間章: 名をキルケーという繭。
生きることは辛い。それでも、私たちは生きる理由を与えてくれる人々の意志に従うことが多い。しかし時には、それが単に私たち自身に跳ね返ってくることもある。
皆は私をジジと呼んだ。
そこに理由などあったのだろうか?
答えは単純だ。私は奴隷だった。
それも、もう二十年になる。
時が経てば、人は慣れるものだ。
それでも一番つらかったのは、主人の欲望を満たすことだった。
年月が過ぎるにつれ、その役目は彼の息子にも及んだ。
私は三十八歳になっていた。
決して老いてはいない……だが、若くもない。
自分がどの国にいるのかさえ知らなかった。
理由は簡単だ。学校に通ったことがなかったから。
幼い頃から、私は誰かに仕えるために生きてきた。
若い頃は城で召使いとして働いていた。両親もまた、何でも屋のような立場だった。
だがある日、すべてを失った。
包囲戦の末、私たちの住んでいた屋敷は陥落した。
その後、私たちは襲撃者たちに売られた。
両親はその権力欲に満ちた男に従うことを拒み、毒を盛ろうとした。
だが陰謀は露見し――処刑された。
残されたのは、私だけ。
その頃からすでに、彼は私に圧力をかけていた。
同じ寝床に入ることを強い、
私が「愛情」だと思い込んでいたものを与えた。
「ジジ……」
「お前は本当に美しい。」
それが、彼の決まり文句だった。
私は彼に激しい愛を抱くようになった。
それは自然な麻薬のようであり――同時に、致命的な毒でもあった。
鎖に繋がれたまま、自力では外せない囚人。
やがて私は、自分の立場を理解するようになった。
年を重ねるほどに、この世界での自分の位置が見えてくる。
ある日のこと。
城で、一人の老女の侍女が私に話しかけてきた。
夜になると、使用人たちは台所で茶を飲む短い休息を許されていた。
その時、彼女は私の前に現れた。
「ジジ、お話ししてもよろしいですか?」
自然な冷たさを帯びた声だった。
「もちろん。お茶をお持ちしましょうか?」
「ええ、お願い。」
彼女は腰を下ろし、私は茶を注いだ。
「お元気ですか?」
「……いつも通りです。」
私は湯呑みを唇に運ぶ。
「旦那様のお気に入りでいるのは、大変でしょう。」
私は横目で彼女を見た。
何を言いたいのか探るように。
そして、短く答える。
「思っていることを、はっきり言ってください。」
「あなたは人生の半ばに差しかかっています。この世界の葉の下で、本当に生きることなく終わるのは、あまりに惜しい。」
「葉? あなたは“異端”なの?」
彼女はすぐには答えず、茶を一口すすってから言った。
「あなたの瞳は嵐を呼びます。雨の中で踊り続けるのは危険です。」
「私はただ、静かに生きたいだけ。」
「人形でいることは、生きることではありません。何度、自分の子を殺しましたか?」
その言葉は、即座に喉を締めつけた。
そこまで直截だとは思わなかった。
私は顔を上げる。
「言い過ぎです。」
「いいえ。むしろ足りません。あなたは長い間、幻想の中で生きている。だが蜃気楼が消え、あなたの本当の顔が露わになった時……血の匂いは変わるのかしら。」
「穴に捨てるとき、何も感じなかったわけではありません。」
老女は目を細める。
「それでも、あなたの目に後悔は見えません。」
あまりにも長く、私は赦されることのない罪と共に生きてきた。
どれほどの魂を、この手で葬ったのだろう。
産声すら上げられなかった子どもたち。
理解している。
自覚している。
私は赦されない。
それでも――強いられていた。
腐りきったこの心は、もはや欲望と愛情の区別さえつかなくなっていた。
「あなたには分からないわ。」
そう言って、私は立ち上がった。
最後まで茶を飲み干すこともなく、老女に背を向ける。
立ち去ろうとしたそのとき、彼女が呼び止めた。
「本当に、それで逃げられると思っているの?」
「あなたに説明する義務はありません。私は私の望むように生きている。心配するなら私ではなく……次に私の後を継ぐ子のことを考えるべきでしょう。」
自分の人生が呪われていることは分かっていた。
それでも、この生を他の誰かに味わわせたくはなかった。
続けているのは、せめて次の者を守るため。
私の血は、もうとっくに匂いを失っていた。
生き延びるために、悪魔にすべてを売り渡したのだから。
部屋へ戻り、蝋燭に火を灯す。
机の前に座り、古びた本を開いた。
一、二時間ほど読書に没頭していると、扉が叩かれた。
立ち上がって開けると、若様が立っていた。
頬を赤らめ、足元もおぼつかない。明らかに酒に酔っている。
「どうなさいましたか、若様?」
「……外交の件で出る。父上と口論になった。」
まだ十八歳。
重責を背負うにはあまりにも若い。
だが主人は病に蝕まれ、家のすべてが彼の肩にのしかかっていた。
私は彼を支え、ベッドへ座らせる。
その隣に腰を下ろした。
「ジジ……君だけだ。本当に分かってくれるのは。」
「ええ、若様。」
夜は、これまでと同じように、ゆっくりと過ぎていった。
彼がようやく眠りについたあとも、私は息を整えながら揺れる蝋燭の火を見つめていた。
これが、私の人生。
二十年続く、変わらぬ夜。
火が消えると、痛む腰をかばいながら立ち上がる。
窓の外には月。
若様の髪にかかった一房を、そっと整える。
あの年で、あれほどの重圧。
私は支えでなければならない。
窓辺へ歩み寄ったとき、庭に黒い影が見えた。
白い笑みを浮かべ、こちらを見つめている。
私はすぐに寝間着を羽織った。
理由は分からない。ただ――行かなければならないと感じた。
蝋燭に照らされた廊下を進むと、巡回中の衛兵たちに出くわす。
「こんな時間に、なぜ部屋の外へ?」
「申し訳ありません。少し空気を吸いたくて。」
隣の衛兵が肩を叩く。
「ああ、ジジか。」
「……失礼しました。若様がお訪ねになったのでしょう?」
私は髪を整える。
汗に濡れたうなじが、否応なく露わになる。
「少し、お話がありました。」
視線が重くなる。
長居は無用だ。
「失礼しても?」
「も、もちろん。」
通り過ぎようとしたとき、一人が呼び止めた。
「すみません! お願いがあるのですが……」
「何でしょう?」
「近いうちに、あなたの部屋へ伺っても……?」
同僚が慌てて制止する。
「おい、何を言っている!」
「申し訳ありません。ですが……若様が快く思われないでしょう。」
軽く一礼し、歩き出す。
「どうしたんだ、お前。」
「いや……あの目を見たら……引き寄せられてしまって。」
やがて庭へ出る。
黒い影は、月を見上げていた。
「やはり、夢ではなかったのね。」
「夜の月は美しい。」
顔を上げる。
十七周期ごとに満ちるその月は、青みがかった光を静かに放っていた。
「どなたであれ、その姿にもかかわらず……私は特に恐れてはいません。」
「――それは当然だ。私は、君たちが言うところの“神”という存在だからね。
個人的には、その呼び名はあまり好きじゃない……少し不快で、傲慢にも聞こえる。
私は、相手が望む呼び方で呼ばれるほうがいい。」
「多数の者がそう呼ぶのであれば、私も同じようにいたしましょう。
では、質問を改めます。神がこの庭で何をなさっているのですか?
若きご主人様に祝福を授けに来られたのですか?」
神は静かに笑い、私のほうへと向き直った。
その微笑みは、奇妙なほどに温かかった。
「私は祝福を与える類の神ではない。
ただ観察し、導き……時に助言するだけだ。
だが、君の質問に答えよう。私は君の主人のために来たわけではない。」
私は眉をひそめた。
「では、何のためにここへ?」
黒い塊は背を向け、歩き出した。
「ついてこい。」
「すみません……外に出るには、この格好では……」
彼は振り返り、ようやく私の軽装に気づいたようだった。
「……はぁ。君の言う通りだ。許してくれ。」
彼は片手を上げた。
闇の中で、何かが動いたようには見えなかったが、彼は言った。
「ほら。」
私は手を差し出した。
そこには黒いヴェールがあり、内側の縫い目は深紅に染められていた。
それは、私のような奴隷に与えられるような衣ではなかった。
私は反射的に首元へ手をやり、鉄の首輪に触れた。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「……このような贈り物は、受け取れません。」
「奴隷だからか?」
私は黙ったまま、ゆっくりとうなずいた。
彼はため息をつき、近づいてきた。
優しい仕草で、私の頭にヴェールをかける。
「……え?」
「これは、私からの贈り物だ。」
それ以上何も言わず、彼は領地の出口へ向かった。
本来、奴隷は主人から一キロ以上離れることは許されていない……
それでも、その夜、私たちははるか彼方にある森まで歩き続けた。
「……どこへ行くのですか?」
「君が“待ち受けているもの”を見つけるべき場所だ。
今回は、少しだけ時間を早める。」
「……意味がわかりません……」
彼は答えず、歩き続けた。
しばらくして、私たちは森の奥深くに掘られたような空き地に辿り着いた。
まるで古代の聖域のような場所で、石と木が組み合わさった建造物が立っていた。
祭壇の周囲には、数十匹もの動物たちが集まり、
その中心には……赤子のようなものがいた。
「……なに、これ……?」
黒い塊が立ち止まると、獣たちはゆっくりと後ずさりし、私の前に道を作った。
祭壇の上には、白い繊維でできた繭のようなものに包まれた子どもが横たわっていた。
「……そんな……あり得ない……」
「君の前にいるのは、エントに祝福された子だ。」
「……エント、ですか?」
黒い塊はその子を丁寧に抱き上げ、私に差し出した。
私はそれを受け取り、腕に抱いた。
その瞬間、雲が割れ、夜空が姿を現した。
赤みを帯びた頬と、わずかな金色の髪。
それだけで、私の心は激しく揺さぶられた。
「……私をここへ連れてきたのは……この子のため、なのですか?」
「その通りだ。君に、この子の世話をしてほしい。」
私は視線を落とした。
たとえ望んだとしても……私には受け入れられない。
祝福された子に対し、私の存在はもはや清らかではなかった。
「……なぜ? どうして、私なのですか?」
その瞬間、私の首輪が砕け散った。
「……えっ!? な、何をしたのですか!?」
「何もしていない。まったく、何もだ。
二時間後、君が目を覚ましたとき、首輪が壊れていることに気づくだろう……
それは、君の傍にいる男が死んでいるからだ。」
「……若きご主人様が……?
でも私は……旦那様に忠誠を誓ったのに……」
「――そいつは今夜、この病に屈して死ぬ。
そして、お前は……罪を着せられる。
王国で最も指名手配される犯罪者となり、逃げ延びた果てにこの森へ辿り着く……
そこで、あの子と出会うのだ。」
私は全身を震わせながら、彼が近づいてくるのを感じた。
「……だから、“事を早める”と言ったのですね……」
彼は、そっと私の肩に手を置いた。
「――おめでとう。君は自由だ。」
その瞬間、足から力が抜けた。
冷たい地面が私の身体を受け止め、頭はまだその言葉を理解することを拒んでいた。
自由……。
「……な、何を……すればいいのですか……?」
「生き延びることだ。
人生を、最初からやり直せ。
そして――その子のために生きろ。」
彼は、私の腕の中の赤子を指し示した。
「西へ向かえ。
ルシア・クリークという名の女に出会う。
彼女について行け。
彼女には助手が必要で……君には、未来が必要だ。」
一拍置き、彼の眼差しは一層重くなった。
「だが、何よりも重要なことがある……
決して、男と床を共にするな。」
彼が背を向けた瞬間、恐怖が私を襲った。
「――神様!」
彼は振り返らず、足を止めた。
「……彼らは、どうして死んだのですか……?」
かすかなため息が、夜を横切った。
「君の瞳が、嵐を引き寄せるからだ。
君は魅了する……あるいは、焼き尽くす。
精神の弱い男ほど、君に触れた瞬間から命を枯らしていく。」
彼はわずかに顔をこちらへ向けた。
「君は異常だ、アスガリサ。
望まずして破壊をもたらすために生まれた――サキュバスだ。」
その視線が、私の腕の中の子へと移る。
「その子の名は、キルケ。
人間の子だ……
まだ“愛することができる”と知らぬ怪物に託されたな。」
そう言い残し、彼は闇に溶けるように消えた。
静寂が戻る。
周囲では、森の動物たちが怯えることなくこちらを見つめていた。
腕の中で、キルケがゆっくりと目を開き、か細い声を漏らす。
視界が滲む。
涙だ。
私は嗚咽の合間に、静かに笑った。
自由……
こんなにも長い時間の後で……。
私は、そっと子どもを抱きしめる。
「……はじめまして。
私の天使。」




