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等活  作者: 木枯らし太郎
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プロローグ

誤字脱字はご容赦ください。

 令和7年8月10日。深夜0時35分。神奈川県横浜市中区寿町☓☓公園にて、猫の死骸を発見したと110番通報あり。付近の交番に勤務していた中村巡査と磯谷巡査が現場に臨場。頭部を切断され遺棄された一匹の猫の死骸を確認。切断された頭部からは両目とも眼球がナイフのような物でくり抜かれており、胴体部からはバットのような物で殴りつけられた痕跡多数あり。何者かによる動物虐待を疑い、中区警察署生活安全課へ応援要請。

 同日、深夜1時30分。横浜市中区警察署生活安全課より成宮巡査部長及び姫野巡査部長が現場へ臨場。動物愛護法違反の容疑で捜査を開始する。

 ☓☓公園及びその周辺1キロの範囲を捜索中に犯行に使われたと思われるバットとナイフを発見。指紋採取の為、鑑識へと回す。

 同日、8時00分。☓☓公園付近の聞き込み捜索開始。犯行推定時刻は深夜の時間帯に行われたとみられ、怪しい物音や不審人物を見た者は確認出来ず。 

 以降、1週間が経過した現在も警察による捜査は継続されているものの容疑者特定には至っていない。 


「酷いことする人がいるものですね。」

姫野が伏し目がちに手帳に視線を落とし、嘆息した。成宮は姫野のひと言に首を縦に振った。

「動物愛護法違反は罪の意識が薄い犯罪だからね。」

令和7年8月18日午後2時丁度。二人は神奈川県中区寿町☓☓公園にて起きた猫の殺害による動物愛護法違反事件の捜査の為、現場付近の聞き込み捜索を続けていた。事件発生翌日より、現場付近の聞き込み捜索は行われていたが事件発生予測時間が深夜帯の為、有力な情報は得られていなかった。それでも2度3度と同じ近隣を聞き込みに回るのはいわば刑事の習い性と言っていい。

「また貴方達ですか」

事件現場となった☓☓公園の一方通行の細い路地を挟んで前方に位置する中澤宅にて中澤優子はうんざりしたように溜息を出す。これには姫野が応じた。

「何度も同じ話をお聞きしまして、すみません。ですが事件から1週間経過いたしました。なにか思い出された事があればと思いまして…」 

「何かもなにも、事件が起きたのは深夜でしょう?私も含め、うちのものは全員寝ておりましたし…」 

この話を聞くのは今回で3度目だ。しかし、姫野はその度に違和感を覚えずにいられなかった。

「今回の事件は猫の虐殺なんです。しかも胴体部をバットで複数回殴りつけています。当然、猫はかなり大きな叫び声をあげますよね。中澤さんの自宅は現場から100メートルと離れていません。その状況で何にも気付かずに熟睡していたとは思えないのですが…。」

 姫野がそう口にした途端、中澤の姫野を見つめていた視線が下にそれた。何かあると刑事の感が働く。

「何か知っていますね。」

姫野が思わず咎める口調になってしまった事で、中澤はきつく姫野を睨見つけた。どうやら意固地にさせてしまったらしい。

「そんなもの!猫の頭に毛布でも被せていたのではないですか!そしたら声なんて聞こえづらくなりますよね!」

「いえ、そんな形跡はありませんでした。」

姫野と成宮は事件の鑑識にあたった鑑識員から報告を受けている。まず、現場付近から発見された凶器と目されるバットとナイフからは指紋が検出されなかった。手袋のような物を嵌めていたと思われる。故に過去の犯罪者履歴からの指紋照合が出来ず、捜査は付近の防犯カメラの確認や現場付近の聞き込みによる不審人物の特定に焦点が当てられている。姫野と成宮は事件発覚時当初、深夜の犯行とはいえ不審人物の特定は容易に進むものと思っていた。中澤が口にしたように猫の頭部に毛布のような物を被せ、叫声がもれるのを抑えていた可能性も考えられたが、鑑識員の話ではまず始めに胴体部をバットで殴打し、その時の血痕が頭部に付着していたというのだ。頭部には打撲痕は見られず、故に毛布のような物で頭を被せられていた可能性は否定される。姫野は改めて中澤の目をまっすぐに見つめ問い質した。

「事件があったのは深夜0時から1時の間です。その間、猫の叫声を聞きましたね。」

中澤はもはや姫野の目を見てはいなかった。姫野の足元に視線を移しぽつりと呟く。

「何が悪いの?」

「え?」

次の瞬間、険しい形相で姫野を睨見つけた。

「何が悪いの!ええっ!聞きましたよ!猫の叫び声!鳴き方で虐待されてるなっていうのは分かりましたよ!」

姫野は中澤の怒声に絶句した。やはり犯行時の猫の叫声を聞いていたのだ。今度は成宮が問い質す。

「その時、外に出て確かめようとは思わなかったのですか。」

「だって!事件に巻き込まれたくないし!犯人に顔を見られたら何されるか分からないでしょ!」

「落ち着いて下さい。」

姫野は怒とうの勢いで怒声を放ち続ける中澤に、先ほど問い質した声色とは一転して、ゆっくりとした口調で宥めた。

「私達は貴方を問い詰めているわけではないんです。事件に巻き込まれたくないという気持ちも分かります。ただ…」

姫野は荒い吐息を吐きながらも、徐々に落ち着いていく中澤の目をまっすぐに見つめた。

「その時に通報しようとは思わなかったのですか?」

中澤は再び視線を姫野の足元に移した。

「…だって、猫でしょ。」

中澤の起伏の乏しい抑揚のない冷たい声音を聞いたとたん姫野は背筋に冷たいものを感じた。

「これが、人が襲われてるっていうなら話は別ですよ。でも所詮野良猫でしょ。下手に通報して、後々面倒な事になるとも限らないし…」

その後も中澤は弁明を続けたが、彼女の平坦な声音はもはや姫野の鼓膜には届かなかった。ただ中澤ののっぺらとした感情の見えない表情だけが、その口の動きだけがクローズアップされて姫野の網膜に焼き付いた。

 

内藤宅を後にした成宮と姫野はその後も事件現場☓☓公園付近の聞き込み捜査を続けた。根気強く捜査を続けていれば、こちら側が決して折れないと相手側に思わせる事が出来れば、人は真実を語らざるおえなくなると改めて感じた一日だった。今日、聞き込みをおこなった13件の民家うち3件の民家の住人が中澤と同時刻に事件のものと思われる猫の叫声を聞いていたのだ。また、いずれの住人も警察への通報は行わなかった。成宮が理由を問い質したが三人とも中澤とほぼ同じ証言をした。「猫だったから」中澤も含め4人とも平然とそう言ってのけた事に姫野は強い憤りと一抹の寂しさを感じた。 

 時刻も19時を回りあたりが暗くなり始めたのを期に姫野と成宮は中区警察署へ引き上げる事にした。覆面パトカーの助手席で思い詰めた表情で思案にふける姫野にハンドルを握る成宮はつかの間視線を向けすぐに前方へと向き直る。

「可哀想な話だけどな。これが現実だ。」

「成宮さんまで、そんな…」

姫野は自身の足下に視線を落としたまま、下唇を噛む。

「大体、小動物を虐待して殺しちまうような奴なんて大抵愉快犯だ。誰だって自分の身が一番大事だし、そりゃ通報ぐらいしたっていいとは俺も思うよ。だけどな、警察と民間人なんてものはそもそも溝があるんだ。姫野には悪いが、今回の事件の被害者は猫だ。積極的に警察に協力しようとは思わないのかも知れない。」 

「…でも凶器から指紋が見つからなかった以上、目撃者探しに全力を尽くすしかない。」

姫野は今日一日の捜査状況を思い返し、絶望感を覚えていた。動物愛護法違反は決して罪状の軽い犯罪ではない。刑法に定められる刑罰は5年以下の懲役もしくは500万以下の罰金が科せられる極めて重い犯罪だ。しかし、世間での認知度は決して高くはない。動物愛護法違反は軽犯罪、逮捕されても執行猶予が付くと軽く考える者の方が多い。

「不審人物の目撃者はあまり期待できないかも知れないな。」 

成宮は右折のウィンカーをおろしながら呟く。

「どういう事です?」

「最寄りの石川町駅付近は深夜帯の人通りが極めて少ない。寿町の治安は決して良いとは言えないからな。それに加えて動物虐待への罪の意識の認知度は極めて低いから、住民からの捜査協力も望めない。」

「…それはもうお手上げという事ですか。」

成宮は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「そうは言っていない。これからの捜査方針の話だ。不審人物の特定は続ける。正し、防犯カメラの確認作業に時間を多く割く。」

「しかし、犯行時刻前後の防犯カメラ映像でしたら、もうあらかた回収しています。確認の結果、めぼしい人物は写っていなかったはずでは。恐らく犯人は現場付近のカメラの位置を把握していたものと断定されています。」

「そこだ。」

「え?」

「防犯カメラの撮影可能時間限界まで遡るんだ。防犯カメラの位置を確認しながら歩く不審人物が写っているかも知れん。」

成る程と姫野は思った。だが同時にある懸念材料に気付く。

「ですが成宮さん。大概の防犯カメラは一定期間をすぎたら、映像が上書きされてしまいます。早い所だと記録期間が1週間のところも…」

「もうそれに賭けるしかない。分かっているとは思うが姫野。寿町は決して治安の良い場所じゃない。事件が次々と起こる。傷害事件なんて起ころうものなら、動物愛護法違反の捜査に割く人員も時間も大幅に削られる。今のうちに出来ることを精一杯やるしかないんだ。」

成宮の主張はもっともだった。姫野には納得のいかない話ではあるが被害者が動物と人間では、どうしても優先度合いは人に集中してしまう。現状では幸いにも傷害事件等の人の絡む事件は起こっていない。しかし中区(とくに寿町)は決して治安の良い場所ではない。人が絡む事件が起きれば、今回の猫虐殺事件に割く捜査時間が削られる事は避けられない。

「とにかく今日はもう切り上げよう。明日からは防犯カメラ映像の洗い直しだ。」 

「はい」

姫野は力強く頷いた。 


翌日からは事件現場周辺の住宅、店舗、駅舎等からできる限りの防犯カメラ映像を押収し、精査作業に重点を置いた捜査が行われた。しかし中区では一部治安の悪い地域があり、酔っぱらいどうしのいざこざ等通報が後を絶たない。そのため動物愛護法違反の捜査は主に成宮と姫野だけが担当している。防犯カメラ映像のデータ量は膨大で、それらをほぼ二人だけで精査する。当然、莫大な時間をついやしこれといった成果も得られないまま悪戯に日数だけが過ぎていった。

「どうだ姫野。不審者は特定出来そうか。」

成宮は目頭を揉みながら姫野に尋ねた。

「…今のところは駄目です。監視カメラも機種によっては画像の荒いものも今だにありますし。記録可能時間もそう長くはありません。大抵は1週間で上書きされてしまいます。不審な動きをしている人も見当たりません。」

「まだ諦めるのは早い。事件は何がきっかけで光明が差すかわからん。映像の細部まで精査するんだ。」

成宮の叱咤激励を受けながら姫野はデスクに山のように積み重ねられた映像データの数に挫けそうになりながらも自分に鞭を入れた。 

 そして事件発生から一ヶ月が経った頃、20代と思われる一人の女性が寿町交番に勤務する婦人警官に付き添われて中区警察署生活安全課を訪れてきたのだった。


氏名藤本きらら。21歳。神奈川県横浜市某大学に通う女性。

「Xで殺害予告を受けています。」

藤本は肩を震わせながら、辿々しい口調で節日に訴えた。中区警察署生活安全課からは内野瞳美巡査部長が次長聴取を担当した。 

藤本きららは20代から30代から圧倒的な支持を集めるYouTuberだ。ユーチューブチャンネル「きらりん散歩」はチャンネル登録数30万人を超える人気チャンネルとなっている。

「きらりん散歩」は中区寿町を実況中継しながら散策するといった内容で本人はあくまで中区内の魅力を発信するという建前であるが、瞳美は「きらりん散歩」を目にした事があるので、その内容は熟知していた。「きらりん散歩」は魅力発信といった善良的なものではなく寿町で行われる炊き出しに並ぶ人達を映しながら卑下したり、寿町の治安の悪さを実況中継する悪意に満ちたものだった。その悪意が一部の人達の反感を買い今回の殺害予告に繋がった。

「自宅まで特定されて。Xではこれ以上中継を続ける様なら殺すと。自宅の郵便受けにも同様の封筒が直接投函されていました。」 

以後、中区警察署生活安全課では藤本きららの身辺警護及びネットでの脅迫事件に力を入れる事になった。

 

 新たな事件が起きるたびに捜査状況の芳しくない事件は規模を縮小されていく。この日、姫野が席を立つと同時に図ったようなタイミングで係長から声が掛かった。

「姫野は、藤本きらら宅の張り込みに行ってくれ。中川巡査部長と安川巡査部長の応援だ。」

「えっ?でも私は動物愛護法違反の捜査が…」

「こっちは被害届が出てる事案だ。人手が足りてない。藤本きらら宅はもう住所も割られてしまってい

る。現に殺害予告の洋書がポストに直接投函されている。最重要案件だ。」

過去にはネット絡みによる殺人事件が他県で起きた事例もあった。

「…分かりました。」

「不満そうだな」

「いえ」

「動物虐待の事件の件ならアニマルポリスに引き継いだ。」

アニマルポリスは地方自治体の組織だ。警察同様、動物虐待の捜査を行うが、警察のような捜査権は持っていない。 

「そんな!それじゃあ事実上の打ち切りじゃないですか!」

「仕方ないだろ。どうしても捜査したきゃ、アニマルポリスと共同でやるんだな。」

係長はそれだけ言うと、もう興味を失ったかのように手元の書類整理に戻った。


 

誤字脱字はご容赦ください。

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