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冬の塔のリア  作者: 七ツ樹七香
1/2

冬の塔のリア 上

 


「お願い。お願いよ。ここから出たいの。どうかお願い」


 大きな植木鉢の前で、ちいさな少女は泣いていました。

 こぼれた涙は氷の粒になって落ち、チリン、コロン、と音を立てます。


 彼女はうわさどおり、毎日泣いてばかりいるのです。




 この国の人々はみな、ぶるぶるとふるえていました。

 冬が終わらないのです。

 人々は、あたたかいお茶やお酒を飲んでは体をよせあっています。

 小さなこどもはあたたかいミルクやスープをたっぷりのんで、毎日雪遊びに出かけます。

 お母さんやお父さんは食糧庫(しょくりょうこ)をみて、悲しそうにため息をつくしかありませんでした。

 このままでは、もうすぐ食べ物だってつきてしまうでしょう。


 この国の人たちは働き者でしたので、今年の秋の収穫(しゅうかく)の時には二度の冬だって越せるほど、どっさりとジャムや塩づけの肉を作ってそなえていました。

 不思議(ふしぎ)なことに、秋の女王さまからこんなおふれが出たからです。


 『長い冬にそなえよ』


 それでもこんなに終わらない冬がくるなんて、だれも思いはしませんでした。


 みんな不安そうに、冬の女王のいる塔を見上げています。

 冬の女王は一回だって、バルコニーから下をのぞいたりしないのです。


 去年の冬は、きらきらしたダイヤモンドみたいな雪を降らせながら、楽しそうにみながよろこぶ様子をみていたのに。


「今日もさむいね、それにやっぱり女王は出てこない」

 ながく立派なひげをたくわえたじいさんがいいました。

「そうよねえ。あのきれいでやさしい女王さま。お顔をだして欲しいのに」

 ぐるぐるとショールを巻きつけた女の人もいいます。

 寒くてカチカチと歯が鳴りました。


「いくら女王だってこう寒くちゃ、外にでるのもおっくうだろうよ。俺たちだってそうさ。まったく……こんなに雪を降らせるなんて、冬の女王さまはなにか怒っているのかね?」

「さあて、おえらい人のことだもの。おれにはとんとわからない」


「なあ、なにか贈り物を持っていくのはどうだ?」

「あたたかい毛布とかどうかな」

「冬の女王にか? ひでえ皮肉だ。国ごと氷づけにされちまう!」


「いやしかし、なんでも冬の女王は毎日泣いてるってうわさだぜ」

 みんなわいわいがやがやと、めいめいに話をしあいます。

 こうしておしゃべりしていると、少し気持ちもあたたまる気がするからです。


「冗談はよせよ、女王お得意の大好きな冬じゃないか。大よろこびで雪をふらせてるにきまってら」

 最後にすこしいじわるな男がいいました。

 こぶしを塔に向けてつきあげるのを、みなにたしなめられ、チェ、と舌打ちします。

「もううちには、食べ物も残り少ない。子供だって泣いてらあ」

 悲しそうにいう男に、すぐさまみんな助けを約束しました。

 集まった人たちは、女王がちょっとだって顔をだしたら、どうか冬をとめてくださいとお願いするつもりでいました。


 でも、今日も女王は姿を見せませんでした。


「ああ、サーシャさま。どうか春を呼んでください」


 指を組んで、やさしい女が塔に向けて(いの)りました。





++++




「今日は芽が出ましたか?」


 朝。ひょっこりと、召使(めしつか)いのルルが顔を出しました。

 ずいぶんなおばあさんで、リアの食事や身の回りのお世話をしてくれます。

 リアは銀でできた植木鉢の横にすわり込んでいます。

 声をかけられると、いつも通り首を振りました。

 横になんども、首がちぎれるほどふるのです。


「まあまあ、そんなにお(なげ)きなさんな。いつかはでますよってね。サーシャさまも初めはご苦労なすったが、ちゃあんと毎年おつとめだった。あなたさまにもできますよ。リアさま、きっとできます」


 冬の女王は、サーシャではありません。

 名前をリアといいました。

 この冬に、初めて冬の女王として塔にのぼったばかりです。


 ここは高い高い塔の上。

 この塔に、普通の人はのぼることも入ることもできません。


 春・夏・秋・冬。

 四人の女王たちが、それぞれの守る季節の間だけ住む特別な塔でした。


「サーシャならできたのよ。私はサーシャじゃないんだもの。できないわ、代わってちょうだい。冬が終わらなくて、きっとみんな怒っているわ」


 リアの緑の目には、みるみる涙がたまっていきます。

 大きな銀の鉢植えを何度のぞきこんでも、真っ黒でたっぷりとした土があるだけです。

 ずっと前に植えた冬のタネがそこに埋まっているはずでした。

 冬が終わらないのは、女王が冬を育てることができないからなのです。


「いいえ、ルルにはできませんとも。リアさまにしかできないんでさ」


 気の毒そうに、ルルがいいました。

 泣きつかれてしょげ返った少女をやわらかいイスに座らせて、そっと小さな冬の女王の肩をさすります。


「きっとご存じのはずですよ。でも泣いてたんじゃ、やっぱりむずかしいとルルは思いますね。あなたは冬の女王で、サーシャさまの妹さま。やさしいきもちで冬のタネの芽を、呼んでやってくださいよ」


 ルルはそういって部屋のそうじを終わると、腰をさすりながらゆっくりと塔を下りていきました。





 サーシャはリアの十歳はなれたねえさんです。

 前の年までは、サーシャが冬の女王だったのです。


 リアはサーシャが大好きでした。

 サーシャの冬のおつとめのないときは、小さなお城に二人で住んでいました。

 銀できらきらした、リアの自慢のお城です。



 冬の国は静かです。

 なにもないという人もいます。


 けれど、サーシャ女王はリアにたくさんのことを教えました。

 雪や氷を使う楽しい遊びを教えて、高くすんだ声で歌い、純白(じゅんぱく)の世界の美しい場所へつれだしてくれました。


 ですので、リアは冬の空気がどんなにかすみきって美しい声をひびかせること、雪の中にこもるとあたたかいこと。

 美しい景色(けしき)に銀に近い白や、透明(とうめい)に近い白があることも知っていました。

 冬の世界は、きらきらとしているのです。


「おねえさま、冬はなんて美しいの」


 リアがいうと、にっこりと笑ってこたえるのです。


「どうかこんなにも冬が美しいと、あなたが女王になってもみんなに教えてあげてね」


 雪に似た銀色の髪、冬ばらのように赤いくちびると、いつも楽しげな青のひとみ。

 サーシャはとても美しい女王です。

 ほっそりとした手は、いつもリアの頭をやさしくなでてくれました。



 でも、そんな美しい冬の女王は前の冬が終わったころからずっと眠っているのです。

 城のみんなはサーシャは病気だといいました。

 深く深く眠っていて、いつ目覚めるかはわからないのです。



 リアはとても悲しくて、何度も泣きました。

 ねむりつづけるサーシャの巻き毛をなでては呼びかけました。

 ほほを押し当ててみることもありました。


 リアの心はさみしさでいっぱいです。

 なのに、サーシャはずっと眠ったままなのでした。



 城の人たちは困っていました。

 まもなく冬をはじめなくてはなりません。


 秋ガラスが、秋の女王の手紙をくわえてやってくるでしょう。

 リアは「すぐ行きます」と、つかいの冬バトを飛ばさねばなりません。


 冬の女王の季節がやってきます。

 高い塔にのぼり、冬を育てて春にするのです。

 それには、必ず女王がいなくてはいけませんでした。


「おねえさま、起きてください。私は女王なんてできません」


 リアは泣くのに、サーシャは起きてはくれないのです。


 秋が終わりに近づいたある日。

 リアのもとに(かんむり)が届きました。

 神さまからの(おく)り物です。

 新しい女王のためのものでした。


 泣いていやがってもだめでした。

 次の日、秋ガラスが冬の女王をよぶ手紙を持ってきました。

 女王には、リアがなるしかないのです。


 なきむしでさみしがりやのリアは、たった十歳です。

 冬のおひさまのような金色の髪。

 こけもものように赤いほっぺたの下に、引き結んだくちびる。

 緑の目からは、今にも涙がこぼれ落ちそうでした。

 


 リアが塔についた時、もう秋の女王は秋の国に戻ったあとでした。

 おつとめを終えると、すぐに迎えの天馬(てんま)がくるのです。

「ようこそ冬の女王さま。まあ、かわいいお方だ!」

 リアのことはひとりのおばあさんが出迎えてくれました。

「私はルルです。あなたのお世話をいたします。さあ、おへやに参りましょう。銀の植木鉢(うえきばち)には栄養たっぷりのいい土を入れておきました。きっとよい冬になりますよ」


 ルルは、リアが今から冬のタネを育てて春にするのだと教えてくれました。

 これは四人の女王とルルだけの秘密なのだそうです。


 冬のタネは、真珠(しんじゅ)でかざった宝石箱の中にありました。

 そっと箱をあけると、冬の冷たいにおいがしました。

 それは ニワトリの卵ぐらいの大きさで、とうめいです。

 リアがうっとりするほどきれいでした。

「こおりみたいね!」

 リアはいわれたとおりに、銀の植木鉢にそれを埋めました。

 これからこの芽がでるまで、リアはここで暮らすのです。



 ルルは召使いですから、ずっとは部屋にいません。

 日がのぼって落ちるまでがルルの仕事の時間でした。


「季節は夜に育つんですよ。頑張ってくださいね。おやすみなさい」


 夜になればリアはひとりぼっちです。

 知らない場所で知らないことをしなくてはいけません。

 やさしいサーシャも、親切な城の人たちも誰もいません。

 リアは心細くてたまりませんでした。 


「おねえさまは、教えてくださらなかったもの」


 リアは泣きました。

 さみしくてかなしくてたくさん涙をこぼしました。

 この国に、今年初めての雪がふりました。





 リアが悲しむとごうごうと風が吹き付けます。

 涙をこぼすとどっさりと雪がふりつもりました。


 リアは毎朝(まいあさ)起きては、銀の鉢植えをのぞきに行きました。

 ルルにいわれた通り、二日に一回たっぷりとこおり水をあげました。

 一週間に一回は雪で土をおおってあげるのもよろこぶのだそうです。


 リアはがんばりました。

 毎日毎日おはようと声をかけて、おやすみ、とあいさつしました。

 でも、そこにあるのは銀の鉢植えだけです。

 いつになったら芽はでるのでしょう。 


「ルル、芽はでないわ」

「そんなにすぐには出ませんよ。冬のタネは気むずかしいから、三ヶ月ほどはかかります」


 そんなにながくここにいなくてはいけないのかと、リアはがっかりしました。

 涙がこぼれそうになります。

「おやおやリアさま。大丈夫ですよ、ちゃあんと芽は出ますから。ルルは何百回とみてますからね」

 ルルはやさしくなぐさめました。



 そのルルはすばらしい先生でした。

 リアの知らない春や夏や秋のことを教えてくれました。

 たくさんの国の言葉だって知っています。

 それにびっくりするほどたくさんのおもしろい本を持っていて、リアにかしてくれるのでした。

 おいしいご飯を作ってくれて、おそうじもほこり一つなくしあげることができます。

 なんにでもこたえてくれました。


 でも、一つだけ知らないことがありました。


「いつ芽がでるってどうしたらわかるの?」

「それはルルの知らないひみつです。女王さまだけの知ることなんです」

 なんでも知っているルルがそういうので、リアは肩をおとしました。

 なんせはじめに聞いた三ヶ月はもうすぐでしたから。


 リアはもっとがんばりました。 

 窓辺(まどべ)の雪を集めてかぶせてあげました。

 うんと冷たいこおり水を作ってかけてもあげました。 


 でも、銀の鉢植えに芽の出る気配はありませんでした。


 四ヶ月がたったとき、リアは泣きました。

 それまでもお城にかえりたくて泣いたり、サーシャに会いたくて泣いたことはありました。

 でもこれは大泣きです。

 泣いても泣いてもとまりませんでした。


「お願い。お願いよ。ここから出たいの。どうかお願い」


 塔の床は、こぼれ落ちた涙の(つぶ)でいっぱいです。

 ルルがなぐさめても楽しい話をしてもダメでした。


 そうなるとこの国は大雪です。

 ひとびとは、終わるようすのない冬に困りはてていました。




 

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