狂気の街
ここは近未来の日本。猫の鳴き声がむなしく響く。閑静な住宅街、静謐な夜空に伸びる場違いな数多の塔。白亜の壁面からはのっぺりした印象を受ける。時折、風で揺らぐそれらは街を一夜で一変させた。
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『たらいりらいらり♪たらいりらいらり♪』
雑な適当きわまるオープニングメロディー。ここは局の駐車場。駐車スペースを示す白線が目立つ。照明で明るくもある。そのあと日本人女性としては、平均よりはかわいいが芸能人ほどではない司会兼料理人が話し始めた。ちなみに地方テレビの生放送だ。彼女は自称二十歳。まあ、無理があるが。野外での撮影のため風が髪を撫でている。
「何かしら悪口を言われたような……。こんばんは。さて本日も始まりました。『幸子の一夜でチャレンジ』のコーナーです」
にっこり微笑み、きまったと自慢げな彼女は続けた。
「さて、今晩は豆腐作りに挑戦です。気合い入れてまいりましょう」
がらがらキッチンテーブルを幸子の前に移動させるアシスタント。彼女は相変わらず遅いわとか思う。その上には耐熱用の器とよく冷やした豆乳ならぬ塔乳、にがりやらその他道具類が並んでいる。
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一時間前。ここは楽屋。テーブルには何冊かの人気雑誌が鎮座している。心地よい音楽も聞こえる。そこそこ容姿端麗な幸子は一人タロットカードをいじっていた。
「おかしいわね……何度やっても塔ばかりでるわ」
まあ、いいか。とお気楽娘(娘はぎりぎりセーフ?)は必殺技、称賛に値する笑顔を鏡に向けトライ。目はパッチリ、鼻筋はスッキリ、足はあぐら……。
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「はっ! たったまま寝てました。なんてね」
必殺技、称賛に値する笑顔を見せる幸子。口角がひきつっている。
「まずはこの器によく冷やした塔乳を入れてくださいな。えと、アシさん……カンペが豆じゃなくて塔になっていますよ?」
アシスタントは向けられたカメラに手で丸を作った。
「えと……なになに……前回放映済み……注意点も放映した……野外でやること」
それで外なんだといまさら納得する大物ぶり。ぶりだけにぶり大根について語りたい等と斜め上をいく幸子の思考。
カメラに必殺技、称賛に値する笑顔を見せる。
「さて、しんどくなってきましたのでぱっぱっとやっちゃいましょう。この器にこんな感じに塔乳、にがりを注いでホイッパーで撹拌しましょうね」
ぐるぐる混ぜていく。それをラップして蒸気の上がった蒸し器で弱火で十五分むして……とカンペを凝視し棒読みの自称二十歳。
「その後いい感じに固まったら火を消して、ふたをしたまま十分ぐらい放置っちゃいましょう」
私、彼氏に放置されるとドキドキするの……と、もうよわからん妄想をする彼女。
「それから冷水に取り三十分ほど晒せば完成です。ああ、こちらが後一、二分で完成の……のわわわ!?」 尻餅をつき拡がり徐々に伸びる豆腐ならぬ塔腐を注視。震える手を額にやる。気づいた時、彼女は……あぐらだった。
「え、カンペ読まなきゃ……ええと、これがとある会社が開発に成功した豆腐ならぬ鉄塔の塔と書いて塔腐……私のは……高さ三十メートルはある尖塔タイプの塔腐でして……」
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「ヘリからの報告です。放映開始から五十五分以上が過ぎました。住宅街から歓声があがっていることでしょう。満月に照らされて見えますのは……あちらはピサの斜塔ならぬ斜塔腐……どこのお宅のお庭から伸びたのでしょうか? 出来上がった塔腐たちが伸び出しつつあります」
空中で高速回転する翼から途切れ途切れに音が聞こえる。カメラアングルがレポーターから変わりそれを映し出す。絶妙な角度で伸びる斜塔腐。白さが際立ち今にも倒れそう。住宅街の変事。とまどっているかのように、声やトーンが弱まる。
「あれが絹ごしのテレビ塔腐であちらが電線の鉄塔腐です」
カメラはそれらをとらえた。その後、三重、五重、七重、十二重の塔……塔腐を画面におさめる。三重の塔腐は揚げ豆腐でこんがりきつね色。七重の湯塔腐は湯気をあげている。
「おおっとあちらには管制塔腐です。あれは巨大な石塔腐に供養塔腐に墓碑塔腐……あれは……」
カメラは月光を浴びた砂の塔……砂の塔腐を住宅街から切り取った。
レポーターはカメラは見つめあい「まさに一夜の金字塔……いえ、金字塔腐!」と発言。風の音が激しい。
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「あ、私ですね。ええと今夜は街が象牙の塔……象牙の塔腐的ですね……私の尖塔腐が風にやられて……わわわ……倒壊です。押しつぶされるかも?」
私は男には押しの一手が好きなのよんと勘案する彼女はどこまでも残念。
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「またまた、ヘリからの報告です。幻想的だった数々の塔腐は一つ、二つと倒れていきます。今晩は塔腐祭りですね……まあ塔は下から組めと言いますし、塔腐もそうしないとね」
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「幸子であります。カンペカンペ……ええと……上手くまとめてって……そうね……我が局の鼎の軽重を問う……問う……塔……腐……塔腐……すべての道は塔腐に通ずるですかね……なんちゃって! 適当でっす」