Day 122 再会
「ふぅ……」
本に書かれている薬のレシピをノートに写し終わった俺は溜息をつき首を回した。
学術都市スタディルに着いて早半月、俺は依頼を2日受け、1日図書館に籠もるという生活を続けていた。
というのも図書館に入るには銀貨1枚支払う必要があり、何時間利用しても値段が変わらないからだ。
ならば最大限利用してやれということで開館時間から入り閉館するまでひたすら本を読んでいる。
(それにしても写すの面倒くさいな~~)
こっちの世界の図書館は本の貸し出しをしていない。
紙を作る技術はあるが活版印刷術に代表される大量印刷法が存在していないせいで全て手書きのため、本が貴重なのが原因だ。
幸い、紙とペンを用意して書き写すことは禁止されていないので向こうの世界から持ってきた筆記用具とノートを使って有用そうな物を書き写している。
(調合レシピ集、魔物大全、魔導具解説書…… かなり便利な本が揃ってるのに利用者があんまりいないんだよな~~)
さすがは学術都市といったところで、この図書館の本は宝の山といっても過言ではなかった。
にも拘らず、此処を利用するのはほとんどがレポート作成のための資料を探す学生たちだ。それ以外は本好きな人がちらほら。
これは下手にスキルなんてものがあるせいだと俺は思う。
例えば生産系のスキルはレベルが上がるにつれて知識が増えていく。スキルを持っていて真面目に生産活動をしていれば必要最低限の知識は手に入るのだ。言ってみれば教科書を与えられるようなものだ。
そのせいで俺みたいにレシピ外の材料を加えたり、試行錯誤して新たな調合方法を探すなんてことをこの世界の人間はほとんどしない。
もちろん完全にいないわけではないがそうして作られたレシピは広まらず廃れていく。
現に今まで見ていたレシピ集には俺が行っているような果物を用いてポーションの味を改良する物も書かれていた。少なくとも半世紀近く前に書かれた本であるにも関わらず、未だ市販のポーションが不味いことからそのことは明らかだ。
(所詮スキルで手に入るのは基礎が書かれた教科書と最低限必要になる腕、大量生産する為の能力だけなのにそれを理解している人が少ないんだよな~~)
身の丈に合った知識が自動的に得られ、腕も補正されるからスキルは確かに有用だ。しかしそれに頼りすぎている。
これまで会った薬師は必ず【調合】スキルを持っていたが、別に持っていなくてもレシピ通り調合すれば誰でも作れる。事実神田に作らせたこともある。
(スキルを絶対の物としている人が多いんだよな。 だからスキル外の行為をしようとしない。 別に【片手剣】スキル持ってないからといって片手剣で戦えない訳じゃ無いのに誰も使わないように。 【片手剣】スキルには才能に補正がかかって訓練なしでもある程度戦えるぐらいの恩恵しかないのに……)
このスキルに関する知識はスキルの研究をした人の本に書いてあった。
「ま、人は人俺は俺。 有用な知識は余さず貰うかね……」
そう呟いて俺は立ち上がる。もうすぐ閉館時間だ。レシピも写し終わったし宿に帰るとしよう。
**********
「…………」
長期滞在している宿に帰り、食堂に向かった俺を待っていたのは驚愕だった。
「ん…… よう、影野!! 久しぶりだな~~元気だったか?」
「生きていたのか……馬っ…佐藤………」
「(今馬鹿って言いそうになったね……)」
食堂では(俺の中では)死んだと思っていた俺TUEEEEな佐藤浩一が食事を取っていた。
驚きのあまり危うく口走りそうになった本心を小声で佐藤の隣にいる美少女が突っ込む。
「ごほんっ! 久しぶりだな佐藤。 そっちのは知り合いか?」
「ああ。 俺の相棒で、異世界から来たことは話してある。 どうだ、美人だろ!!」
ドヤ顔うぜぇぇぇ―――――!!!
「……そうだな。 俺は影野悠人、こっち風に言えばユウト・カゲノってことになる。 出身は佐藤と同じだ」
「ティナよ。 家名は無いわ。 よろしく」
「こちらこそ。 で、何時こっちに来たんだ? お前が進んだ方向からしてユルス皇国にいたんだろ?」
「おう、ユルスからウィリス聖王国経由で今日着いたところだ。 途中で明山たちとも会ったぞ。 まあそれはそれとして……」
一度言葉を区切り真剣な眼差しでこっちを見てくる佐藤。何を言い出すのかと思わず身構える。
「此処で会ったのも何かの縁! 頼む、明後日の依頼一緒に受けてくれ!!」
「……なんでだ?」
若干脱力しながらちらりとティナの方に視線を向ける。こっちの方が話が早そうだからだ。
「ええっとね、私たちが受けたのはB+ランクの依頼で遺跡の調査の護衛なんだけど3人以上って条件があったのよ。 なのにこの馬鹿が一緒に受けてくれる人の当てもないのに受けちゃって……」
ああ、馬鹿だ……
今度こそ完全に脱力し、うなだれる。
依頼を実行する際にちゃんと人数がいれば受けた時に人数が足りなくても問題なく依頼を受注できる。これは常にまとまって行動されると邪魔になることがあるかららしい。
ただし実行の際足りていないとそれだけで依頼失敗扱いになりペナルティーを受けるので普通人数指定がある依頼は頭数が足りていることを確認してから受けるものだ。
つまり何が言いたいかというと、
「馬鹿だ」
これに尽きる。
「いや、だってよ報酬が金貨3枚に遺跡にいるガーディアンの素材だぜ? それに追加報酬で遺跡に眠る宝物も貰えるらしいし……」
確かに報酬はなかなかのものだ。特に最後の条件など破格と言ってもいいかもしれない。受注してキープした気持ちもわかる。
だが、それでも馬鹿なのは変わりない。
「はあ……、明日は用事があったが明後日なら特にないし良いぞ。 相応の報酬は貰うけどな」
明日は準備やなにやらに手間取っていたアパートに入居する予定がある。挨拶回りや部屋の準備で忙しいだろう。
スタディルに着いてすぐ動き始めてようやく借りられたのだ。そういう事はちゃんとしたい。ちなみに1月銀貨30枚。
「そうか、ありがとな。 恩に着るぜ」
「で、集合場所と時間は? 明日にはこの宿を出て別の所に住むから今教えてくれ」
「7:00に町の正門よ。 護衛期間は町に戻って来るまでで予定では1週間ね。 遺跡までは約2日、探索に3日ね」
「了解、一応これ渡しとく」
マジックポーチから念話石(神田にも渡した連絡用魔導具)を取り出して放り投げる。スキルレベルを上げるためにいくつか作っておいたものだ。
「これは?」
「連絡用の魔導具。 対になってるやつとしか使えない電話みたいなもんだ。 距離は関係ないから使いようによっては便利なものだな」
「ふ~ん」
理解しているのかどうか判断に迷う返事だ。
だがいい加減腹も減った続きの話があるにしてもし夕食を食べてからにしよう。
そう思い俺はカウンターに向かった。今日は何を食べるか……