閑話 Day 135 商談とチョコレート ――神田side――
「久しぶり、影野くん」
学園都市スタディルの町はずれにある喫茶店。
待ち合わせの15:00にはまだ15分近くあるのに彼はもうそこにいた。
「ああ、神田。 そちらの人たちが今のパーティーメンバーか?」
そう言って彼は私の後ろにいる3人に目を向ける。
「うん、紹介するね。エルフ族のフェリ、獣人族のリタ、ドワーフ族のルディだよ。 それでこの人がユウト・カゲノ君。 私と同じ所の出身で薬とか役立つ物を作ってるの」
「初めまして、フェリ・カーランです。 一応このパーティーのリーダーを務めています。 アユムから話はいろいろ聞いてます」
「御丁寧にどうも。 ユウト・カゲノです。 商談の前にとりあえず何か頼みましょう」
そう言ってユウト君は視線を横にずらす。
視線を追うとウェイトレスさんが待ち構えているのが見えた。
私たちは慌てて席に座り、それぞれ注文を頼む。
私とフェリは紅茶を、リタはミルク、ルディは果実水を頼み、影野くんはコーヒーのお代わりを貰った。
「さて、さっそく商談と行きましょ「ちょっと待ってください」………なんですか?」
「アユムに話すような口調で構いません。 私はこの口調が基本ですがユウトさんは違うでしょう? お互い一番使いなれた口調で話しましょうよ」
影野くんの言葉に被せるように発言したフェリに一瞬戸惑ったようだけどすぐに切り替えて、
「……分かった。 じゃあさっそく商談を始める。 前もって神田に注文されていたものはこの中に入っている。 確認してくれ」
と丁寧な口調じゃ無くなった。
なんとなく逆らいずらい雰囲気がフェリにはあるから、言うことを聞いたのはそのせいかな?
差し出されたマジックポーチの中身を【鑑定】持ちのリタが1つずつ確かめる。
時々驚いたような声が聞こえるのは品質が良いんだと思う。
影野くんはスキルを使った一発作成をしないから店売りの物より効果は高いはずだし。
「おまけも少し入れておいた。 代金は金貨3枚でいい」
「ヒールポーション50個、マナポーション30個、キュアポーション30個確かに入ってたよ~~ 後、ステータスを一時的に上げる薬と毒薬がおまけなのかな? 本当に金貨3枚でいいの? 店でこのレベルの薬を買いそろえたらそれ以上の値段になるんだけど……」
「利益は十分ある。 それにまた買ってもらうことになるかもしれないしサービスぐらいするさ」
リタの発言に気にするなと言わんばかりに返す影野くん。
「そうですか、ではお言葉に甘えて…… はい、代金です」
金貨3枚を薬が入っていたマジックポーチと一緒にフェリが渡す。
これで商談は終了。この後は――――
「それじゃあ私たちは宿に行くけど、アユムはユウトに渡したい物もあるだろうしゆっくりしてって~~?」
「え、ちょっとリタ!?」
「まあまあ」
「……頑張って」
リタの言葉に戸惑っていると、フェリとルディがリタの発言に乗って飲み代を置いて早々に立ち去ってしまう。
いや、まあ渡したい物があったからちょうどいいんだけど……
「え~と……」
「……まあちょうど話しておきたいことがあったから、時間を取ろうと思っていたけど」
「あ、そうなんだ」
影野くんの発言に少し驚く。一緒にいた時は距離を保ち続けていたのにそんな事を言うなんて。
「とりあえず場所を変えよう。 それなりに重要な話だからな」
そう言って歩き出す影野くん。
私はあわててその背中を追った……
**********
影野くんに連れられてやって来たのは公園だった。
人が少なく、中央に噴水があって落ち着いた雰囲気がある。
空いていたベンチに並んで座る。さて、なんて切りだそう?
「さて、とりあえずこっちの用件を済ませていいか?」
「あ、うん。 いいよ」
「まずはこれを渡しておく。 今日の午前中に完成させたもので転移符って言う使い捨ての魔導具だ。 ………簡単に言うと《ワープ》と同じ効果がある」
その言葉に驚く。
《ワープ》の有用性は消費MPや使用可能回数を差し引いてもとんでもないものがある。
それを誰でも利用できるアイテムなんて危険すぎる……
「材料費は安いが1つ作るのに6割近いMPが持ってかれるのとその日の《ワープ》の使用可能数が減るから大量生産はできない。 頑張っても《ワープ》使用可能回数分しか作れないんだ。 俺の場合【便利魔法】のレベルが38だから1日に3枚までだな」
「でもそんなのが出回ったら……」
「まあ、大変なことになるな。 ただ、マイナースキルである【便利魔法】を含む3種のスキルが作るのに必要だからまず他に作れるやつはいないだろう。 今はまだ俺も国に属していない地球出身のやつにしか渡そうとは思っていない。 つまり神田か佐藤にしか渡す気はない」
今ではもう明山くん達のグループはウィリス聖王国に、黒川くんたちのグループはガルシア帝国に属しているもんね。
けどその言い方だと……
「私も【便利魔法】は取得しているけど、消費MPが多いせいでいつでも使えるとは限らないからあったら嬉しいけど……」
そんなアイテムがあることが露見してしまうリスクを考えると作らない方が良い気がする。
「言いたいことは分かるけど一応持っといてくれ。 万が一の時に役立つだろうしな。 転売しないという条件付きで追加で売ってもいい。 とりあえずこの話はこれで終わりだ。 あとこれも渡しとく。 もう片方は佐藤が持ってる」
そう言って念話石を渡してくる。確かに佐藤君とも連絡手段があった方が便利だ。
「それで、お仲間が言ってた渡したい物ってなんだ?」
影野くんの用事が終わったところで私の用事を促してくる。その反応は当然だろうけど、ちょっと言いにくい。
「えっと、これなんだけど良かったら受け取って……」
そう言って《アイテムボックス》に仕舞っておいた包みを取り出して渡す。中身はチョコレートだ。
それを見てそれがなんなのか一瞬悩む素振りを見せたけど、すぐに理由に思い当ったみたいで、
「ああ、そう言えば今日バレンタインデーか…… 最近いろいろとあったせいですっかり忘れてた。 ありがとう、義理でも嬉しいよ」
と言って笑いながら受け取る影野くん。
今更だけどチョコやバレンタインの行事がこの世界にあることが不思議だ。
私も笑みを返す。けどその裏では、
(まただ。またそうやって距離を取ろうとする……)
と思っていた。
シーリスで一緒に行動していた時も影野くんは親密な関係になるのを避けていた。
こちらから近付こうとしても上手く距離を保つ。
そのおかげで襲われる心配は皆無だったけど、どこか寂しくも感じた。
今も暗に本命だと思っていないと言ってきている。
どうして彼がそうするのか私は知らない。
その事に一抹の寂しさを感じつつ、一切表情に出さないで私たちは互いの近況を報告しあった……
*10月3日に影野たちはこの世界に飛ばされました。




