13話 情報屋ミディ・アムリタ
一通りの買い物を終えると、時刻はあっという間に午後の15時を過ぎていた。
白いコンテナを背負いながら銃器を扱う店で弾薬箱20kg近い量を収納し、注射針やガーゼに小瓶等の医療品と、塩漬け肉からバターらしき油成分の塊に芋や小麦粉のような保存の効いた食料を買い込んだ。
人の波と点々と店を行き来するのは慣れない。
コンテナがぶつかっては謝罪の言葉を投げ掛ける事もあった。幸い、大事になる様子も無く過ぎた。
見知らぬ土地を行き来するのはこれほどまで疲れるものだったのか。
現在、彰吾はげんなりとした様子で取り外したコンテナの上に腰を落ち着かせている。
オートマタの重量で座っていてもコンテナは歪む事がなく丈夫な造りをしている。
「はぁ〜……やっぱりここのタルトが一番美味しいわ」
そんな彰吾の対面には、ミックスベリータルトに舌鼓を打つエリナの姿が有った。
一休みとしてエリナが選んだ店は、荒廃した外の世界とは場に似合わない高級そうなカフェテラス。
注文を取る男性はタキシードを着こなしており、周りのお客さんも高級そうな衣服で身を纏った貴婦人方ばかりだ。ビシッと決まった黒いスーツを着込んだ護衛に囲まれている。
「良い値段しそうだけど、大丈夫なのか?」
彰吾は周囲に遠慮して小声でエリナへ確認する。
エリナが絶賛している食べ物も「いつもの」で運ばれて来たスイーツだ。エリナはここの常連らしく、顔見知りなウエイターも慣れたように席へ案内していた。
「私は一つの仕事を終えたら、いつもここでリフレッシュしてるの」
エリナはタルト生地にベリー類の果実に煮詰めたドリップソースを付けて口に運ぶ。
年相応な表情で甘味を味わうエリナの姿だけなら別に気にならなかったのだが、ここはテラスである。
大通りからもカフェで一休みしている人達が見えるし、こちらからも大通りを歩く人の姿が見える。
テラスを横切る誰も彼もが、願望と嫉妬が混ざった感情で睨みつけてくる為、彼らの視線が背中に刺さって痛い。
エリナは気にしていない様にミックスベリータルトを続けて味わっている。
「あの……エリナ、さん? 凄く居心地が悪いのですが」
「次邪魔したら壊すわよ」
居心地が悪い理由。
それはスラム街の子ども達の眼差しが辛い事だ。
10歳にも満たない小さな子ども達が通行人の邪魔にならないよう、路地裏から羨ましそうに指を咥えてこちらを眺めている。
恐らく甘味を食べた事が無いのだろう。漂ってくる砂糖を焦がしたカラメルの香りを想像しているのか、涎を垂らしている姿がいくつも見える。
エリナがティーカップに口を付けると、ウエイターがティーポットを手にしてエリナへ近付いてくる。
「いつもご贔屓頂きありがとうございます。西の商業都市バラカで上質な茶葉を仕入れましたので宜しければ試飲されますか?」
「あら素敵ね、頂くわ」
エリナはカップを差し出して、新たにお茶を注いでもらう。
この世界にはどうやらチップを払うといったサービスの習慣は無いらしい。
メニュー表にミックスベリータルトは5800クレジットと表記されていたのを思い返す。
買い物を通じて、この世界の金銭感覚が有る程度理解出来たが、約1000クレジットで一般的な昼食が食べる事が出来る。
煙草のような草木に関係する物は高価になりやすく、特に甘味の嗜好品である砂糖は希少品なようだ。
「良い香りね。落ち着くわ」
上品な振る舞いが様になっているのは、やはり家名が関係しているのだろうか。
タルトを食べる時のナイフとフォークの扱いも様になっているし、食事の姿勢も背筋がキチンと伸ばしており、容姿と相まって良い所のお嬢様にしか見えない。
強いて言うならば、黒を主体としたジャケットや装備類が想像と違う事を認識させられる。
彰吾の視線に気付いたエリナがカップから視線を上げる。
「じっと見てなに?」
ここで家名のことを聞くのはなにか拙い気がする。
誤魔化すように彰吾は思考を巡らせた。
「マーカスから聞いたんだが、射撃訓練の成績で少し気になってたんだ」
「あぁ、アレの事ね」
直ぐに合点したようにエリナは頷く。
「アンタは何秒だったの?」
「いや、俺は当てるのが精一杯で……」
笑われるだろうか?
彰吾は気まずそうに言葉が尻込みしていくが、エリナは気にしていない様に言葉を続けた。
「時間を掛けてでも弾を当てる事が出来るなら上等よ。早さだけを求めて1発でも外す位なら無意味だもの」
「それじゃ、25秒の記録も1発ずつを丁寧に?」
「的当てなんて実戦では無意味よ」
そうだろうか? 目標が常に停まっている訳では無いが、ある程度の速さは必要だと思う。
例として上げるなら西部劇のガンマンだ。
彼らは0.1秒の時間差でも勝負の分かれ目となる。
抜いてすぐ撃つ。それを相手より先に当てる事で生死に関わる問題だ。
あまり納得のいかない様子が滲み出たのか、エリナはカップを置いて説明するように話し始めた。
「確かに早撃ちの技術は侮れないわ。でもね、何回も練習した射撃フォームと最高品質で整備された銃を手にしているからこそ出来る技術に意味はないのよ」
「それって……どういう事だ?」
「アンタ要領悪いわね」
エリナは呆れたように彰吾を一瞥する。
「敵の銃弾を避けた姿勢が的当ての時と同じ姿勢か。鹵獲した武器でも同じ事が出来るか。意識の違いよ」
「過酷な環境を想定しなければならない……と言うことか?」
「あら、理解出来たじゃない」
エリナはカップを再び持つと満足そうに頷いた。
整えられた環境だからこそ出せる結果ではなく、想定外でも対応出来るように、と言う事を言っているのだろう。
オリンピック選手の射撃と猟師の射撃の違いだろうか。どちらも目標に弾丸を当てているが、片方は山に登り、何時間も耐え忍び、泥や水に汚れた銃でも目標に当てる事が出来る。
逆にオリンピックでそういった事が出来るか、と尋ねれば出来ない事も無いが記録を残す以上、普段より難易度は上がるだろう。
なるほど、エリナも色々考えて居るんだな。
と彰吾は一人心のなかで納得する。
そこに目を奪われるような美女がウエイターに案内されて通りかかった。
飴色のブロンドに白い帽子の間から蒼い瞳が見え隠れする。年は20台半ばぐらいだろうか。繊細な模様が描かれたワンピースドレスを身に包んでいる。
身長は170センチを越えた長身でスラっとしており、女性向け雑誌のモデルのようだ。
まるで有名な絵画から出てきた女性みたいだ。
「あら? エリー、久しぶりね」
「げっ」
女性はエリナに気付くと、親しさを感じる口調で声を掛けてきた。
エリナは彰吾が見慣れた様に悪態をつく。
エリナの知り合いなのだろうか?
「……なんでアンタがここに居んのよ」
相席で、と女性がウエイターへ伝えると、席の空いている所へ椅子を持ってくる。
彰吾は慌ててコンテナをずらして席を広くすると、お礼の様に微笑みかけてきた。
途端にエリナの機嫌が悪くなる。
先ほどまで甘いお菓子を食べて年相応な笑顔だったが、テーブルに片肘を付き、苛立つようにトントンと指で音を鳴らし始めた。
先程までの優雅な姿勢は何処へ行ったのか?
「珍しいわね。エリーがオートマタと行動してるなんて」
「うるさい。アンタの所為でコッチは死にそうだったんだから――って、勝手に椅子に座らないで」
おかまいなしに椅子へ座ると、ウエイターへ「彼女と同じものを」とウィンクする。その仕草だけで絵になるようだ。ウエイターも心を射たれたように見とれていた。
「ここの紅茶は美味しいわよね。私も好きなの」
聞く耳を持たず、エリナは紅茶に口をつける。
女性はニコニコとした笑みを崩さない。
「えっと……エリナ、こちらの女性は?」
「あ゛?」
「あら、エリーと違って礼儀正しいお方ね」
カツンと音が響く。
机の下から脚を蹴られた。
「初めまして、ショーゴさん。私はミディ・アムリタ。しがない情報屋よ」
白く線の細い手を伸ばされる。
社会人の癖で握手を返そうとしたらエリナに再度脚を蹴られた。
いや、それよりも今自分の名前を?
「自分の事を知っているのですか?」
「しがない情報屋なので。秘密ですわ」
ミディは笑みを浮かべて、口元で人差し指を立てた。
情報屋と言ったが、自分の名前もそうやって知ったのだろうか。
少なくとも名前を伝えたのは民間軍事会社の社員だけだ。
この都市に来てからたった1日で自分の名前を知るには口が軽い社員もしくは、ミディの背後に巨大な組織が存在するのだろう。
暫くするとミディにもミックスベリータルトと紅茶が配られた。
エリナはムスッとした表情で無言のまま店員へカップを突き付けて紅茶のお代わりを注いで貰う。
「エリー、怒ってる?」
「2週間前の言葉を思い出しなさい」
ミディは人差し指を顎に立てて、宙を見るように想いに耽る。
エリナは死にそうになったと言っていたが、2週間前に何が起きたのだろうか。
納得がいったようにミディは頷くも、その仕草にカチンと来たのかエリナの無言の圧が強まる。
「思い出したわ。確か特型のオートマタ関連よね?」
「えぇ、そうよ。森に隠れているオートマタの調査依頼の事よ」
「……あの時はごめんなさいね。でもエリーが無事で私は嬉しいわ」
「白々しい。わざと山賊討伐をふっかけたんでしょ」
蚊帳の外になった彰吾は、エリナに何があったのか尋ねる。
要件を纏めると、エリナは2週間前にミディから情報を購入した後、特殊型オートマタを捜索したが、目的地が最近活動始めた山賊の新しい拠点であり、討伐と勘違いした山賊20名近い数に襲われる事となった。命からがら山賊を壊滅させる事でエリナは生き延びることが出来たが、危うく殺される所だった事を未だに根に持っている。
山賊はオートマタの装甲を纏っていた為、情報の誤りがあったのはその為らしい。
「でも大丈夫。今回はあてがあるのよ」
ミディは自信がある様にポーチから1枚の書類をテーブルに広げた。
「特型関連?」
「ええ、その為にエリーを探したのよ?」
ミディはカップに一口付けると言葉を続けた。
「山岳地帯で索敵行動する特型と随伴の目撃情報よ」
「山岳地帯って西の?」
「ええ、そうよ」
西と言えば自分とエリナが出会ったファクトリーの方角だ。
あの辺りで索敵するオートマタとは、何を探しているのか?
「特型は近接用のブレードを使用するタイプで、既に傭兵の何人かが返り討ちにされてるわ」
「ブレード使い……アタリね」
「統制も取れてるし、調査する価値はあるんじゃない? 数日後に調査依頼が出るから、希望があれば予約するわよ」
ブレード使いと聞いてエリナの雰囲気が変わった。
何かしらの因縁が有るのだろう。
それを知っているミディもエリナを焚き付けるように言葉を選んだ。
エリナの返事は決まっていた。
「予約するわ」
「数日後って、昨日まで働いてたじゃないか?」
「うるさいわね。見返りは何が必要?」
「ここの代金で良いわよ」
「あら、いつもより良心的ね」
皮肉を込めた言葉でも、ミディは笑みを絶やさない。
テーブルに広げた用紙にペンでチェックを入れると、ポーチへ片付けた。
「美味しかったわ、またご馳走してね」
ミディは紅茶のカップを空にすると、口を付けていないタルトをエリナの方へ寄せて席から立ち上がる。
白い帽子を被り直すとエリナへ振り返り、居た堪れない様子で言葉を続けた。
「それと……前は違った情報でごめんね」
ミディは物静かに席から離れていく。
その後ろ姿を見て、彰吾はエリナへ確認する。
「良い人だったじゃないか?」
「アンタが人間だったら鼻の下伸びてたわよ」
エリナはもう一皿のタルトにフォークを刺しながら、彰吾を呆れたように見ていた。