「心が揺れる」
咲と樹と並んでテーブルに着いた蘭。
少し遅れて、水城が店に入ってきた。
「すみません、遅れました」
「改めて、水城 律です。」
その声が響いた瞬間、空気が変わった。
柔らかくて、低くて、静かな波のように耳に届く。
――また聴けた。
蘭の胸の奥がふっと温かくなった。
咲が何気なく笑いながら言う。
「蘭、どうしたの?今日、おとなしすぎない?」
「えっ、そ、そうかな…」
慌てて返すと、水城がふっと小さく笑った。
その笑い声にまた、心が揺れた。
あ、今、笑った…。
ただそれだけで、体温が少し上がる。
――なんでこんなに、声だけで心が騒ぐんだろう。
* * *
帰り道、夜風が冷たくて、少しだけ息を整えた。
水城と二人で駅へ向かう。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかったです」
沈黙。
でも、心の中では雑音みたいに“声”が鳴り続けていた。
気づいたら、口が勝手に動いていた。
「……声、いいですね」
一瞬、息が止まった。
しまった、言っちゃった――。
「そんなこと、言われたことないですよ」
水城の声は少し低く笑っていた。
「でも、声だけですか?」
「え?あ…いや、そういう意味じゃ…」
どう答えたらいいのかわからない。
弾けるようにトーンが上ずる。
やばい、心臓の音がうるさい。
水城は微笑みながら、駅の改札前で立ち止まった。
「では、また。……おやすみなさい。」
その“おやすみなさい”は、蘭の涙腺を緩めてしまうくらい
心に響いた。
胸の奥がじんわり温かくて、
でもどこか、切ない。
なんだろ、この気持ち。




