1話
4月。
それは始まりと出会いの季節。
今年から大学に入学する俺にも当てはまることだ。
ずっと憧れていた東京。
そこには、きっと楽しい出会いと大きな夢が待っている。
――と、そのときはそう信じていた。
「私は年収400万の女よ」
それが、リビングの中央で偉そうに腕を組む女性――。
錐巣 沙霧の第一声だった。
「へ、へー。凄いな。大学生なのに、もうそんなに稼いでるのか」
「勘違いしないで。私が直接稼ぐわけじゃないわ。働くのは男よ」
「お前は一体、何を言ってるんだ?」
「あら、理解できていないようね。いいわ。説明してあげる」
沙霧はニヤリと得意げな笑みを浮かべると、ピッと人差し指を上げて俺を指した。
「私と結婚したいのなら、年収400万以上稼ぎなさいってことよ」
「別に俺は、お前に結婚を申し込んでるわけじゃないんだがな……」
年収400万。
確かに、学生の俺からすれば大金だ。
だが、サラリーマンで言えば、30代の平均年収くらいになる。
それに対して、目の前で腕を組み、不敵に笑っている沙霧を見てみる。
身長は俺と同じくらいだから162㎝くらい。
女なら少し高め、と言ったところだろうか。
スタイルはやや瘦せ型。
胸とお尻は普通ほどだが、ウエストが細い印象がある。
白いワンピースを腰で絞っているので、さらに強調されている感じがする。
とにかく、男から見て、十分魅力的な身体ということだ。
……って、なんか、おっさんくさい表現になってしまったが続けよう。
やはり一番目を引くのは、そのルックスだ。
腰まである、黒い髪をポニーテールで括っている。
やや釣り目で、きつそうな性格っぽい印象を受ける。
だが、街ですれ違えば思わず振り向いてしまうほど整っている。
クラスにいる一番可愛い子というよりは、アイドルという方が近いレベル。
つまり美人だということだ。
それで年は俺と同じ18歳。
総合的に見てだが……。
「安すぎないか? 年収400万ってハードル」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。でも、その根拠は?」
「え? そりゃ、まあ、可愛いし……」
「待って。顔の造形に関しては査定範囲に入れないで。顔で見ていいのは肌くらいよ」
「どうしてだ?」
「顔は持って生まれたものだし、見慣れるものよ。美人は三日で飽きると言うでしょ」
「う、うーん。そうかぁ?」
「私は努力で身に付けたもの以外は、価値として認めていないの」
「なるほど。いい考えだな。ぜひ、俺も見習いたいくらいだ」
「ふふ。そうでしょう?」
「で? お前が努力で身に付けたものってなんだ?」
「これよ!」
沙霧は自信満々に、自分の腹を指差す。
「……腹?」
「くびれよ!」
Yシャツの裾をめくり、腹を露出させる。
当然、へそも見えた。
へそも綺麗だな。
「なるほど。確かに細い。で、他は?」
「え? 他? ……な、ないわよ」
「いやいやいや、待てよ。お前、くびれだけで400万の価値を付けたのか?」
「くびれだけって何よ! この体型を維持するのに、どれだけ大変だと思っているの!?」
「苦労してるのはわかる。けど、ライ〇ップとかに行けば、30万で痩せれるだろ」
「ぐっ! あとは性格もあるわ。性格だって、十分価値として認められるはずよ」
「それを入れると、逆に下がらないか?」
「へえ、カスのくせに面白いこと言うわね」
「その台詞が何よりの証拠だよ……」
「ふん! 貧乏な男と話している時間は無駄でしかないわ」
そう吐き捨てると、沙霧は自分の部屋へと戻っていく。
ドアを思い切り閉じた後、ガチャリと鍵を閉める。
リビングは静寂に包まれ、俺はポツンと取り残された。
あれが同居者か。
極力、関わらない方がいいな。
思わず、ため息が出てしまう。
やっぱり、断るべきだったか。
――いや、あのときの俺には選択肢がなかった。
それに、人との縁は何よりの宝物と親父も言っていたしな。
シェアハウスの『管理人』なんて、そうそう経験出来るものじゃない。
きっと人生にとってプラスになるはずだ。
何事も、まずは全力でやってみる。
もしかしたら、俺の『夢』にも繋がるかもしれないしな。
――なぜ、俺がシェアハウスの管理人をやることになったのか。
それは2週間前に遡る。