「音の始まり」
蘭は不協和音の中でも、彼の声だけは鮮明に、
静かに記憶に残っている。
なんだか心地いい。
「また、聴けるかな〜」
でも、そう余韻に浸っていられないのが
この職場なのである。
今日も全開で雑音が混ざっている。
「はあ〜……」
蘭はため息をついた。
「吉野さん、あのちょっといいですか?」
「あれ? 前田さんどうしたの?」
「相談というか、お聞きしたいことがあって…」
「なんか あった?」
・・・・・・・・・・・・・・。
「そうなのね… やっぱり感じたか…。」
「なので、次の更新はしません…すみません」
「いや 謝らなくてもいいよ、・・・・・相手を変えることはできないから、
自分が変わるか、去るかしかないもんね 私も前に同じようなことあったから…」
派遣という働き方は、常に“続けるか”“去るか”の選択の中にある。
それは、自由であり、不安でもある。
もちろん続ける意思があっても、切られることもある。
それが、派遣の働き方だから。
「そうなのね…やっぱり今回もダメだったのね…」
「うん。前田さんの言ってることすごくわかるんだよね…
正直あの人の教え方は 雑音だもんなあ」
「雑音って…」咲はクスッと笑った。
***
「水城先輩 ありがとうございました」
「いや、早く渡せたらとおもってな…。」
蘭の耳に入ったこの音。樹と水城の会話が聞こえてきた。
あっ…この声・・・やっぱり心を癒してくれるな〜
声の余韻に浸っていた。
「蘭さん、この後お時間あります?
咲さんとご飯行くんですけど、水城先輩も誘ったので、
蘭さんも行きませんか?」
「……はあ?」
咲が、蘭が水城の声に惹かれていると話していたらしい。
それを聞いた樹が、少しだけ“粋な計らい”をしてくれたのだ。
けれど、蘭はあまりの急展開に心のバランスを崩していた。
咲はその様子を見て、ふふふっと小さく微笑んだ。
まるで――“音の始まり”を聴いたように。




