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2話

2週間ほど前。

その日は3月だというのに、かなりの猛暑だった。

その暑さは東京でも異常なものだったらしい。

俺は4月から上京するため、家を探しに来ていた。


羽田空港国内線ターミナル駅改札。

そこで俺はいきなり戸惑っていた。

圧倒的な人の数。

どれに乗っていいのかわからないほどの数がある路線。

何もかもが、俺の知っているものとは違っていた。


こんなことなら、もっと札幌にでも行って慣れておくべきだったな。

地元じゃ、移動はほとんど車だったから、地下鉄の乗り方すらわからない。

改札口を見ると、当たり前のように通過していく人たち。

……どうして、みんな、切符も買わずに改札を通過できるんだ?

改札口で何かを押し当てているのはわかる。

しかし、あれは一体なんなんだ?

財布を当てている人もいれば、定期入れみたいなものを当てている人もいる。

試しに一度、財布を押し当ててみたが、見事に入り口をふさがれてしまった。

……あれは恥ずかしかったな。

結局、駅員さんに聞くことで、この難を乗り越えることに成功する。

そして俺は早々に東京の洗礼を受けながらも、何とか目的地の北千住まで辿り着いた。



迷路のような駅構内を抜け出し、外へ出ると息がつまるほどの熱気が俺を出迎える。

以前、友人からは「東京はクーラーがないと生きていけない」と聞いていたが……。

まさか、これほどとは。

3月なら、北海道じゃまだ雪が残ってるくらいだぞ。


鞄から地図を取り出して、眺める。

えーっと。

ポタリと地図に汗がしたたり落ちる。


……全くわからん。


自分が今どこにいるかさえ、見当もつかない。

ヤベェ、詰んだ。

――と思うところだが、俺にはスマホという強い味方がいる。

さっそく、地図アプリをダウンロードして、予約していた不動産の住所を打ち込む。

すると、自分が今立っている場所から、不動産の店舗までの道のりが表示された。


うん。文明って素晴らしいな。


ここから店舗までは15分。予約時間は16時で、今は15時半過ぎ。

よし。なんとか間に合いそうだ。

石畳で出来た陸橋のような通路を通り、長いエスカレーターを降りて商店街のようなところを歩く。


5分も経たないうちにうちに、尋常じゃないほどの汗が流れ出してくる。

コンビニを見つけたので立ち止まり、財布の中を覗く。

帰りの電車賃を抜くと、残金は116円。


くそっ! ペットボトルすら買えねぇ。

だが、小さいサイズの缶コーヒーくらいなら買えるんじゃないのか?

いやいやいや。ちょっと待て。

大体、家に帰れば冷蔵庫にキンキンに冷えた麦茶を、腹を壊すまで飲めるんだぞ。

一時の欲望を満足させるために100円を使うっていうのはどうだ?

……却下だな。効率的じゃない。

財布をズボンの後ろポケットに戻し、再び歩き始める。


それから5分ほど進んだ時だった。

路地裏でうずくまっている小柄で着物を着たおばあさんの姿が目の端に写る。

立ち止まり、路地裏へと向かおうとしたところで何とか思い留まった。


いやいやいや。待て待て待て。

予約の時間まであと10分を切ってるんだぞ。

確かに、既に借りたい家はネットで数か所ピックアップしてきてる。

けど、やっぱり実際に目で見てから決めたい。

帰りの飛行機は5時間後の21時。

そう考えると今日中に全部回れるかは、時間的にはギリギリだ。

そもそも、見ず知らずのおばあさんの為に、自分の4月から住む家を犠牲にはできない。


落ち着け。ここは一旦、深呼吸だ。


周りにはこんなにたくさんの人たちが歩いてるじゃないか。

絶対に誰かが声をかけるはずだ。

ほら、行け、有賀ありが まこと

こうやって悩んでる時間だって勿体ないくらいだぞ。


俺は深く息を吐き、大きく一歩を踏み出す。

そして、勢いを付けて二歩目、三歩目を踏む。

ずんずんと足早に進み、立ち止まる。


「大丈夫ですか?」


気づけば俺は、おばあさんの前に立って声をかけていた。

このおばあさんとの出会いが、俺の人生を大きく変えることも知らずに――。

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