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三題小説

三題小説第三十六弾『実験』『火傷』『老人』タイトル『老人好きなお姉ちゃんが好き』

作者: 山本航

 長谷川が何か言いたげに私の視界の端をちょろちょろしているのは気付いていたけど、私は昼休みの間に我が姉フォルダを整理してしまいたかったので、無視を決めていた。

 スマートフォンの中で様々な状況、表情、ポーズの姉が年齢別に分けられている。多くは笑顔で祖母と語らっている姉だ。たまに怒っている姉や悲しんでいる姉の画像もあるが、それはそれでとても美しい自慢の姉だ。


「ねえ飯島さん」と、眼鏡男子長谷川が何か音声を発しているが、私の頭の中でその音が意味を結ばない。


 ただ姉というだけでも素晴らしいのに、飯島静穂という女性は出身校のこの高校を首席で卒業し、在籍時は三年連続ミスコン優勝し、いまだに語り継がれる才色兼備の女性だ。

 もちろん妹に常時構わないという残念な点もあるが、それはその魅力を身近で賜れる栄誉からすればお釣りが来るというものだ。


「ねえ飯島さんってば」


 そう言って長谷川が私の机をノックでもするように軽く叩いた。

 どうやら私に呼び掛けているようだと気づいたので舌打ちで応える。失せろ、という意味だ。


「ひどいなあ。せっかくお姉さんに喜ばれるかもしれない提案をしようってのに。まあ、いらないなら良いんだけどね」

「あら、長谷川君じゃない。おはよう。どうかした?」

「現金だね」


 彼もまた一つ伝説を持っている男だ。我が姉と私達は二つ歳が離れているので二年生になる時に姉は卒業してしまった。そしてこの男は姉の卒業式の日に全校生徒の前で告白して見せた。結果は玉砕だったが、その高嶺の花ぶりに告白すらできなかった男達の中で彼は伝説となったのだ。まあ、顔もよくなければ体格も貧相で特別賢いわけでもない彼にとってはその後の一週間が人生のピークで、その後は相変わらずスクールヒエラルキーの底辺を這っているわけだけど。


「いいからお姉ちゃんを喜ばせる提案とやらを話しなさい」

「放火事件について調べたんだ」


 放火事件と言えば今現在巷を騒がせている連続放火事件の事だ。一瞬だが全国紙で取り上げられたこともあったこの市の規模からいえば大事件の類だ。全てが市内で起こり、ボヤも含めれば既に十件以上の事件が起きている。確定ではないがほぼ同一犯の犯行とみられている。

 長谷川は地図を取り出し、私の机の上に広げる。その地図の各所には赤い点が打たれ、各点が幾つもの線でつながっている。またいくつかの個所には日付や時間も書き添えられている。それの指し示す意味は明白だ。


「まさか犯人探しするつもり? でもそんな事警察は分かっているだろうし。そもそもお姉ちゃんに教えれば余計不安にさせるだけよね?」

「いやいやそうじゃないよ。僕としては火の用心の夜回りでもしたらどうかなって」


 少し思考が止まる。気を取り直す。


「あ、そう。え? この地図は何? 何の為に調べたの?」

「いや、単に資料としてね。犯行時刻は午後八時以降だけだから夜回りが一番いいよね」


 長谷川の無根拠な自身に腹が立つ。


「そもそも放火までは用心しようがないっての」

「まあまあやらないよりはいいさ」



 長谷川の仕事は早かった。かつてお姉ちゃんに告白した時のように思い立ったが吉日と、早速町内会で提案し、即刻却下された。町内会とは言っても最近は4,5人しかくらいしか参加しないらしい。常時参加するのはお姉ちゃんくらいで、あとは暇つぶしにお年寄りがやってくるくらいで、実質お茶を飲む集まりだそうだ


「当然よね。そもそもの意味が違うし、本来の意味でも季節が違うし」


 私達は三人並んで夜道を歩く。


「最近は騒音として苦情が来るから冬の前にもやらないって言われたよ」


 長谷川が口を尖らせ不満を言う。世知辛い世の中ね、と思わないでもない。


「でもとても良い案には違いないと思うよ、私は」


 お姉ちゃんが長谷川をフォローした。長谷川にはもったいないお言葉だ。

 町内会では却下されたが、この事を姉に伝えると是非自分達だけでやろう、という事になり、こうして実験的に夜回りする事になった。

 もちろんこの事自体も却下された次の週に一応町内会で伝え、許可を得た。参加していたのは前週と違う人達だったので、却下されたという事は伝えずに押し切ったらしい。まあ散歩のついでだといえばただ見まわる事を禁止する事も出来ないと思うけど。

 長谷川は飼っているチワワの散歩がてら付き合うらしい。別にいなくても良いのに。私はお姉ちゃんと一緒に出歩けるなら何でもいい。


「やっぱり! お姉ちゃんもそう思ってくれると思って私が考えたんだよ」


 長谷川は恨めしそうな表情をしている。私は無言で睨みつける。


「それでこれからどうするんですか? 柏木打つ訳にもいかないですし」


 長谷川のくせにお姉ちゃんに気軽に口をきいた。


「うん。放火事件は老人のいる家庭ばかり狙われているって話だから。町内の家を周ってみましょう?」


 そう言ってお姉ちゃんはスマートフォンを開く。小さな光が夜道に揺らめく。そこには町内の老人達の画像フォルダがあった。町内会での風景だったり、何かしらのイベントであったりでお姉ちゃんが撮りためたものだ。どうやら住所などの基本情報を紐付けしているようだ。


「相変わらずですね。静穂さん」


 長谷川の分際で下の名前で呼びやがった。私は呪いの念を長谷川に送った。

 お姉ちゃんは近所でも評判の老人好きだ。元々お祖母ちゃんっ子だったせいか、老人と接している時が最も心安らぐ時なのだそうだ。高校を卒業して介護士になるために専門学校に入学した程だ。相手が老人であれば下の世話すら苦にならないお姉ちゃんならばきっと天職となる事だろう。

 私はと言えば大好きなお姉ちゃんを一人占めするお祖母ちゃんが大嫌いだったし、町内の老人達を目の敵にもしている。さすがに焼き殺そうとまでは思わないけど。


「相変わらずだよ。それだけにさ。この放火魔は私の不倶戴天の敵なんだよ。もちろん老人狙いでなくても許せない事ではあるんだけど、よりによってって感じだよね」

「でも今の所知りあいはいないのよね?」


 それが良い事だという訳ではないけど、というニュアンスを含ませて私は言った。


「そうね。でも、近づいて来ているんでしょ?」


 お姉ちゃんは眉根を寄せて不快感をあらわにした。長谷川は声を潜めてそれに答える。


「はい。というかむしろこの町内を同心円状に分布しているかんじです」

「それってつまり……」


 長谷川のチワワが歩きながら振るお尻をを見ながら私は少し身震いする。


「近所に犯人がいるって事?」


 お姉ちゃんはそう言ってため息をついた。


「あくまで可能性が高いって話ですけどね。最近ここら辺で警察がキキコミしてるらしいっすよ。単に最後の事件が近所だったからでもあるんでしょうけど。それと実はもう一つ情報があるんです」


 長谷川がしたり顔でにやけている。


「もったいぶんな」


 殴りたい衝動を抑えて私は言った。


「これはニュースでもやっていない僕調べなんですけど。老人の中でも寝たきり老人や要介護の老人の住居が狙われているんです」


 お姉ちゃんが息をのみ、今にも泣きそうな表情に変わった。もう長谷川を殴っても良いだろう。後で殴ろう。


「それ自分で調べたの?」

「駆けずり回ったよ」


 呆れた。



 町内を一周すると私達はお姉ちゃんにアイスを買ってもらった。


「これからは出来るだけ毎日夜回りします」

「はい」と、私と長谷川は元気に答えた。

「ん? 嫌じゃないの?」

「全然」と、私と長谷川は元気に答えた。私の方がもっと元気だ。

「そう。まあでも犯人が捕まるか、事件が起こらなくなるまでだけどね。いつまでも続きはしないでしょう。もしかしたらもう止めたかもしれないし」



 お姉ちゃんの楽観的予想は見事に外れる事となった。それから一週間後の事だ。ついに我が町内まで放火魔の魔の手が伸びてきた。

 その日は日曜日でお姉ちゃんとお祖母ちゃんは他所のお婆さん、川崎さんのお宅にお茶しに行っていた。休みの日はいつも町内会館に入り浸っているか、よその老人宅のどちらかだ。

 特に川崎さんは夫に先立たれてから一人暮らしで寂しいだろうとお婆ちゃんとお姉ちゃんはよく構っているらしい。


 夕方になっても二人が帰ってこないのでお母さんに呼びに行かされた道中、消防車のサイレンがどこからともなくけたたましく響いてきた。不安に駆られたが、お姉ちゃんの居る川崎家の方向ではなかった。音が遠ざからない事から近所である事は確信した。私はそのまま川崎さんの家の方へ向かったが、当の川崎タツさんに道端で出会った。


「川崎さん?」

「あら。しずちゃんの妹ちゃんじゃない。こんな所でどうしたの?」


 川崎さんは背筋はぴんとしているがやはり寄る年波には勝てず、ゆっくりと歩いてきた。随分前から膝が痛いらしい、というのは姉の受け売りだ。皆の健康状態を把握しているようだ。


「お姉ちゃんとお婆ちゃんを迎えに行こうとしたんです。川崎さん家に。お姉ちゃんとお婆ちゃんはもう帰りました?」

「ええ。随分前に帰ったわよ」


 どうやら行き違いになったらしい。買い物にでも行っているのだろう。

 私は、野次馬でもする事にする。


「川崎さんも気を付けてくださいね。動きづらい老人ばかり狙われているらしいですから」

「うちは大丈夫よ。介護士さんがいなくても一人で何とかなってるもの」


 私は会釈を残して歩き去った。



 火事の現場にはお姉ちゃんがいた。消防車から遠巻きに、息が荒くも哀しげに立ちつくしている。


「お姉ちゃん。ここもご老人が住んでるの?」


 何の変哲もない一軒家だ。ガレージが焦げている事を除けば。


「ああ。来たんだね。そう、山内のお爺ちゃん。幸いボヤで済んで消防車が来る頃には消火されてたわ。ガレージに火がついてたのを通りかかった人が見かけて消火活動したらしいよ」


 確かにガレージからはまだ白い煙が出ているが火の付いている様子はない。焼けたゴムの臭いがが鼻にまとわりつく。

 消防隊員達の方へ目をやると、そこに何故か長谷川がいて消防隊員と話していた。


「もしかして長谷川? 消火活動したっていうのは」

「たしかに。長谷川君みたいだね。見なおしちゃったよ」


 長谷川の方もこちらに気付いた。消防隊員に一礼してこちらへ駆け寄ってくる。


「静穂さん。あと飯島さん。どうかしたんですか?」


 どっちも飯島さんだわよ馬鹿野郎。


「ただの野次馬だよ」と、お姉ちゃんは言った。


 実際は山内のお爺ちゃんが心配でやって来たのだろう。私も、おそらく長谷川も分かっている。私自身はただの野次馬だけど。

 私達は家路につこうとしたがお姉ちゃんは山内さんとお話したい、と残った。


「それにしても、全く予想外の時間帯だったわね」と、私は呟いた。


 長谷川が調べた限り犯行は夜のみだったし、だからこそ夜回りをしていたのに。


「今までのは偶然だったのかな」

「偶然というより単に夜の方が人目につかないってだけよ。それより」


 私は長谷川の指に目を止める。少し皮膚が爛れている。さっきの消火活動で火傷したのだろう。


「大丈夫だよ。飯島さんが人の心配をするだなんて珍しいね」

「じゃあもう心配しない。火傷でも何でもすればいいわ」

「ごめんごめん。それよりこれからも夜回りは続けるのかな」

「後で聞いておくわ。それじゃあね」


 私達は道を分かれた。そして長谷川が立ち去ったのを確認して、私は来た道を戻る。



 川崎さんは緑茶とわらび餅を出してもてなしてくれた。


「それでお話って何かしら?」

「実は連続放火の件なんですけど。もうやめてもらえないかと思って」

「話が見えないわね。まるで私が犯人だと言っているように聞こえるわ」


 私は緑茶を飲む。そして無言で川崎タツさんの顔を見る。しわくちゃな顔は人がよさそうに見える。


「何故足の悪い私が犯人だと思うのか教えてくれる? いくら市内とはいえね。簡単ではないわ」


 その振る舞いに緊張は見られない。


「まず、おそらく警察も分かっている事でしょうけれど犯人はこの近所に住んでいるようです。犯行現場がこの辺りに集中していますからね」


 川崎さんが遮ろうとするのを無視して進める。


「もちろんそんなのは可能性が高いというだけの事です。実は先週火の用心の夜回りを提案したんです」

「しずちゃんとあなたと男の子が言っていたお話?」

「いえ、今週提案したただの夜回りではなく、柏木を鳴らす伝統的なあれです。川崎さんは先週の町内会に出席されてなかったのでご存じないでしょうけど」

「そうだったの」

「ええ。だけど却下されました。だからもし先週の町内会に犯人が出席していたなら、これまで通り夜に犯行を行っていたと思うんです」

「つまり今週の町内会に出席した人間はあなた達が夜回りしている事を知っている。だからさっきの火事は夕方に起こったって言いたいのね」

「その通りです」

「でもそれだけじゃ私を疑う根拠にはならないと思うわね」

「そうですね。ですからカマをかけます。要介護の老人が狙われているって事は一般に知られてないんですよ」


 川崎さんが怪訝そうな面持ちで私を見る。


「自分で調べたら分かる事よ」

「そうですね。長谷川もそう言っていました。駆けずり回ったって。一軒一軒。川崎さんもそうされたんですか? その悪い足で? その膝、本当に痛めてます?」


 川崎さんの言葉が無くなった。


「どれも決定的な証拠とは言えないかも。でも参考するに値すると思うんですよね」

「通報するの?」


 川崎タツさんの顔は青ざめていた。視線は机の上を彷徨っている。


「必要なら。でも望んではいません。私はただお姉ちゃんが悲しい思いをしなければ、それで。わらび餅美味しかったです。お邪魔しました」


 それから数日後一件の火災があったが、それを最後に連続放火事件は終息した。

ここまで読んで下さってありがとうございます。

ご意見ご感想お待ちしております。


自分でも分からないけど、成立していない気がする。

謎解きより、次はどうなるんだというサスペンスを狙ったはずなんだけど……。

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