12話 商業地区
「おっと、忘れる所だった。もしエリナに会ったら任務を伝えてくれるか?」
「任務ですか? 承知しました」
「この紙を渡せば内容が分かるはずだ」
ファズはポケットから4つ折りの紙を取り出すと、彰吾はその紙を受け取った。
任務と言うぐらいだから電子メール的な正式な物だと思っていたが、アナログ的な任務の伝達方法みたいだ。
パッと見た感じではメモ帳にしか見えない。
「任務内容については、自分は確認しない方が宜しいでしょうか?」
「言葉遣い」
「……っと、自分は見ない方が良いですか?」
「いや、別に見ても構わんぞ。正式な内容はミーシャから伝達されるからな。これはメモ紙だ」
「メモ紙、ですか?」
彰吾の頭に疑問が浮かぶ。何故メモ紙を自分経由でエリナへ伝えるよう渡したのか。
それでも渡すよう頼まれた物はきちんと届けるのが責務だ。何気に社長からの初めての仕事となる。
彰吾はファズへ一礼すると、マーカスの後を追うように地下室の扉を出た。
マーカスは階段前の通路で待っていた。どうやら自分とファズ社長が話していたのを待っていてくれたらしい。
「一通り案内は終わりだ。ミーシャさんからの任務はこれで終了となる」
「あぁ、長い事助かったよ。案内ありがとう。それと射撃訓練も教えてくれてありがとう」
「俺は昼から別の依頼が有るから、お前はミーシャさんに今後の事は聞け」
「そうか、マーカスも昼からの依頼を頑張ってくれ」
マーカスは彰吾の言葉に手だけ挙げて返すと、2階の自室へと戻っていく。
そんなマーカスの後ろ姿を見て彰吾は初めて会った時との気持ちの違いを実感していた。
少しは仲良くなれただろうか? 少なくとも邪険とした態度は薄れた様子に見えた。
これからも多くの人と関わりを持てば、オートマタの身体でも理解して貰えるかもしれない。
「よし!」
彰吾は気持ちを切り替えてミーシャさんを探そうと振り返る。
すると、ちょうど食堂の扉が開いた。扉の開きに注意して邪魔にならないよう通路の脇へと離れる。
出てきた人物と目が合う。
「げっ」
食堂から出てきたのはエリナだった。
エリナは彰吾の顔を確認すると、思わず嫌悪の声を漏らした。
ヘレン先生が明日には動き回ると言っていたが、エリナの両手には食糧庫を漁ったのか、クッキーのような焼き菓子がいくつも乗ったお皿を抱えている。
「はぁ……朝からアンタの顔を見るなんて最悪だわ」
「もう昼前だけど」
「なんか言った?」
エリナは鋭い目つきで彰吾の言葉を遮る。
彰吾はまだマーカスの方が話は出来ていたなあ、と改めて認識する。
空腹の獣のように威嚇するエリナにタジタジとする彰吾だったが、その背後から救いの女神が現れる。
「彰吾さんお疲れ様です。マーカスさんの案内はどうでしたか?」
いつも通りに端末を片手に持ったミーシャがふらふらとした足取りで彰吾に近付いてきた。
ずれた眼鏡を元の位置に支え直す仕草の時、目元の隈は更に酷くなっている事に気付く。
この人が倒れたら会社の危機だろうに、社長はなぜ射撃場に居たのだろうか?
「はい、ある程度は理解出来ました。マーカスさんから射撃も教えて頂いたので、凄く充実しましたよ」
その言葉にミーシャは満足したように微笑むと、コソコソと2階へ戻ろうとするエリナの後ろ姿へ声を掛けた。
「エリナさん、お待ち下さい」
「な、なに!? 部屋の掃除なら明日からするから大丈夫!」
「……それも大事ですが、貴女へ任務です」
部屋の掃除の事ではないと安心したエリナは、階段から降りてミーシャのタブレットを覗き込む。
焼き菓子はそのまま小脇に抱えている。
「私に任務? 昼から依頼を探そうと思ってたけど、どんなのかしら?」
「買い出しの任務です」
エリナは無言で再び階段へ戻ろうとした。
それをミーシャがエリナの肩を掴んで止める。
「任務です」
「なんで私なのよ!?」
「昨日の傷がまだ癒えていない以上、依頼の受理は許可出来ません」
「もう治った!」
「任務を拒否するようでしたら、昨日の報告書と始末書を書いて頂けますか?」
エリナはぐぬぬと唸る。
買い出しの任務より、報告書と始末書を書く方が嫌なのだろう。
「それでは宜しくお願いします。荷物持ちにショーゴさんも同行お願いします」
「え……自分もですか?」
まさか自分も指名されていたとは知らず、つい声を上げてしまった。
確かにオートマタの身体能力なら荷物持ちに十分利用価値が有る。
「ショーゴさんも街中の案内が必要でしょう。商業地区がどのような様子か気になりませんか?」
気を利かせてくれた、という事だろうか。
街の様子が気になるかと言えば気にはなるが、それでも隣のエリナが賛成するとは思えない。
「ちょっと待って! なんでコイツと一緒なの!?」
案の定、エリナはマシンガンのように猛反対で抗議の声を上げていた。
何を言われようが、ミーシャは涼しい表情で変わらずに淡々と言葉を告げる。
「社長命令です。それでは宜しくお願いします」
「うぐっ……買い出しの任務に向かいます」
社長命令に拒否する事も出来ず、エリナは渋々と言った感じで任務を復唱した。
それを聞き入れたミーシャは、次に彰吾の方へ振り向く。
「ショーゴさん、社長が先程渡したメモが購入リストになりますので、無くさないようお願いします」
ミーシャは別件が入ったのか、端末を操作しながら一礼すると2人から慌ただしく離れていった。
彰吾は手に持った四つ折りの紙を広げる。
そこに書かれていたのは、様々な種類別の弾薬箱と医療用らしき薬品名、用紙の束や食料等、ざっと目を通して見ても、とても1人で持ち運べる量ではなかった。
「ちょっと、それ私にも見せなさいよ」
「あぁ、すまない」
エリナにも見える様、メモ書きの位置を下げる。
手の中を覗き込むようにするかと思えば、エリナはメモ書きをひったくる様に奪った。
メモ書きを上から流すように眺めると不満の言葉を上げた。
「めちゃくちゃ多いじゃない!」
「弾薬箱が10個以上って書いてあるけど……持てるのかコレ?」
「その為のアンタでしょ。1時間後に出発だから準備しておいて」
エリナは焼き菓子に齧り付くと、準備の為に階段を上がっていった。
1人残された彰吾はぽつりと呟く。
「準備って、何を準備すれば良いんだ?」
――1時間後。
太陽も真上を向いた時間帯となった。
受付のロビーでエリナを待っていると、黒いジャケットとポーチが付いたベルトを身に着けたエリナが現れた。
任務としても戦闘は想定していないが、ホルスターには護身用のハンドガンを身に付けている。
彰吾はエリナの姿を確認して声を掛けると、エリナは怪訝そうな表情で彰吾に近づく。
「アンタの準備って……それだけ?」
「何か変か?」
エリナは彰吾の頭からつま先までをジロジロと観察するように眺めると、腰に着けたウエストポーチを指差した。
ポーチには用心の為に準備した予備の弾倉が詰められている。
「弾倉は9ミリ4本?」
「あぁ、全てに+P弾も装填済みだ」
エリナの質問に彰吾は力強く頷く。
勿論コーカスハンドガンも1時間内で自ら整備をしてきたものだ。
先程の射撃場で使用できる機材を使って煤汚れや古い油膜を拭き取り、新品のガンオイルで注油している。バレルもクリーニングロッドで清掃を済ましている。バレルから焦げのような黒い汚れを掻き出した時は爽快感も有って没頭してしまった。
モデルガンとかに興味が無い訳ではなかったが、こういった手入れをする事で愛着が出てきてしまった。
高価な釣具のロッドを磨く世間のお父さんの気持ちが分かったかも知れない。
「ふぅん? コーカス見せなさい」
エリナに言われた通り、彰吾はコーカスハンドガンを手渡した。
社長と同じようにエリナもコーカスハンドガンが気になるみたいだ。官給品と呼んでいた為、軍や会社でも広く流通している銃の一つなのだろうか。
エリナは受け取ったハンドガンの弾倉を抜くと、何度もスライドを乱暴にガチャガチャと動かし始めた。
最後にスライドストップに留めると、解除して弾倉を元に戻す。
確認終えたのか彰吾へとハンドガンを返す。
「リコイルスプリングが傷んでいるわよ。あと100発以内に交換が必要ね」
「分かるのか?」
「+Pを撃つと負荷が掛かるの。カスタム品なら問題ないけど、鹵獲した銃なら何処かに不具合が出てくるわ」
「カスタムって自分の使い易さを求めるだけじゃなかったんだな」
「それも間違いじゃないわ。ほら行くわよ」
エリナは扉を開けて外へと出る。
外は昨日と同じように快晴の空だった。地下の照明の明るさとは違った眩い日の光がレンズ越しに感じる。
昨日駐車したバギーの方へ視線を向けるも、そこにはバギーが無かった。
「街まではバギーを使わないのか?」
「徒歩に決まってるじゃない」
都市内の中心の方へ歩いて向かうとなれば結構な時間になりそうだ。
なんでも商業区画で車両を使うのは禁止されている為との事だ。
先日のように都市外での使用時や緊急時は使用できるが、基本的には罰金の対象になるそうだ。
特に商業地域は人口が密集しており、まともに動かすには燃料も時間も掛かるらしい。信号機のような交通整理は存在しない。
重たい荷物はオートマタを使用する事で、多量に物資を運ぶ事が出来る為、持ち運びではオートマタが主流なようだ。
「なるほど、だから俺が選ばれたと」
「今まで外注だったから、これで経費削減になるんじゃない?」
会社から歩き始めて15分ほど経つと、大通りの道の端に細々とした露店が並ぶのが見えてきた。
興味本位からどうしてもそちらへ視線を向けてしまう。異国の商店に興味を示すのは好奇心が強い日本人の性だ。
露店に並ぶ物は食べ物らしき謎の干し肉や、砂にまみれた銃らしき一部の部品等。商品と言えるようなものには見えず、大通りを歩く者は誰一人見向きもしない。エリナも他の人同様にその露店には顔を向けず道を進んでいる。
彰吾はエリナへ小さな声で話しかける。
「エリナ、聞きたい事が有るんだが」
「貧困者よ」
視線を先に向けたままエリナは彰吾が求めている答えを出した。
彰吾が聞き返そうとする前に、エリナが言葉を続けた。
「面倒だから関わらないで。後で話すわ」
「わ、わかった」
貧困者。スラムに住む者と言う事だ。
他の都市に比べて治安は良いと言っていたが、貧困との格差は大きいようだ。
商業地区へ進むにつれて、通りを歩く人が増えると共に露店の数も増えてきている。
近くには大きいスラム街が有るのだろう。商品の前に座る人物達も身なりが悪く、年老いた男性から若い男性に女性など様々な者が日々の生活費を稼ぐ為に商品を並べている。
大通りの小脇にはみすぼらしい格好をした者達が視線を向けている。彼らは誰しも身なりが悪く見える。
「医薬品と弾薬は最後が良いわね……とすると最初は事務用品か。はぐれないよう着いてきて」
エリナはメモ紙を開くと彰吾へ購入する順序を話す。
次第に露店が近くに無い建物には、商店を示す看板が並ぶようになり、自然と活気が溢れているように感じる。
店の前には銃を下げた用心棒が立っており、道を行き交う人々へ客引きのように若者が呼び掛けている姿も確認出来る。
エリナは目的の店に辿り着くと扉を開けた。
彰吾も続いて店に入ると、若い店員が愛想よく出迎えた。
「いらっしゃい」
「普通用紙3セット、インク2瓶、それからオートマタ用の大型コンテナを1つ」
エリナは注文する品の名前だけを店員に告げる。
店員は嫌な顔一つせず、エリナに頼まれた物をカウンターの上に積みながら奥の方へ声を掛ける。
すると、店の奥からは1体のオートマタが現れた。
その手には大きな白い箱を手にしており、彰吾へと近付いてくる。
店員がエリナへ話し掛ける。
「すみませんが、オートマタに屈んで貰えるよう伝えてくれますか?」
「屈みなさいよ」
「分かった。コンテナは背負う感じか?」
オートマタが彰吾の背中にコンテナをあてがうと、視界に接続に関するメッセージが表示された。
それを承認すると背中の装甲が開き、背中の一部がコンテナの連結部と接合された。
「痛っ!?」
強力な磁石でコンテナがくっつけられたような感覚に痛みの言葉が出てしまった。
咄嗟の事でそこまで痛みは無かったが驚いてしまった。
「支払いはクレジットですか?」
「会社に付けておいて。オートマタ経由でお願い」
「でしたら、名前と所属をお願いします」
「エリナ。所属はクラインPMC」
店員は彰吾の方を確認しながら端末を操作する。
すると彰吾の視界に支払いに関する請求の提示が現れた。
『よく分からない土地番号』と『クライン民間軍事会社』の名前と『代表者:ファズ・クライン』
それに自分の認証コード『No.1001045』と現在の所有者である『エリナ・アルフォード』の名前が表記されていた。
もしかしてエリナの家名なのだろうか。
しかし、一度もエリナの口からアルフォードの名を聞いていない為、何かしら訳が有るのだろうか。
「金額を確認して」
「あぁ、全部合わせてだと……大丈夫だ。間違いはない」
「はい、確認取れました」
支払いが完了すると、店員はコンテナへ荷物を積み始める。
盗難防止の為に支払い後に詰め込む形になっているのだろう。
なるほど。つまり、コンテナはレジ袋という事だ。
「他にも店を寄るから底の方に詰めておいて」
これから弾薬に医療品と色々詰め込む事になるであろうコンテナにズシリと重みを感じた。