表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/32

7話

野菜と肉を切って、鍋に入れて煮込み、最後にルーを入れて終わり。

それでいて、ほとんどの人が好き。

もちろん、俺も好物だ。

さらにコスパがいいという最強の食べ物、カレーライス。



「あら、あなた、料理もできるの?」

キッチンで野菜を切っていると、いきなり後ろから沙霧さぎりが声をかけてきた。


思わず、ビクリと体が震える。

今、まったく気配がなかったぞ。


「もう、挨拶しろとは言わん。が、頼むから気配を殺して近づかないでくれ」

「気配を殺せるのも立派な技量よ。私の価値が高まるわ」

「そこに価値を見出せるのは暗殺者アサシンくらいだ」


こいつはいったい、何を目指してるんだ?


「ふーん。なるほど。カレーね」

沙霧が台の上に乗っているビニール袋を漁り始めた。

「いい機会だから自炊しようと思ってな。自炊は食費を抑えられるし」

「そうかしら? 一概にはそうは言えないんじゃない?」

「ん? どういうことだ?」

「材料費、作る時間や後片付けの時間を考えたら、外食の方が安い場合もあるわ」

「な、なるほどな……」

「確かに作り置きできるカレーとかはいいかもしれないけれど、毎日だと飽きるわよ」

「言われてみれば……」

「意外と一人分の量を作るって難しいのよ。つい作り過ぎてしまうのよね」

「そ、そうなのか」


会計を済ませた際に、1000円以内に納められて、さらに数日もつと喜んだんだが……。

自炊はそうそう甘いものじゃないらしい。


「探せば安いお弁当屋さんもあるわ。驚くほど安値のお店もあるし」

弁当屋か。俺の中には自炊か外食かの二択しかなかった。

「自炊は難しいのよ。それにコストを抑えたいなら、まずはレパートリーを増やすのね」

「なんでだ?」

「安売りしている材料から料理を考えるの。料理を決めてから材料を買うのじゃなくてね」「お前は自炊してるのか?」

「今、検討中よ。経済状況、時間、その他を考慮してね」

「……お前、すげえな」

「ふふん。言ったでしょ。私は年収410万の女よ」


……10万増えてる。

一体、何の価値が上がったんだろうか?


「いやー、驚いたな。お前、てっきり頭弱いのかと思ったよ……」

そう言うのが先か、沙霧は俺の顔面をガシっと掴んだ。

「カスが面白いこと言うわね。いいわ。私の方が優れていると証明してあげる」

力が加えられ、ギリギリと俺の顔面が締め付けられる。

「これだと頭じゃなく、力の証明になってるぞ!」

「いいじゃない。別にどうだって」

「くそっ! ゴリラ女め! 放せ!」

「ふふふ。顔面が潰れたあなたが、今後どう生きていくのか。楽しみだわ」

「やーめーろー!」

その5分後。

ようやく俺は、土下座をするという条件の元、解放された。



「玉ねぎが大きすぎるわ」

カレー作りを再開していると、横から沙霧が指摘してくる。

「俺はこの大きさが好きだからいいんだよ」

「私がダメだってと言っているのよ。もう少し薄く切りなさい」

「なんだよ。お前も食う気か?」

「出来が良かったら、食べてあげるわ」

「お前、本当に自己中だな」


なんで、食べるかどうかわからない、お前に合わせないとならないんだ。

それに、材料は俺が買ったし、俺が作ってるんだぞ。


「ルーは一つしかないの?」

「ん? ああ、そこまで大量に作る気はないからな」

「ルーは他の商品と組み合わせるとコクが出るのよ」

「それだと、金が勿体ないだろ。俺は安く済ませたいんだ」

「2回作ればいいじゃない」

「……あっ」

「あなたって、本当に浅はかよね」

「くっ!」


この指摘により、主導権は沙霧へと移った。


「せめて隠し味は凝りたいわね」

「買ってきた材料はここにあるだけで全部だぞ」

「私が持ってるわ。確か、味噌を入れるとコクが出るのよ」

「味噌を? ホントか?」

「何よ、その不審そうな顔は。入れるのは少量よ」

「そっか。安心した」

「それにしても、あなた、低能な上に不器用ね。危なくて見ていられないわ」


そう言って、俺から包丁を奪い取る沙霧。

玉ねぎを掴み、包丁を構える。

板についた構えだった。

テレビとかで見る料理人と姿が重なるほどだ。

そして、玉ねぎを華麗に――。

切れていなかった。

というか、俺よりも不器用だった。

薄く切ろうとして失敗し、玉ねぎの破片が量産されていく。


「……なあ、沙霧」

「なによ?」

「代ろうか?」

「ふん。今日はここまでで許してあげるわ」


そう言って、素直に明け渡す沙霧。

どうやら、知識はあるが技術が伴っていないタイプらしい。

「私は後ろから指示してあげるわ」


……一番厄介なタイプだ。


とにかく、再び玉ねぎを切り始める。

「さっきから言っているでしょう。玉ねぎは、厚さ1ミリ以上は許さないわよ」

「いや、1ミリ以下って無理だろ……」



なんだかんだ言いながら、とりあえずカレーは完成した。

時間を見てみると既に11時を回っていた。

作り始めたのは確か、6時くらいだった気がする。

……5時間。

まあ、最初ということで時間がかかるのは仕方ないと考えよう。

だが、時間をかけたおかげで、大作が出来上がった。

沙霧の助言で多くの工程を踏み、かなりの種類の隠し味も入れた。

匂いがとても美味しそうだ。

これなら店を出せるんじゃないかと思えてしまう。

「ふん。まあまあの出来ね。これなら食べてあげてもいいわ」

沙霧の方も満足そうな顔をしている。



皿にご飯をよそい、カレーをかける。

テーブルにつき、一口を食べたその時――。

衝撃。

そうまさにそれは衝撃と表現するのが一番近い。

それほどの強烈な味だった。


「ぐあっ! なんだこれ!」

まずい。

とてもまずい。

味を表現したくても、今まで食べたことがない味なんで、表現することすらできない。

沙霧は口を押えて立ち上がり、トイレへと駆け込んでいった。


あいつ……。経験だけじゃなく、知識もあやふやかよ。


リビングにポツンと1人残される俺。

ジッと目の前のカレーを見る。

「どうすんだよ。これ……」

鍋には3日分のカレーが残っていた……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ