7話
野菜と肉を切って、鍋に入れて煮込み、最後にルーを入れて終わり。
それでいて、ほとんどの人が好き。
もちろん、俺も好物だ。
さらにコスパがいいという最強の食べ物、カレーライス。
「あら、あなた、料理もできるの?」
キッチンで野菜を切っていると、いきなり後ろから沙霧が声をかけてきた。
思わず、ビクリと体が震える。
今、まったく気配がなかったぞ。
「もう、挨拶しろとは言わん。が、頼むから気配を殺して近づかないでくれ」
「気配を殺せるのも立派な技量よ。私の価値が高まるわ」
「そこに価値を見出せるのは暗殺者くらいだ」
こいつはいったい、何を目指してるんだ?
「ふーん。なるほど。カレーね」
沙霧が台の上に乗っているビニール袋を漁り始めた。
「いい機会だから自炊しようと思ってな。自炊は食費を抑えられるし」
「そうかしら? 一概にはそうは言えないんじゃない?」
「ん? どういうことだ?」
「材料費、作る時間や後片付けの時間を考えたら、外食の方が安い場合もあるわ」
「な、なるほどな……」
「確かに作り置きできるカレーとかはいいかもしれないけれど、毎日だと飽きるわよ」
「言われてみれば……」
「意外と一人分の量を作るって難しいのよ。つい作り過ぎてしまうのよね」
「そ、そうなのか」
会計を済ませた際に、1000円以内に納められて、さらに数日もつと喜んだんだが……。
自炊はそうそう甘いものじゃないらしい。
「探せば安いお弁当屋さんもあるわ。驚くほど安値のお店もあるし」
弁当屋か。俺の中には自炊か外食かの二択しかなかった。
「自炊は難しいのよ。それにコストを抑えたいなら、まずはレパートリーを増やすのね」
「なんでだ?」
「安売りしている材料から料理を考えるの。料理を決めてから材料を買うのじゃなくてね」「お前は自炊してるのか?」
「今、検討中よ。経済状況、時間、その他を考慮してね」
「……お前、すげえな」
「ふふん。言ったでしょ。私は年収410万の女よ」
……10万増えてる。
一体、何の価値が上がったんだろうか?
「いやー、驚いたな。お前、てっきり頭弱いのかと思ったよ……」
そう言うのが先か、沙霧は俺の顔面をガシっと掴んだ。
「カスが面白いこと言うわね。いいわ。私の方が優れていると証明してあげる」
力が加えられ、ギリギリと俺の顔面が締め付けられる。
「これだと頭じゃなく、力の証明になってるぞ!」
「いいじゃない。別にどうだって」
「くそっ! ゴリラ女め! 放せ!」
「ふふふ。顔面が潰れたあなたが、今後どう生きていくのか。楽しみだわ」
「やーめーろー!」
その5分後。
ようやく俺は、土下座をするという条件の元、解放された。
「玉ねぎが大きすぎるわ」
カレー作りを再開していると、横から沙霧が指摘してくる。
「俺はこの大きさが好きだからいいんだよ」
「私がダメだってと言っているのよ。もう少し薄く切りなさい」
「なんだよ。お前も食う気か?」
「出来が良かったら、食べてあげるわ」
「お前、本当に自己中だな」
なんで、食べるかどうかわからない、お前に合わせないとならないんだ。
それに、材料は俺が買ったし、俺が作ってるんだぞ。
「ルーは一つしかないの?」
「ん? ああ、そこまで大量に作る気はないからな」
「ルーは他の商品と組み合わせるとコクが出るのよ」
「それだと、金が勿体ないだろ。俺は安く済ませたいんだ」
「2回作ればいいじゃない」
「……あっ」
「あなたって、本当に浅はかよね」
「くっ!」
この指摘により、主導権は沙霧へと移った。
「せめて隠し味は凝りたいわね」
「買ってきた材料はここにあるだけで全部だぞ」
「私が持ってるわ。確か、味噌を入れるとコクが出るのよ」
「味噌を? ホントか?」
「何よ、その不審そうな顔は。入れるのは少量よ」
「そっか。安心した」
「それにしても、あなた、低能な上に不器用ね。危なくて見ていられないわ」
そう言って、俺から包丁を奪い取る沙霧。
玉ねぎを掴み、包丁を構える。
板についた構えだった。
テレビとかで見る料理人と姿が重なるほどだ。
そして、玉ねぎを華麗に――。
切れていなかった。
というか、俺よりも不器用だった。
薄く切ろうとして失敗し、玉ねぎの破片が量産されていく。
「……なあ、沙霧」
「なによ?」
「代ろうか?」
「ふん。今日はここまでで許してあげるわ」
そう言って、素直に明け渡す沙霧。
どうやら、知識はあるが技術が伴っていないタイプらしい。
「私は後ろから指示してあげるわ」
……一番厄介なタイプだ。
とにかく、再び玉ねぎを切り始める。
「さっきから言っているでしょう。玉ねぎは、厚さ1ミリ以上は許さないわよ」
「いや、1ミリ以下って無理だろ……」
なんだかんだ言いながら、とりあえずカレーは完成した。
時間を見てみると既に11時を回っていた。
作り始めたのは確か、6時くらいだった気がする。
……5時間。
まあ、最初ということで時間がかかるのは仕方ないと考えよう。
だが、時間をかけたおかげで、大作が出来上がった。
沙霧の助言で多くの工程を踏み、かなりの種類の隠し味も入れた。
匂いがとても美味しそうだ。
これなら店を出せるんじゃないかと思えてしまう。
「ふん。まあまあの出来ね。これなら食べてあげてもいいわ」
沙霧の方も満足そうな顔をしている。
皿にご飯をよそい、カレーをかける。
テーブルにつき、一口を食べたその時――。
衝撃。
そうまさにそれは衝撃と表現するのが一番近い。
それほどの強烈な味だった。
「ぐあっ! なんだこれ!」
まずい。
とてもまずい。
味を表現したくても、今まで食べたことがない味なんで、表現することすらできない。
沙霧は口を押えて立ち上がり、トイレへと駆け込んでいった。
あいつ……。経験だけじゃなく、知識もあやふやかよ。
リビングにポツンと1人残される俺。
ジッと目の前のカレーを見る。
「どうすんだよ。これ……」
鍋には3日分のカレーが残っていた……。