た。

 自分と同じ構造なら、おそらくあの部位が視界と関係している筈。

 予測した通り、オートマタの動きが鈍る。その隙をエリナは逃さず、突き刺さったナイフの柄に向かって跳び蹴りを入れると、オートマタの頭部が2つに割れた。


「早く行くわよ!」


 先へと駆け出したエリナに置いていかれないよう、彰吾も慌てて駆け出す。

ハンドガンを拾おうとしたが、跳弾した弾丸に阻まれて諦めた。

 進んだ先にはオートマタの姿も無く安心したが、エリナは進める速度を緩めない。


「こっちには居ないみたいだな」

「しつこいから見られないよう気を付けて!」

 

 ジグザグと何ヵ所も曲がり角を進むが、進むにつれて壁に銃痕や血痕の戦闘痕が酷くなっている。

壊れた部品や薬莢を踏まないよう気を付けていると、壁の一か所が不自然な事に気付く。

 視界に表示された情報も、まるでこっちに通路があるように表示されている。


「エリナ、こっちだ!」


 一か八か彰吾は変わった箇所に触れると、ホログラフィックのように指は壁を貫通した。

特に体の異常はない。顔を近づけて壁の奥を覗き込むと通路が露わになる。その奥には隠されていた扉が有った。


「この先に扉が有った。どうする?」

「たくっ……そっちに賭けるわ」


 エリナは躊躇せずに壁の中へと入っていった。

光学迷彩、それも映像投影型だろうか。そこまで詳しくは無いが、この技術はかなりの物だ。

 物音を立てずに扉前まで来ると、エリナはレバーの取っ手をゆっくりと握る。

鉄製の扉をゆっくりと開けて、罠が無いか確認する。部屋の向こうからは特に変化はない。

 警戒してその部屋に入ると、そこには男性が一人座り込んでいた。


「い、生きて……いや」


 床に広がった血液の量を見れば分かりきったことだ。既に物言わぬ死体と化している。

 容姿からして20代前半の男性か。腹部に赤黒い染みを作り、苦しみで歪んだ表情のまま固まっている。

ここに逃げ込んだあと力尽きたようだ。争った形式も無い。血が乾いていない事を見れば、数時間前の遺体のように見える。

 彰吾は、エリナの表情が変わった事に気が付いた。

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