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ちょっとした切ない恋

パンジーの花言葉

作者: 埴輪


部屋の整理をしていたら、昔の絵本が出てきた。

懐かしくなってそれを開くと、頁に挟まっていた一枚のしおりが落ちた。


「あ」


はらり、と。

床に落ちたそのしおりを見て、ユキはかすかに痛い、でもとっても幸せだった昔のことを思い出した。





* * *



「ユキちゃん、ユキちゃん」

「なぁに?」


ユキとケンタは今年の四月から小学生になる。

もうすぐこのあおぞら幼稚園ともお別れだ。

赤いペンキで塗られたブランコも、象さんの滑り台も、ひょうたん型の砂場とも、もうすぐお別れ。

それが寂しくて、二人はこうして休みの日なのにこっそり遊びに来ている。

本当はいけないことだって分かっているけど、二人はどうしようもなく寂しかったのだ。

小学校になんか行きたくないと、二人は心底思っていた。

鉄格子が何本か折れているところがある。

そこは先生達の知らない、園児達の秘密の抜け道だった。

ユキとケンタはその秘密の抜け道からこそこそ入って、裏庭にあたる、花壇がたくさんある場所でこっそり遊ぶ。

そうすれば休日にも仕事で幼稚園に来る先生達に見つからないからだ。

ユキはほんの少しだけ置いてきぼりにしてしまったナツキのことを思ったが、すぐに意識は左手をぎゅうっと握ってくるケンタに向かった。


「ケンちゃん、どうしたの?」


ケンタはユキのお家の三軒先の「三村」さん宅の子供だ。

ユキがまだ赤ちゃんだったときから二人は一緒にいたと言う。

ユキのお母さんとケンタのお母さんは波長が合うのか、出会った当初からとても仲がいい。

ケンタのお母さんは、こうして休日のときなどはユキを快く預かってくれる。

今時珍しいほど頼れる優しい近所のおばさんだった。


でも、ケンタはそんな頼もしいお母さんとは違って、すごく弱虫で泣き虫、頼りのない男の子だ。

今だってユキの手を離そうとしない。

ユキがケンタを置いて一人で帰らないように、とても強い力でユキの手を握る。

そんなことするはずもないのに。


でも、ユキはそんなケンタが好きだった。

弱虫で泣き虫で、近所のいじわるな男の子達に泣かされちゃうけど、本当はすごく優しくて力持ちで、歌がとても上手で、ユキのことを頼ってくれる。

それに、ケンタはとても可愛い。

女の子のユキよりも大きな瞳をしていて、唇も可愛い。

きっと、男の子達もケンタの泣き顔が可愛いからいじわるをしてしまうのだと、ユキは頑なに信じていた。


「ユキちゃん、みてー」


ケンタは満面の笑みでユキに一輪の花を見せてくれた。

それはとっても綺麗なオレンジ色の小さな花だった。

もちろんユキもケンタもその花が何の花なのかは知らない。


「わぁーかわいい」

「ね?メロンみたい」


ケンタの言うとおり、その淡いオレンジ色は昨日のおやつで出た夕張メロンの果肉に似てなくもなかった。


「でも、お花はつんじゃだめだよ?」

「だいじょうぶだよ。だっていっぱいあるもん!」


ケンタはユキの言葉に珍しく反論して、そのままユキの手を引いて花壇の方へ連れて行った。

確かにそこにはケンタの手に持っているのと同じ花がたくさん植えてあった。

オレンジから黄色、紫や赤、模様がついたものもあり、とても色鮮やかだった。

こんなにいっぱいあれば、一つぐらい大丈夫かとユキは納得した。


「ユキちゃん、ユキちゃん」

「なぁに?」

「きのう、メロンをわけてくれたから……」


この花、ユキちゃんにあげる!


そう言って、ケンタは満面の笑みを浮かべてユキにそのオレンジ色の花を差し出した。





* * *



あの夜、ユキは花が枯れないようにコップに水を入れて差し込んだ。

でも、花は見る見るうちに枯れていき、ユキは帰って来た母親の前で盛大に泣いた。

母親は泣き疲れて眠ってしまったユキのために、その花を押し花にした。

大好きなケンタがくれた花を、ふだんは一緒にいない母親が押し花にしてくれた。

それ以降、その押し花をユキはしおりとして使い、随分と大切にしてきた。


今思えばいくらたくさん植えてあるからといって、花壇の花を無断で摘むのはいけないことだと思う。

当時のユキはませた子だったが、そういった善悪に対してはまだまだ幼かった。


ユキは改めてその花を見た。

今でも鮮やかなオレンジ色をしている。

枯れたことによって、更に深みが増し、メロン色とは言えなくなったが確かにまだ綺麗なオレンジ色だった。


「これ、パンジーだったんだ……」


誰にともなくユキは呟いた。

なんて皮肉だろう。

幼い頃、あんなに無邪気に喜んだプレゼントも、今のユキへのあてつけのように思えた。

随分と寂しい考えをするようになったと、ユキは自嘲した。


結局、それを捨てることも出来ない自分は今も過去を引きずっているのだ。




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