表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編集  作者: 瓢箪独楽
7/8

ある岩礁の上で

夏が終わりを告げる頃、台風の多い季節。

そんな時期に彼らは遭難した。


「いやーツイてないねぇ、僕達」

そう言いながら夜空を眺めるのは、

浦島という名の男。

この浦島という男、三十代半ばといった年頃だろうか。

ひょろひょろと背丈だけが伸びた背格好で、やや頬がこけている。

だが、穏やかで人の良さそうな顔だ。


「ああ、まったくだな」

そう言いながら海面に小石を投げるのは、

越前という名の男。

この越前という男、こちらも三十代半ばといった辺りだろう。

先の浦島とは違って、背は低いががっちり肉体派。

現状を鑑みて多少ムスッとしてはいるが、イカつい顔…といったわけではない。


この二人、学生の頃からの友人という間柄で、

よく二人して共通の趣味である海釣りをしに出かけていた。

今日は新しく手に入れたゴムボートで、ある程度沖まで出て糸を垂らしていたのだが、

不意に襲ってきた高波のおかげでボートは転覆。

命辛々泳ぎ着いたのが、海面から1m程頭を出した、直径5m程の岩礁だった。

海に投げ出されたのが暗くなり始めた頃で、今は頭上にて星々が輝いている。


「まったく… 君が強引に連れてきたからだよ。

 僕がいくら『今日は風が強いよ』って言っても、

 これっぽちも聞き入れようとしなかったんだから」


「仕方ないだろう。折角手に入れたあのボートを使いたかったんだからよぉ。

 なんだかんだ言って、最終的にはお前だってノリノリだったじゃないか」


「それを言われると返し様がないね。

 やっぱり僕だって釣りが大好きなわけだし」


携帯電話なんてもちろん海の底、

結論からして、帰らない自分達を心配して家族が捜索願を出してくれるのを、

ただただ待つ事しか出来ない二人。

無駄に体力を使わぬ様に、二人並んで仰向けに寝転んでいた。


「普段はさ、仕事とか生活とかに追われて見上げることなんて無かったけれど、

 こうやってゆっくりと夜空を眺めていると、なかなかどうして、

 心が綺麗になっていくみたいだね」

浦島の言葉を聞いて越前は、

「そんなもん、腹の足しにもなりゃしねぇよ。

 あーあ、早く救助隊来てくれねぇかなぁ~」

そう言って浦島に背を向けて寝息をたて始めた。


「昔から君はそうだよね。

 同性からの人望はなかなかあるのに…。

 もっとこう風情を楽しむ余裕も必要だと思うよ?」

言いながら浦島は体を起こし、岩礁の端の方に腰掛け、

寄せて返す波を見て過ごしていた。


「おめーだって何も変わってねぇじゃねぇか」


「なんだ、起きてたのかい。僕も変わっていないって?」


「そーだよ。昔っからキザったらしい事言いやがって。

 まぁお前の場合、キザなくせにどこか抜けてやがんだよなぁ。

 だからすーぐにボロが出ちまう」

フフンと鼻で笑う越前。


「失礼な物言いだね。折角の穏やかな気分が台無しだよ」


そこはかとなく不穏な空気が辺りを包み、

暫くの間、二人の間に言葉は無くなった。

その沈黙を最初に破ったのは、ひょろっとした浦島だ。

と言っても、まだ不機嫌なご様子。


「君みたいな唐変木にも、海面で揺れる水月の趣くらいは分かりそうなものだけどね。

 ほら、君も見てみるといいよ。波に揺れるあの満月。

 ほんとに綺麗だ…。

 どこか儚げなのに、何物とも見間違える事なんてない強い美しさ、

 僕は本当に心が澄んでいくよ」


余程気に入ったのか、それまでよりもさらに饒舌になっている。


「ほら、見ないのかい?早く見てみるといいよ、君も穏やかな心になれるから」


「チッ… るっせぇなぁ… わかったよ見りゃいいんだろ」

あまりにもしつこく浦島が言うので、

このままでは寝ることすら出来ないと、のそのそと浦島の横まで行く越前。


「お、やっと来たか。ほらあそこだよ。

 どーだいあの粉う事無き丸い姿。流石の君にも分かるだろう?」

なかなかに嫌味な言い回しをする男である。


「あ?どれだよ…?月なんて何処にもねぇじゃねぇか」

「まったく… 君の目はとんだ節穴だね。

 ほらそこだよ、そこ」

どうしようもないと言った感じで、浦島が指を指す。


「ああ?ん~…

 

 ……ハッ…ハハハッ…あはははっ!」


急に笑い出す越前を、訳が分からないという顔でポカンと眺める浦島。


「粉う事なき丸い姿だとぉ?

 オメー馬鹿か、ありゃクラゲだ」


浦島はキョトンとしている。


「いやはや、はっはっは。こんなにすぐにボロが出るとは流石に思わなかったぜ。

 よく見てみろ。触手つーか、あのにょろーんとした長いのが見えるだろ?」


目を擦りながらよーく見てみると、確かにうっすらと足が見える。

「ハ…ハハッ……!なぁんだクラゲか…。

 アーハッハッ、かっこわるいなぁ僕」

どうしようもない恥ずかしさとオチのくだらなさから、

浦島はお腹を抱えて笑っていた。


「……ハァ…あー笑った。なるほどね、海と月でクラゲとは、

 昔の人はよく言ったもんだなぁ。

 でも君はすごいね、あんな薄っすらとしか見えない足に、

 あんなにすぐ気付くなんて。いやー感心したよ。」


最早二人の間にあった不穏な空気など微塵も無く、

ただ素直に浦島は感心していた。


「何言ってんだ。上見てみろよ」

「え?」


浦島が見上げた先には、綺麗に輝く三日月が浮かんでいた。


それからまた二人は、

顔を見合わせ大いに笑った───


いかがでしたか?

軽さで言えば、三時のおやつといった感じのお話。

これは自分の好きな「海月」という漢字から出来たお話です。

昔から瓢箪独楽を知ってる方なら、

話の途中でピンと来たかもしれませんねw

終わらせ方が若干唐突かもしれませんが、

まぁ許してやってくださいな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ