1話 目覚めと少女との出会い
――ピピッ、――ピピッ、――ピッ。
目覚まし時計のアラームがやけに耳へと響かせて煩い。
呻きながら意識を覚醒させると、金づちで頭を殴られた様な頭痛が襲ってきた。
きっと二日酔いだ。昨夜は遅くまで友人と呑み明かしていたのが原因だろう。寝落ちした記憶が無いが、今日が休日で助かった。
知らない内に鳴り響いていたアラームは止まっており、せめて酒明けの酷い顔を洗おうと身体を起こすが、まるで鉛のように身体が重く動かし辛い。
「はぁ……相当呑んだみたいだな」
おまけに声も酷くガラガラに渇れている。マイク越しに喋っているみたいだ。
顔を覆う布団を退かそうと腕を動かすが、油が切れた機械の様に固まっており動きがぎこちない。
ゆっくりと軋む体に鞭を打って布を退かすと、視界には見慣れない物が映っていた。
「――え?」
思わず変な声が出てしまった。
まるでHUDのように、一人称ゲーム画面のように、レーダーやよく分からない数値のような情報が片隅に見えていた。
慌ててその液晶越しに辺りを見回すも、古ぼけて朽ちた機械のコードやパイプが転がっているだけだった。昨夜に寝たはずだった自宅の欠片は見当たらない。
地面のタイルの隙間からは雑草が生えてきており、室内にしてもかなりの年月が経った部屋のように見える。
急激に頭を起こした所為か、ぐわんぐわんと揺れる頭を押さえながら一旦頭を整理させようとする。
「なんだよ、これ……脱げないのかよ」
自分の手にはグローブのような装備が着けられており、指先は細かい作業が出来るようにフィットしている。
まるで機械のような腕を目の前で動かして、指をしきりに動かしているも痛みや違和感はない。
「やっぱり夢、なのか?」
頬のある所を摘もうとするも、硬い装甲がその行動を阻止した。
カツンと短く軽い金属音だが、しっかりとその感触は脳にまで伝わる。
割れたガラスに反射した自分の姿を見て、確かに有るはずの心臓がバクバクと高鳴る。
その姿は、バイザーのように覆われた頭部。目が有るはずの位置はカメラのレンズのような物が埋め込まれていた。口と鼻のある部分は金属の装甲で覆われている。体にはウェットスーツのような物の上に、甲冑のように重そうな外装が貼り付けられているも、それは重さを感じさせず初めから身体の一部のように感じられた。
――夢じゃない。
理解すると同時に視界が真っ赤に染まり、びくりと身体を震わす。
スクリーンに写された情報が[warning!]のワードとアラーム音を鳴らしている。
「warning……危険? どういう事だ?」
突然の警告に翻弄されながら、視界を頼りに再度部屋内を隈なく見回すと、一つの箇所がピックアップされた。
目を凝らして見ると自動でその箇所が拡大される。
釣られるように重い足取りで近づく。多少足がよろめくが難なく歩くことが出来た。
立ってみて気付いたが、身長は2メートル近くあるようだ。いつもの視界より目線が高い。
そこには一つのケースが置かれていた。上辺だけ透明のガラスのような板で覆われている。そのケースの中には一つの特殊な形状の物が置かれていた。
「これは……銃?」
疑問を浮かべると、銃についての情報が視界に浮かび上がる。
『カノサス14ミリリボルバー。AP弾4発 装填済み』
鳴り止まないアラーム音が「早くあの銃を取れ」と言うかのように急がせる。
彰吾は恐る恐る手を近づけると、その銃を手にした。
「銃にしては――」
――重くない。
アーケードゲームのガンシューティングに使われるコントローラのように感じる。
形状は情報通り、リボルバーと言った感じか。レンコンのようなシリンダーが四つだけ穴が空いている。
映画やゲームで見たシンプルな形でなくゴテゴテとしたパーツが付いている。
SF系のFPSゲームだと似たようなデザインが有るかもしれない。それでも、一般的な大人が持つには大きすぎる。
カウントされたアラームがひとけわ高い音を鳴らすと、壁が崩れる音に替わった。
大砲で崩されたような轟音と共に顔をそちらへ向けると、壁をぶち抜いて転がってきたのは一人の少女。
白く束ねた長髪と黒い衣類が真っ先に視界へと入った。
こちらに見向きもせず少女はよろよろと起き上がると、開いた壁の向こう側へとその手に持ったハンドガンを向けた。
2、3発の銃声が響くと少女はこちらに気付いたのか、驚いたように目を見開く。
外国の子だろうか? 目を奪われるほど綺麗な女性だ。いや、女性と言うより少女だ。低めの身長から幼く見える。ポニーテールのように結った銀色の髪と紫色の瞳が目につく。
黒いコートのような衣類に身を包んだ姿は神秘的で怪しくも、妖精のように可憐に見えた。
「あ、あの――!!」
見とれてしまったが、危害を加えない事を説明するのに、手に持ったリボルバーを床に起き、万国共通のジェスチャーとして両手を挙げる。
それでも少女が鋭く睨みつけると、何故かその手に持つハンドガンの銃口が彰吾へと向いた。
拳銃を注視すると、向けた銃口が脅しではなく、引き金に掛かった指の力がジリジリと入られているのが分かる。
『コーカス9ミリハンドガン。装填数3発』
敵意があると理解すると同時に銃弾が放たれた。
「や、止めろ!」
[Auto mode――ON]
死ぬと思い目をギュッと閉じる。それでも硬直する筈だった体は自然と動き出した。
体を横にずらして銃弾を避けると、床の置いた14ミリリボルバーを蹴り上げて掴み、リボルバーの銃口を少女へと捉えた。
自然とリボルバーの引き金を引く。
「――ッ、こいつ新型!?」
少女はその場から離れる。
落雷のような爆音が響くと、少女が先ほどまで居た足元にこぶし大のクレーターを作った。
右腕に感じる大きな振動にビクともせず、再度少女を捉えようと銃身を向ける。
「な、何が!?」
意思とは別に動く体に困惑しながら、視界に向かって飛んできたナイフを鋼鉄の腕で払う。
牽制用に投げてきたナイフは腕に刺さる事無く、床へと転がった。腕を振るった一瞬の間に、複数の銃弾が視界に飛んできた。
1発の銃弾が視界を覆い、衝撃に首が後ろへと仰け反る。
「し、死ぬ!? ――いや、死んでない!?」
視界にヒビ等も無く、レンズに傷が付いたようには見えない。
ただ頭部に強い衝撃が襲っただけで特に問題は無い。あの衝撃は一発で首がヘルニアになるほどの威力が有った筈なのに。
その場から跳躍すると、ハンドガンの再装填中の少女と目が合った。
誤解を解こうとするも、体が自動に動くのでどうする事も出来ない。このままだとこの子を殺してしまうのか?
「オートマタ……ッ!」
オートマタ。少女は彰吾の姿をを見てそう呟いた。
装填済みのハンドガンを構え直すも、彰吾は天井を蹴り、勢いを失わないまま少女を組み伏せると、14ミリハンドガンの銃口を頭部に当てた。
少女の右手に収まるハンドガンが暴発したが、弾丸は明後日の方向へと飛んで行った。
「わ、悪い! 体が勝手に動いて――」
「何を……」
本当にこの少女を殺してしまう。
彰吾は対策が無いかと、動かない身体で出来る事を探しだした。視界の片隅に赤く点滅する[Auto]は自動行動って意味だろうか。
焦点を[Auto]に当てはめると、思った通りに設定画面が現れた。
ズラズラと出てきた英文がスクロールされるも、長々と現れた文章の中から欲しい情報を得るには時間が無い。
検索機能が無いのか思考を巡らせていると、[search]のアイコンが頭に浮かび上がった。
[search]から[Auto]を検索して、引き金を引くよりも早く解除を選択する。
「よし、体が自由に――」
力を緩めたと同時に、少女が持つ銃がこちらに狙いを定めていた。
腕を抑えていた方の力も抜けてしまったのか。
――ドォン、ドォン、ドォン!
体の真下から、心臓のある部分に銃弾を何度も撃たれて、身体が痺れるように痛い。
電波の悪いテレビのように視界が大きくぶれる。次第に体が重くなり、動く事が出来なくなった。
「あ、あれ……? 身体が」
「これで壊れない……くっ、弾が足りなかった」
撃ち切った銃を腰のホルスターに戻しつつも、少女は警戒を解かない。
彰吾の右手から離れた14ミリリボルバーに気付くと、少女はそれを拾い上げる。
ずっしりとくる重さに顔をしかめながら、慣れた手つきで回転輪胴を確認する。
「カノサス14ミリ……化け物め」
少女はリボルバーを両手で構えて彰吾へと照準を合わせる。
少女が持つ拳銃で撃たれてこの威力だ。あの馬鹿でかい銃で撃たれたら痛い所では済まないだろう。
多分――死。
「ま、待ってくれ!」
「話せるタイプね……このナイフに見覚えは?」
少女は彰吾の撃った胸の箇所にリボルバーを当てながら、片手でコート内の60センチほどのナイフを見せつける。
黒光りの刀身に革製のハンドルを持つそれは、ナイフと言うよりマチェットの方に近い。
それに見覚えは全くないが、少しでも状況を打開しようと思考を巡らせる。
「そ、それに見覚えが有るって言ったら……?」
「即壊す」
「いえ! 全くござません!」
「なら壊す」
理不尽だろ!?
少女の目は無機物を見るかのように冷め切っている。いつ引き金を引かれてもおかしくない状況だ。
「た、頼む! 殺さないでくれ!」
「殺さないで……?」
その言葉に反応したのか、少女の持つリボルバーはゆっくりと下がった。
撃たれない事に安堵したのもつかの間、少女はリボルバーを投げ捨てると黒光りのナイフを取り出した。
「アンタ達なんかに……」
両手で構えたナイフを胸の装甲へと突きたてると、ゆっくりと力を入れ始めた。
銃弾でも穴が開かない装甲にナイフを立てても刺さるのかと疑問に思っていたが、ジリジリと装甲を削っていく。
壁に空いた穴から自分と似た姿をしたオートマタが現れた。
オートマタは手に持った拳銃で少女へ狙いを付けるが、狙われている当人は気づいていない。
「おい! 後ろから来てるぞ!」
依然と動かない身体だが、生憎と口だけは達者に動く。
少女は彰吾の言葉に気付くが、オートマタは発砲する。
銃弾が少女の肩を撃ち抜いた。気づかなければ頭を撃ち抜かれていたかも知れない。
少女は身体をよろめかすが振り向きざまにナイフを投擲し、オートマタの頭部を串刺しにした。
あのナイフ、本当に刺さるのかよ。
「くっ……しくじった」
少女は腹部を押さえるも、じわりと血が滲みだしていた。
ナイフが当たる前にオートマタの2発目の銃弾が少女の腹部を貫いていた。
「お、おい! 大丈夫か!?」
撃たれた少女を心配して駆け寄る事も出来ない為、少女はドサリと床に倒れ込む。
短時間に色々と起きて混乱している。
起きたら見知らぬ場所で女の子に銃で撃たれて殺されそうになるし、自分と似たロボットがその少女を殺そうとして壊されて、今はその女の子が死にそうになっている。
あの機械人形は俺と同じように人間の意識が有るのでは無いのか? 少しだけ形が違うけど、種族が有るとすれば多分仲間だろう。
実は助けようとしたのかも知れない。そう思うと、申し訳ないことをしてしまった。それでも少女を殺そうと銃を向けたのは良くないことだと思う。
痺れが収まっているようで、あと数分もすれば動けるようになるかも知れない。
「やっぱり、現実なんだよな」
身体が動くようになると、初めに少女の介抱に向かった。
殺そうと、いや、壊そうとされたがそれでも人間の女の子だ。どんな理由で銃を持っているか分からないが、こんな小さい子を見捨てる事は出来ない。
最初に撃たれた肩の出血は少ないが、腹部の方はひどい。着ている上着が真っ赤に染まっている。
少女の腰ベルトにあるポーチに治療出来るものが無いか探るも、携帯食料らしき食べ物とワイヤーのような細い糸と工具のような物だけだった。
「くそ! これじゃ助けられない」
少女が倒したオートマタは機能停止しており動くことはない。
使えるものが無いかとこちらも探ってみたが、右手にある弾が数発入ったハンドガンしか持っていなかった。
室内にも医療品が有る訳でも無く、せめて傷を縫わなければ出血死の可能性もある。
「最悪、弾は貫通しているみたいだし……やるしか無いのか」
外に出れば助けを呼べるかも知れない。だけどそんなリスクを負うことは難しい。
少女が持っていたワイヤーはピアノ線の様に細く柔軟だ。加工を施せば縫合用の糸に出来そうだ。
この機械の身体は視界に映す事と思考すりだけで必要とする情報が頭に入ってくる。出血量と損傷個所。縫合すべき止血箇所までもだ。天才外科医のような手捌きさえ出来れば素人の俺でもやれる。
少女の上着を捲り、被弾箇所を確認する。
ワイヤーの先端をナイフで鋭く尖らせて、あとは視界に映る情報頼りに縫う。気絶している今だからこそ出来る事で、本来なら痛みでままならない。このワイヤーだって消毒もしていなければ感染症の恐れがある。それでも今ここで死ぬよりは生きて欲しい。自己満足だけど、何もわからない現状でも、自分が出来る事はやっておく。
時間にして10分にも満たない手術を終わらせて、今更になって初めて他人の血を触った事に気分が悪くなる。赤い血液が金属の指をコーティングしていく。
口が開いていたら、きっと昨日食べたものと酒を吐き戻していただろう。
包帯なんて物も無い。自分が目覚めたときの布切れは埃が被っており衛生面で不安だ。
少女が目覚めるまでの間に、壁に空いた穴の向こう側を覗き込む。
「誰も居なさそうだな」
部屋の外も薄暗い照明が付いていた。やはり電機が通っているという事か?
通路の幅は大人4人が横に並んで歩けるほどの大きさに、目覚めた部屋と同じように床には雑草や剥き出しのケーブルが至る所に出ている。
下手に大声を出して、さっきみたいなのが来られても困る。
部屋にめぼしい物が無いかと見て回ったが、最初に見つけたリボルバーだけ他には本当に何もない。
少女が倒したオートマタの方に近寄る。
おそらく俺と同じ姿をした機械人形。煤汚れた古さを感じるが、自分との違いはところどころ造りが違う所か。
先程、新型と言っていた事から、彼らは旧型なのだろうか?
「駄目だ、情報が無さ過ぎる」
オートマタが手にするハンドガンを見る。
『コーカスハンドガン 9ミリAP弾 装填数6発』
少女が持っていた銃と似ている。また同じような機械人形が来た場合を想定して用心の為に持っておく。そして一回り部屋を見た後、少女が目覚めるまでその場で待機することに決めた。
この少女が目覚めたら、ひと悶着有りそうだけど、現状を尋ねる為にも生きていて欲しい。