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4話

取りあえずは、お互いの自己紹介を済ませた。

おばあさんの名前は矢住やずみ 羽音うねというらしい。

今は娘さんと二人暮らしで、その娘さんの結婚相手を探しているのだという。


「遅くにできた子供だったからね。少し甘やかし過ぎたみたいなのよ」

そう言って、ほほほと笑う矢住さん。

だが、すぐにその表情は曇る。

「家にこもりっきりで困ったものだわ。今は、そういうのを引きこもりって言うらしいわね」

「ニート、とも言うらしいですよ」

「あら、そうなの? わたしとしては、せめて学校くらいは行ってほしいわ」

「……学校? 失礼ですけど、娘さんって何歳なんですか?」


矢住さんは恐らく60代の半ばから後半くらいだろう。

だから、てっきり娘さんは20代後半くらいだと思っていた。


「あら、嫌だわ。結婚相手の年も知らないんじゃ、誠さんも不安よね」

「結婚はしませんよ」

「名前は矢住やずみ 絢音あやね。年は19歳よ」

矢住さんはそう言って、さっきの婚姻届けを見せてくる。

19歳ってことは、俺より1つ上か。

「あらあら……。写真を持って来てなかったわ。あ、そうだ。家に来たらどうかしら?」

「遠慮しときます」

「直接会えば、誠さんだって結婚させてくださいって懇願するはずだわ」

「家にも行きませんし、娘さんにも会いませんよ」

「あの子、性格だっていいんだから。明るくて、優しくて、愛嬌があって、完璧よ」

「……お願いですから、話を聞いてください」

矢住さんはいい人だが、どうも話を聞かないタイプらしい。

それにしても、矢住さんはかなりの親バカのようだ。

大体、明るくて愛嬌がある人間が引きこもりになるだろうか?


「本当は誠さんに婿入りして欲しいんだけど、特別にお嫁にあげるわ」

「結婚を前提に話を進めないでください」

「式は……6月でどうかしら? 確か、ジューンブライドっていうのよね?」

ヤバい。このままでは本当に結婚させられてしまう。


俺はこほんと咳ばらいを1つ打って、矢住さんを正面からジッと見る。

「俺はまだ学生です。仕事について、奥さんを養えるようになるまでは結婚はしません」

「偉いわ! 若いのに、そこまで考えているなんて。益々気に入ったわ」

もしかしたら、藪蛇だったのかもしれない。

だが、これで、このまま勢いで結婚させられることはなくなったはずだ。


「ところで、誠さんのご両親との顔合わせは、来月でも大丈夫かしら?」

「話が通じてないっ!」


なんだろう。

もう、この場から逃げ出した方がいいんだろうか?

けど、また倒れられたと思うと、それはそれで気が引ける。


「矢住さん。さっきも言いましたが仕事に就くまでは結婚はできません」

「ほほほ」

矢住さんが口元に手を当てて笑う。

だが、いつもとは違い目が真剣だ。

その目は獲物を狙う、鷹のような目だった。

そして、口元は笑うというよりは笑み。

まさしく、獲物が罠にかかったときに浮かべるあれだ。


……なんだ? 俺、なにか変なこと言ったか?


「つまりは仕事さえ決まれば、娘と結婚するってことね」

「……え?」

あれ? そんな話だっけ?

「わたしが仕事を斡旋するわ」

「斡旋?」

「ええ」

矢住さんが自信満々の顔で頷く。

コネか何か、あるのだろうか?


「お、俺は学生です。そこまで長い時間は働けないですよ」

「その点は大丈夫」

「それに、学生の間は勉強に力を入れたいし、バイトもするつもりじゃ……」

「ほほほ。その点もまったく問題ないわ」


なんだ? 一体、何を企んでいる?


「い、言っときますけど、ただ働くんじゃなく、ちゃんと養えるほどじゃないと……」

「ほほほ。誠さん。わたしの勝ちよ」

「ど、どういうことですか?」


俺が負け?

……っていうか、いつの間に勝負になってたんだ?


「わたし、葛飾の方に一軒家を持っているの」

「……はあ」


それが一体、何を意味するのだろうか?

……あれ? 待てよ。

さっき、見た婚姻届けに書いてあった住所は足立区だったはずだが。


「家と言っても結構、大きいのよ」

「……もしかして、別荘か何かですか?」

「違うわ。その家を……部屋をって言った方がいいのかしらね」

矢住さんは笑みを浮かべながら、俺をジッと見る。

「その部屋の1つ、1つを貸しているのよ。ああいうのを何て言ったかしら……」

家の部屋を貸している……?

マンション?

……いや、矢住さんは一軒家だと言っていた。

そこで、俺はピンとくる。


「シェアハウス……」


「そうそう! シェアハウス!」

だが、それでも繋がらない。

シェアハウスと俺の仕事とどう関係があるんだろうか?

「誠さんには、その部屋の1つに住んでもらうわ」

「俺が……?」

「それで、そのシェアハウスの管理人をやってもらうのよ」

「……あっ!」


繋がった。


確かに、それなら長い時間働かなくてもいいし、収入もいいはずだ。

「わたしも歳的にそろそろ管理人が辛くなってきたのよ」

矢住さんが口元に手を当てて、ほほほと笑う。

「管理人と娘の結婚相手。両方見つかるなんて、幸運だわ」



希望を抱いていた大学生活。

だが、この些細な不幸により、一転する。

大学生活が始まる前に、色々な意味で終わったと感じていたのだった。

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