Day 127 ボス戦
今回長めです。
なんだか詰め込みすぎた感が……
「《ボックスオープン》」
結界のおかげでゴーレムに襲われること無く迎えた次の日、俺は《アイテムボックス》から食材を取り出して朝食を作っていた。
《アイテムボックス》はマジックポーチと違いすぐさま中の物を取り出すことができないという欠点があるが、仕舞ったものは時間凍結され劣化が起こらない、入れられる量に制限が無いというすさまじい長所がある。
だから必要な分のポーションや予備、特殊な投擲武器はすぐに取り出せるマジックポーチに、それ以外は《アイテムボックス》の中に入れておくことにしている。
なにせ《アイテムボックス》に入れておけば食料は腐らない、薬類も効果が落ちないからな。
ただこの魔法、その利便性に反してマイナー過ぎる【便利魔法】スキルでのみ習得できる魔法のため、その存在自体を知らない人が多い。
それは殆どの人が【便利魔法】の一部が使用できない下位互換スキルである【生活魔法】を取得するせいだ。まあ、【生活魔法】取得に必要なSPが300しか掛からないっていうのが大きいんだろうな。
(そのおかげで相応に保存食が発達してるんだろうけど……)
そんな事を考えつつ朝食の準備を終え、俺はまだ寝ている2人を起こしにかかった……
「さて、それじゃあ先に進みましょうか」
朝食の後片付けが終わったのを見計らい、アリスが言ってきた。
依頼人の言葉に逆らう理由も無く、俺たちは入って来た方とは違う扉を開いて先に進む。
するとそこには……
「うわ、ボス戦かよ…… っていうよりボス戦前に休憩所があるってゲームか?」
扉をくぐった先に待ち構えていたミスリルゴーレムとは違うゴーレムを見て思わずそんな事を言ってしまう。
ミスリルゴーレムを一回り大きく、そしてよりゴツくしたようなそいつは全身が鈍い金色で、部屋もああ、ボス部屋か、と言いたくなる広さがあった。
おまけに……
「ちょっと、開かない!?」
俺たち全員部屋に入った瞬間扉が閉じ、ティナが頑張って開けようとしているがびくともしていない。まさしくボス戦だ。
(遺跡の奥に入るための仕掛けといい、このボス部屋といい、やっぱり俺の思ってる通りなのか?)
「って、考え事してる場合じゃないか……」
ズシン、ズシンとゴーレムが発生させる足音を聞き、考えるのを中断する。
接近してくるゴーレムにティナは扉を開けるのを諦めて戦闘態勢に移り、アリスは安全そうな所に退避している。
今までのゴーレムより強いだろうが、ゴーレムである以上弱点は同じだ。ピックは後6本ある。ならばこれまでと同様に……
「ティナ、合わせろ!!」
ティナに声をかけてからワンテンポ置き、例のピックを全力で投擲する。
「《ファイアボール》!!」
一瞬遅れてティナも火球を放ち、ピックが核に当たるのとほぼ同時にピックに命中、爆発が起こる。
「っ!? おいおいまじか……」
確かにピックは核に命中し、火薬によるブーストを得た。にも関わらず……
「ピックが刺さって無い……」
ピックは核に刺さること無く弾かれ、ゴーレムは健在だった。
その様子に冷や汗をかく俺と驚愕するティナ。
弾かれた理由はなんとなくだが分かる。ミスリルゴーレムの物より核の質が良く、硬度も上なんだろう。
(若干欠けたみたいだけどほぼノーダメか…… 残りのピックは5本…… ピック以外の手札もあるが今の時点では有効打にならない…… どうする?)
次手を考えつつショートソードと短剣を抜く。まず間違いなく効かないだろうが、防御の役には立つだろう。
「はあっ!!」
悠々と近づいてくるゴーレムの懐に飛び込み全力の突きを核に向けて放つ。
しかし、ガキンッ、という音と共にあっさりと剣は弾かれる。予想通りとはいえ悲しいな。
「《フレイムショット》!!」
弾かれた勢いを利用して後退する俺に追撃をしようとしたゴーレムをティナの魔法が押しとどめる。使った魔法は《ファイアボール》の強化版といったところか。
しかしその魔法もあくまで足を止めさせただけであり、ダメージは無さそうだった。
「勝てる気しないな…… あの馬鹿早く来いよな……」
その光景を見て思わず愚痴る。
武器を使った攻撃は効かない。体術で戦っても硬すぎてこっちがダメージを喰らうだろうしあんなでかいの投げられない。【風魔法】は低視認性と汎用性の高さが売りで威力はあまりない。格上相手の切り札、毒薬系は非生物に効くはずがないの。
……打つ手が無い。
この状況を好転させるには佐藤の力が必要だろう。しかし佐藤が来る気配は無い。
「できることは佐藤が来るまで粘ることくらいか…… 泣きたくなるな」
「けど他に手はないでしょ? 私たちの攻撃じゃあ有効打を与えられそうにないしっ!!」
言葉を交わしているとゴーレムの拳を振り下ろしてきたため、俺とティナはそれぞれ横に跳び攻撃を避ける。
一瞬前までいた場所は攻撃で床が砕け、無残な状態になっている。1撃でも喰らえばやられかねないな……
「痛っ!? くうっ……」
「ティナ!? くそっ」
本命はお互い避けられたが、床の破片がティナの足に突き刺さり、苦悶の表情を浮かべ、着地に失敗する。
それでも転がることで距離をとったのは流石といったところか。とはいえ治療が終わるまで俺がゴーレムを足止めしないといけないだろう。
(不味すぎる状況だな。 回復するまで粘ったところでティナもあいつをどうにかできる手札が無いだろうし…… まったく、相性が悪すぎる!!)
俺もティナも手札の多さで勝負する器用貧乏スタイルであり、あの防御力を貫通するだけの火力を持たない。
(無意味と分かっていてもやるしかない。 やれやれだな……)
それでも死者を出すよりかはましだ。
俺はティナやアリスに注意が向かないように何度か核に突きを入れつつ、ヒットアンドアウェイを繰り返す。
こんな事をしていたらすぐに息があがるだろうがティナの治療が終了するまででいいのだから持つだろう。
10秒、20秒と時間を稼いだところで淡い光と共にヒール、という声が届く。【治癒術】が発動したのだろう。時間稼ぎは終了だ。
そこで一瞬でも気を抜いてしまったのがいけなかった。
次の瞬間、それまでを上回る速さで振るわれた腕を俺は避けきれず、壁に叩きつけられてしまう。
「ぐっ!? がはっ、ごほっ……」
とっさに剣を盾代わりにしたがほぼ無意味で、かえって折られてしまいメインウェポンを失う結果になった。
ダメージも大きく、すぐに動けそうにない。腕からポロリとミサンガが落ちる。
名前:守りのミサンガ
種別:アクセサリー(魔導具)
効果:強力な攻撃を受けた際、1度だけダメージを半減する。(効果発動後、このアイテムは消失する)
スキルのレベル上げのために作り、気休めにはなるだろうと着けておいた物だ。これが無かったら即死していたかもしれない。
(装備に救われたか…… だけど、不味いな……)
悠然と近づいてくるゴーレムを見据えながら、震える手をマジックポーチに伸ばす。
ダメージのせいで思うように体が動かないことに内心舌打ちする。
ティナが火球をぶつけて注意を引こうとしてくれているが、散々核に攻撃したからだろう、依然ターゲットは俺のままだ。
そして、苦労してポーションの蓋を開けたところでゴーレムは俺の前まで辿り着き、大きく腕を振りかぶる。
(こんなところで死ぬのか、俺は……)
体は未だ自由に動かず、避けようが無い。ゴーレムの動きがやけにゆっくり感じられる。
ゴーレムが腕を振り下ろすまさにその瞬間、
「《空衝斬》!!」
叫び声と共に放たれた不可視の衝撃波によってゴーレムが吹き飛ばされた。
「流石はチート…… 見せ場を心得てる」
ぼやきつつポーションをあおる。ダメージはまだあるが、動きに支障はなくなるまで回復した。
そして俺の窮地を見事に救った佐藤の方に目を向ける。俺たちが入ってきた扉とは別の場所から入ってきたみたいだ。
佐藤は大剣を振り下ろした残心の状態で止まっており、顔を上げると……
「俺、参上!!」
ドヤ顔を決めた。
正直、かなりイラッときた。ティナが《ファイアボール》撃たなきゃスローイングダガーを投げていたと思う。
「遅い!! あんたが落とし穴嵌まったせいで凄い苦労したんだから!! 馬車馬のように働きなさいよ!!!」
おお、ティナがかなりご立腹だ。気持はすごく良く分かる。
「けどまあ、これで勝算が出てきた」
ポーションをもう1本飲んで回復しながら佐藤の近くまで行く。
(いるだけで一気に空気を変える存在、主人公、チート……羨ましいね、まったく)
内心、そんな事を思いながら……
そうこうしている内にゴーレムが立ちあがる。ダメージは少なそうだ。
「佐藤、防御無視とか貫通系のアーツ使えないか? もしくは一点集中系の威力高いの」
「防御無視と一点集中のなら使えるぜ。 どうするんだ?」
それを聞き、安堵する。それならば……
「俺がゴーレムの動きを止めるからあいつの核に一点集中攻撃を叩きこんでくれ。 それで終わりだ」
長期戦は体力無尽蔵のゴーレムに有利だ。俺とティナは佐藤が来るまでに消耗しているし短期決戦をしかける。
「りょ~かい!!」
俺の考えを理解していないだろうが、そう答えアーツを使用する準備に入る佐藤。
「勝ち目も出てきたことだし、切り札を切るとするか」
マジックポーチからお目当ての薬を取り出し、一気に飲み干す。
それは通常の薬よりも製作難易度が高い、一時的にステータスを底上げする強化薬の1つ。
今回俺が取りだした物にを鑑定で見ると、こんなことが書かれているだろう。
名前:クイックポーション
ランク:7
効果:10分間AGIを17%上昇させる。
注:他の強化薬との併用不可
効果終了後30分間強化薬無効
「ティナ、援護頼む!!」
薬の効果が発揮されるのを感じながら俺はゴーレムに突っ込む。クイックボトルのおかげで敏捷性が増し、動きが若干速くなっている今なら……
魔法による援護を受けながら一気に肉薄し、振るわれるゴーレムの腕を掻い潜って背後に移動。そして、
「《ファイア》」
マジックポーチから取り出した円筒状の物体。その先端から生えている麻紐に《ファイア》で火を点け投擲、全力で距離をとる。
ゴーレムがこちらに向き直る間もなく円筒状の物体――ダイナマイトもどきは爆発。ゴーレムは爆風によろけて動きが一瞬止まる。
「うおおおぉぉ!!《クロスブレイカ―》!!!」
その隙を見逃さず、佐藤が大技アーツを叩きこむ。縦、横と十字を切る様に大剣を振り、その交差点に全力の突きを放つとその残線が1点に集中するように飛んでいくアーツだった。
「オオォォォ…ォォ………」
その直撃を受けた核は流石に耐えきれず砕け散り、ゴーレムの動きが止まる。
さっきまで苦戦、というより勝ち目が無かった相手があっさり倒される。
それを成し遂げた佐藤を見て、やっぱり俺は脇役だなと改めて認識した……
**********
あれから傷の治療等を行い、俺たちは今ゴーレムを倒すとともに出現した通路を歩いている。
1本道なので迷いようも、選択の余地もない。
話は変わるがあのゴーレム、オリハルコンでできていたようだ。《ドロップ》で手に入ったものがオリハルコン鉱石とマナクリスタル(砕かれたはずの核。《ドロップ》を使うとなぜか完全な状態で出現する)だった。
前まではどれか1つしか手に入らなかったが、【便利魔法】のレベルが上がったことで《ドロップ》で手に入るアイテムの数が増えたのだ。具体的には【便利魔法】のレベル÷10+1個(小数点以下切り捨て)手に入る。
「おっ、広い所に出たな。 ってなんだこの壁画? それにこの文字日本語じゃねえか!?」
先頭を行く佐藤が広間に辿り着いたところでそんな事を言った。
にしても日本語か…… 俺の予想は大当たりってことか。
この世界の一般的な文字は日本語では無い。俺たち異世界から来た者が問題無く読み書きできるのはあくまで神と名乗る物体ができるようにしただけだ。
(俺たちの前にも召喚された人がいた。 この遺跡の事や世界の文明を事を考えれば予測がついたけどな……)
この世界にクリスマスが存在したことで疑問に思ったし、ギルドなんかもべたすぎる内容だ。
それに加え風呂や日本の物に類似したトイレの存在、1週間が7日で曜日も同じと気になる点が多々あった。言語や文化が違うのに流石に似すぎだろうと。
そして今回のこの遺跡。
異世界人しか奥に入れない仕掛けやボス戦としか言えないあの部屋。それで確信した。
俺たちよりも前に来た異世界人がいるのだと。
「ええっと、なになに……
『突如魔王と呼ばれる存在が現れ、世界は破滅に向かった。
人々は持てる力全てを使って抗ったが勝てず、絶望する。
それを見た神は世界を救うため、異世界より1組の若い男女を呼び寄せる。
異世界より呼び出された2人は優れた能力と才能を持ち、また、我らよりも早く成長し、力を身に付けた。
そして長きにわたる戦いの末ついに魔王を討ち果たし、世界に平和が訪れた。
異世界人である2人はその後、多くの知識を我々にもたらし、元の世界へと帰って行った。
此処にたどり着けたという事は彼らと同じ異世界人であるという事。
それは魔王再臨を意味するだろう。
異世界より来り、試練を突破した新たな救世主に彼らとその仲間が用いた装備、集めた素材を託す。
平和の礎のために用いることを切に願う。』
だってよ」
壁画に書かれた日本語を音読した佐藤がこちらに向き直る。
佐藤、不用意に読まないでくれ。アリスに異世界人だとばれる。というかばれた……
そのことに溜息をつき、壁画の言葉について考える。
(優れた能力は初期ステータスの高さだろうな。 【鑑定】でいろんな冒険者見たけど成長度合いが俺と同じなら、Lv.1の時点で平均ステータスが10前後のはずだし。 才能はスキルの事かな? 最初っから3つ持ってるだけで有利な面あるもんな。 で、成長云々はレベルアップに必要な経験値が低いんだろうな。 でないともっと平均レベルが高くないとおかしいし……)
初期ステータスとレベルアップのし易さが俺たちが呼ばれる理由だろうな。
俺や神田みたいな一般人でも部分的にはこの世界の人よりずっと高いステータスを持つ。
そしてチート連中はマジチート並みのステータスを持っていた。
そんなのがどんどんレベルアップをしていくんだ。そりゃあ強いさ。
「ところで装備や素材ってどこにあるんだ?」
そこまで考えて壁画の最後の方の部分に注目する。魔王を倒した装備なら超一級品のはず。はっきりいって依頼の報酬に釣り合わないぐらいの。
辺りを見渡すがそれらしきものはどこにもない。
「そんな事よりあなたたち異世界人なんですか!!? ということは魔王が!? ええ、あ~、ええっ!!?」
「ア、アリス落ち着いて」
パニクってるな依頼人。当たり前だが……
どうせ言い逃れできないだろうし話して口止めした方がましか……
「ああ、俺と佐藤は異世界人だ。 呼び出した神とやらの話では今からだと後8ヶ月くらいで魔王が出現するらしい。 まあ、こんな話誰も信じないだろうけど一応内緒にしといてくれ」
「……そうですね、分かりました。 考古学者でもない限り魔王の存在を知りませんし、異世界人の存在を認識している人数はその中でも少数ですしね。 言ったところで良くて無視、最悪世間を騒がせたとかで犯罪者扱いになりそうですし」
そう言って微笑むアリス。
彼女の話だと他の遺跡で魔王や異世界人である勇者の存在を示唆する資料が見つかっているが、魔王はともかく異世界人に関しては学者連中も懐疑的なのだとか。
その後しばらくアリスの指示に従って調査を続けていると突然佐藤が、
「なあ、この魔法陣でお宝の元に行けるんじゃないか?」
なんて事を言ってくる。
確かにそこには魔法陣があった。壁画以外にはこれしかないから恐らくそうなのだろう。
俺とアリスのスキルでできる限り確認し、一応安全だと確認したところで陣の中に全員入る。
起動させるために魔力を送ると魔法陣が輝き、やがて光が薄れていく。
光が完全に消え去った時、俺たちはその場から消えていた……
**********
「本当にいいのか影野? めちゃくちゃよさそうな装備だぞ?」
「ああ、俺には分不相応な装備だし素材の方がありがたい」
魔法陣を起動させてから1時間後、俺たちは遺跡の外にいた。
魔法陣の先は予想通り宝物庫に繋がっていて、そこにあった4人分の装備一式と各種上級素材を根こそぎ手に入れ、宝物庫にあった脱出用転移陣(対になっている陣に一瞬で移動できる魔法陣で、壁画の間にあった魔法陣も転移陣だ)を起動して出てきたのだ。
脱出用転移陣と繋がっていたのは誰でも入れる入口の部屋にある通路の先の小部屋だった。
ちなみに一方通行制で、再度宝物庫に行く事は出来なかった。
宝物庫の中身に関しては装備の類を全部佐藤達に渡す代わりに素材を多く貰うことにした。そもそも余り物で俺が使えそうな装備が無かったせいもある。
「本当なら今日で調査を切り上げてもいいんですが一応明日まで調査する予定だったので出発は明後日にします」
領主様が依頼主だから早めに切り上げられないんです、とアリスは苦笑いを浮かべている。
まあ元々の依頼がそうだったのだから当たり前だ。いくら大発見があって壁画を見れたとしても依頼内容を変更する理由にはならない。
(なんとなくグダる感じは否めないけどな……)
皆が寝る中最初の夜番になった俺はそんな事を思いつつ、疲れをポーションで誤魔化して静かに調合を始めた……




