死亡フラグ?
ちょっとだけ残酷表現(人の生死)があるかもしれません。
「ふわぁ・・・・。」
病院のベッドの上、透は目を覚ました。
上半身を起こし、伸びをしながら窓の外を見ると、曇りの無い清々しい青空だ。
凄く気持ちよさそうに鳥が飛んでいる。
「こんな日は何か良い事が起きそうで、勝手にワクワクしちゃうなぁ。」
実際、今日の体調はすこぶる良好だ。
これまでに何度も峠を迎えてきた自分の身体とは思えないほどに。
ふと視線を落とすと、恋人の真理がベッドに上半身を預けて眠っていた。
「ずっと傍に居てくれたのか・・・。ありがとう。」
そうひとりごちて、眠る真理を見つめる。
「・・・・んん・・・。」
一瞬身体を動かせた真理だが、どうやら起こさずにすんだみたいだ。
(しかしなんだなぁ、こんなに調子が良いのに、病室で一日を過ごすなんてもったいない。)
それに、たまには外の空気を目一杯浴びるべきだ。
そして、眠っている真理を起こさないよう、静かに部屋を後にした。
部屋を出てからおよそ一時間・・・。
よっぽど体調がいいのだろう、透は交差点にて信号が青に変わるのを待っていた。
(さすがにちょっとヤンチャしすぎたかなぁ・・・。
う~ん・・。
いや、でも折角こんなに調子がいいんだ、チャンスはモノにしてこそだしな!)
なんて事を考えていると、ふいにキラッと光るものが視界の左下にあるのに気付いた。
(なんだ・・・?)
この場所からでは良く見えない。
透は赤信号にもかかわらず、道路上にあるその光めざして歩き出していた。
(宝石とかだったらいいなぁ、こっそり貰って帰ってしまおうか・・・。)
などと不届きな考えをしつつ、その右足は歩道からすでに出ていた。
だが透はまだ気付いていない。自分に向かって大きなトラックが走ってきている事を・・・・。
彼の不運は今日が平日であったこと、この通りは休日になればそこそこの人通りがあるもの、
平日のお昼前など、およそ人っ子一人いない状況である。
そんなことも知らず、ついにその光る物体を手に取る。
「なんだ・・・ただの銀の玉じゃないか・・・くだら・・・・って・・・・え?」
逃げる余裕などない距離までトラックは迫ってきていたのだ!
「ちょっ・・・・・やばっ・・・!?」
恐怖から力いっぱい目を瞑る透。
終わった────。
ブロォォォォ・・・・・
(あ・・れ・・・?俺・・・生きてるのか・・・?)
訪れない衝撃。
不思議に思いゆっくりと瞼を開いてみると、
俯いていたせいで、そこには握り締めた両手が映っていた。
・・・・・
「うぉぉぉぉ!!あっっっっぶなかったぁぁぁぁ!!!」
膝はガクガクと震えてはいたが、その喜びに透は思わず叫んでしまっていた。
だがそこは、人っ子一人いないこの道。誰に聞かれることもなく透はまた歩き出したのだった。
暫く歩いていると、どうやら住宅街に入り込んでしまったようだ。
案の定、平日の住宅街なんてこの上なく静かだ。
(さっきはどうなるかと思ったけど、やっぱりこういう穏やかな時間は良いなぁ。)
歩く透は、勝手に笑顔になっていた。
と、前方右側に黒猫が2匹並んでニャーニャーないている。
「右側」と言ったが、実は先ほどまで左側に居たのを透は知っている。
つまるところ黒猫は透の目の前を横切ったというわけだ。
(むぅ・・・まぁたかが迷信。調子良過ぎる俺にとって大した事ないな。)
先ほどの絶体絶命など何処吹く風で、二匹の猫の傍まで行く。
透の左側は塀になっていたが、右側には大きなマンションが建っていた。
黒猫たちは丁度そのマンションのゴミ置き場付近で泣いている。
「よしよし。何をないているんだ?お前らは恋人同士なのかなぁ?」
黒猫達はニャーニャーいって互いを舐めている。
「ははは、仲良いなぁ。言っとくけど俺にだってすげぇ可愛い彼女が居るんだぞ。
今は一緒じゃないけどな、病室に帰ればラブラブなんだぜ。」
などと、目の前の黒猫たちに張り合っている。
すると、一匹の黒猫がスッと立ち上がって歩き出し、左側の塀をひょいと越えていった。
慌ててもう一匹もそれに続く。
「お、どっか行くのか?お前らも仲良く暮らすんだぞー。」
少し上から目線な発言を送り、また「う~ん」と伸びをするのだった。
穏やかな日差しを全身に浴び、目を瞑っての伸びは相当気持ちが良い。
全身に元気がみなぎった感覚を覚え、伸びきった身体のまま上を向いてゆっくり目を開ける・・・・。
「・・・え?」
視界の中に、茶色で真ん中が黒い物体があった。
それが植木鉢の底であるという事、そして自分に向かって起きてきているという事、
それらを透が認識できた時には既に避けられる時間など彼には残って居なかった・・・。
(うわっ・・・直撃するっ・・・・・・!!!!)
開いた目を瞑り身体を硬直させる透───。
ガシャァンッ!!
そして透は死・・・・んでいなかった。
どうやら僅かに軌道がズレていたらしく、
透の足元に粉々に飛び散った破片と土と、少し離れた所に小さな赤い花が転がっていた。
「お?・・・・おお?・・・・・生きてるのか・・・・?
おおぉ・・・・よかったぁぁぁぁぁ・・・・。」
完全に終わったと思った状況。しかし無事だったという喜びを噛締めながら、
腹の底から感嘆をあげる徹だった。
とりあえず、その場から立ち去り歩き出す。
自然と足は病院を目指していた・・・。
「なんだろう、今日は体調は最高なのに、良くない事ばかり起こっている気がする・・・。
このままだといつかえらい事になんじゃねぇか・・・?」
そんな恐怖からなのか、その足はいままでよりも早くなっていた。
(ったく・・・一体なんだってんだ・・・・。)
ツイてない現状、浮かんでくるのは真理の姿ばかりだった。
「真理・・・・。」
早く彼女に会いたい。
急に居なくなって彼女も心配しているだろう。
携帯や財布は全て病室に置いてきている。
「よしっ決めた!!急いで帰ろう!!
そして帰ったら彼女にちゃんと言うぞ!結婚しようって!!!」
そう決心して、透の足は一層早くなるのだった・・・。
それから暫く歩いて、ようやく病院の前。
時間にして3時間ぶりくらいだろうか。
道を挟んで向かい側にある病院をある種感慨深く眺める透。
「嗚呼、やっと着いたんだ。あと少し・・・ちゃんと伝えるんだ。」
もう一度、そう決心して足を踏み出そうとした・・・・とその時、
「おい。」
透の後ろから低くて重厚な声が聞こえた。一瞬背筋がゾクリとする。
振り返るとそこには、まだ昼過ぎだというのに、
フードのついた真っ黒なローブを纏った男が立っていた。
男だと思ったのはその声から判断しただけで、実際その顔はよく見えなかった。
ただただ、異質。畏怖。不快。奇怪。
存在自体に押しつぶされそうな、そんな気がする相手だった。
「お前、病室に戻るのか?」
短く問う男。
「あ、ああ。そうだけ・・・ど?」
透は声が震えている事すら気付かない。
「・・・・・フン。まぁいい・・・好きにしろ・・・。」
男は吐き捨てる様にそう言うと、クルりと背を向け去っていった・・・。
「え?なんだったんだ・・・・超怖かったぞ・・・。
っと、早く真理にあって話すんだった!急ごう!」
気持ちを切り替え、透は病室に向かった・・・。
「だから俺は聞いてやったんだ・・・・・。」
病院から100mほど離れたビルの屋上に、男は居た。
胡坐をかきながら透の病室を眺めている。
病院のベッドの上に透は横になっていた。
ベッドの脇では、真理が朝と同じように眠っている。
透が病室から出て行った時も、戻ってきた時も真理は同じ体勢のまま。
ずっと透の手を握ったままだった。
目周りは真っ赤に晴れ上がり、
彼女が長い間泣いていた事を物語っている。
「そういう事だったのか・・・。」
透が誰にも聞こえない声で呟いた。
黒衣の男は独り言を吐いていた。
「現世では死亡フラグなんて言葉が流行っているみたいだが、
俺から言わせれば、この世での『命』がスタートした事、
それこそが唯一の死亡フラグなんだよ。」
男は目を細めて病室を眺め、
「さて・・・と、お仕事の続きでもしに行こうか・・・。」
そういって霧となって消えた・・・。