Day 104 護衛 ―ゴウside―
「今回一緒に依頼を受けるユウト・カゲノです。 よろしくお願いします」
俺たちバーツ一家はウィリス聖王国に向かうため、道中にある学術都市スタディルへの護衛依頼を受けた。
そしていつも通り30分前に来て出発を待つ俺たちの前にそいつが現れたのは集合時刻の15分ぐらい前だった。
平凡な顔立ちにそこまで強いとは思えない身のこなし。ただ一点を除いてほとんど印象に残らない男だった。
「おう、よろしくな!! 俺はゴウ・バーツ。 んで妻のキリアと娘のレイアだ」
とりあえず挨拶を返し、自己紹介をする。一緒に依頼を受ける以上つまんねえことで仲たがいする必要はない。なにせ5日ほど寝食を共にするんだからな。
その後当たり障りのない話をしているうちに他の冒険者も来て出発することになった。
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「ねえ、あなた。 彼、ユウト君だったかしら? あの子の目……」
「ああ、とてもじゃねぇがレイアと同い年の奴がしていい目じゃなかったな……」
護衛する馬車に合わせて歩いているとキリアが話しかけてきた。確かに俺も気になっていたことだ。一見ごく平凡な奴に見えたユウトの目……あの異常なまでに冷めきった目にどこか薄気味悪い感じがした。あいつのどこか諦めたような、全てを悟っているかのような目は一体……?
別に他人を見下しているんじゃない。だが、何事にも興味を抱いていないかのような印象をあいつからは感じた。
「まあ敵対する気も依頼を投げだす気も向こうには無いみてぇだし様子見で良いだろ。 どうせスタディルまでの付き合いなんだからよ」
冒険者は小さな村から飛び出してきた英雄志願者も結構いるがそれ以上に訳ありの奴が多い。だから基本的に立ち入った話を聞くのはマナー違反とされている。
だからあいつがどうしてそんな目をするようになったか聞く気は無いし、深く関わり合う気も無い。
俺の考えと同じなのだろう。キリアも、それもそうねと返事をし、それ以降ユウトの話をしなくなった。
この日は運が良いことに魔物の襲撃が少なく、予定以上に進むことができた。この調子でいけば明後日、少し遅れても1日早く着くだろう。
夜番は2人1組で交代して行うことになった。
今回依頼を受けた冒険者はB階層が俺とキリアを入れて3人、C階層が2人、D階層が3人だったのでB階層とD階層でペアを組み、C階層はC階層同士で組むことになった。
(んで、俺がコイツと組むことになるのか……)
俺はチラリとペアになったユウトの方を見る。
ユウトは自分たちの番になった時から何やら道具を取り出して作業をしている。
「なあ、さっきからなにやってんだ?」
俺は思わず聞いてしまった。
「ああ、ちょっと薬を調合をしているんですよ。 調合のスキル持ちなんで」
その言葉に疑問を抱く。普通【調合】スキルを持つやつは薬師になるのが一般的だ。そもそも生産系スキルは先天的に取得しているやつ以外はほとんど持っていない。後から取得するだけのSPを得るには魔物を倒してレベル上げしないとまず無理だろう。他の方法じゃ苦労の割に合わん。そしてそこまでするならアーツ系の1つでも取得して冒険者になるのが普通だ。逆に最初から持ってるやつは大体親が薬師だ。家業を継いでそのまま一生飯を食えるんだから危険が付き纏う冒険者になったりしない。
なんで冒険者なんてやってるんだ?
思わず口から出そうになったその言葉を何とか飲み込む。
他人の事情に首を突っ込まない。長生きのコツだ。下手に突っ込んで藪蛇はご免だ。
そんな事を思っていると不意にユウトが立ちあがり、腰に付けたポーチから取り出した小瓶に入った粉をばら撒いた。
「風よ……」
ユウトのその言葉で穏やかな風が吹き始める。風魔法でも使ったのか。
そして俺の方に振り向くなり、
「ポイズンジャッカルが8体、正面から近付いてきています。 片づけて来るので少しの間1人で見張りをお願いします」
なんてことを言いやがった。
「おいおい、馬鹿言ってんじゃねぇ。 毒喰らったらどうするつもりだ?」
その言葉に驚きつつもユウトの行動を止める。ポイズンジャッカルはレベル25前後の魔物だから確かに1人でも倒せるかもしれん。だがあいつらの牙や爪には毒がある。過信は危険だ。
「キュアポーションを持っているから大丈夫です。 それにどうせ敵は満足に反撃できなくなってますしね」
「……さっき撒いてた粉のせいか?」
「痺れ薬です。 吸入した相手は10分程満足に動けなくなります。 では行ってきます」
そう言うとユウトは闇に消えていった。
痺れ薬か…… 俺でも気づかないうちに魔物を発見できたんだからまず【索敵】持ちだろうな。んで発見したら薬使って有利な状態にしてから狩る。なんとも厄介な戦い方だ。
(味方だと頼もしいが敵には回したくねぇタイプだな……)
あいつは勝てる状態にしてから戦う、そんなタイプだ。少なくとも不利な状態で戦うようなことはしないだろう。道中自分の力を過信している様子もなかったし敵にしたら厄介だ。
それから5分もしないうちにユウトは帰ってきた。傷一つ負ってねえし返り血も浴びていない。
「死体も処理しました。 交代まで後30分。 頑張りましょう」
そう言うとユウトは調合作業を再開した。
(はあ、こいつは一体何なんだ……)
それからの30分、俺たちはずっと無言で見張りを続けた……