「静かな声」
いつも通り、社内には朝のざわめき。
誰かが笑い、誰かが焦っている。
空気が揺れ、音が重なる。
――今日もまた、不協和音の朝。
「おはようございます」
低くて、やわらかい。
その声が、空間のノイズを静かに吸い取るように響いた。
蘭は一瞬、顔を上げた。
――だれ?この人……。
「ねぇ咲、今日ね、すごくいい声の人がいたの。聴こえた?」
「声?」
「うん。たぶん、SEの人っぽい。ノイズが全部消える感じだった」
「蘭っぽいね。耳で恋するタイプなの?」
「ちょっと〜、声がいいのってよくない? …“救われる”感じ…
なんか、いいんだよね」
咲は笑いながら、
「蘭の心が、安心する“音”なんだね」
そして少しからかうように言った。
「声に、恋しちゃった?」
「そ そんなんじゃ な ないよ…」と頬を赤くして言った。
午後。
「お疲れさまです。
あの……これ、山下さんに渡していただけますか?」
蘭は一瞬、時が止まった。
――この声。
(また、あの“音”だ……)
心の奥で、何かが静かに震えた。
まるで、不協和音の中にひとつだけ見つけた、
“調和”の音のように。
蘭は慌てて、書類を受け取り
「わかりました… あのお名前は?」
「あ、すみません。システム開発部の水城です。」
「水城さんですね、かしこまりました。」
この声。
まっすぐで、少し低くて、余韻が長い。
空気がゆっくり震えて、胸の奥をかすめていった。
わあ こんなことってある〜〜?
蘭は急いで咲のデスクへ。
「咲ーーー 樹くんは?今日はいないの?」
「うん、今日は外に出てるみたい」
「そっか~ これね、あの声のいい人が、樹くんに渡してってきたのよ」
「そうなんだ〜 17時には戻ってくると思うけど…」
定時の時刻
蘭は咲と並んで、樹の帰りを待っていた。
「戻りました〜」
軽い声。空気がまた、ざわっと動いた。
「樹くん 樹くん! これ! システム開発部の水城さんが樹くんにって…」
「あ〜 ありがとうございます。水城先輩わざわざ持ってきてくれたんだ〜」
――ん? 先輩?
システム開発部にも“先輩”ってあるの?
「いえ 水城先輩って大学の先輩なんですよ」
「はっ?? 大学の?」
蘭の頭の中で、いろんな音が一斉に鳴った。
やばい 頭のCPUがバグってる。
でも、やっぱりあの声だけは・・・




