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「日常の不協和音」  作者: Harumin


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16/31

「ひとつ目の不安」—長井とカオリ—



昨夜、律が会社まで迎えに来てくれた。

あの優しい声、安堵するような笑み——そのどれもが蘭の胸をあたためていた。

そう思いながら会社の自動ドアをくぐったその瞬間。


「吉野さん、ちょっと」


背後から低く響く声。

部長の長井だ。


「今日は得意先に行く。君も一緒に来てくれ」

「……私、ですか?」

     なんで私なの?…


「さあ 車に乗って…」

黒い車のドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。


長井は妙に機嫌が良さそうで、運転しながら何度も蘭の様子を見てくる。


「吉野さん、最近よく頑張ってるね」


「ありがとうございます……」


(なんか見てる……距離が近い)

車内に充満する、人工的な芳香剤の匂いが気持ち悪い。

なんで、こんな事になってるんだろう…


***

同じころ、別の場所では——


カオリは、カフェの窓越しに見た“律の笑顔”が頭から離れなかった。


携帯を取り出し、連絡先一覧を開く。

まだ残っている「律」の名前。


呼び出し音が鳴り始める。


トゥルルル——

トゥルルル——


(出て……律)


***

得意先での商談は淡々と終わった。

だが、その帰り際——

(え……これ、完全にアウトじゃない?

セクハラ……どうしよう…どう逃げたら……)


“律に相談”という考えが頭をよぎる。


社内に戻ると、ヒソヒソとした視線が蘭に刺さった。


(やだ……もう噂されてる……

これ、今日のことが広まったら、ここにいられなくなる……)


スマホを取り出した瞬間——

画面に光った名前。


(……律……)


まるで心のSOSに応えるようなタイミングだった。


「蘭、大丈夫か?」


「律……どうしよう…?」


「やっぱり…胸騒ぎがして……ノイズを感じたんだ」


その言葉を聞いた瞬間、蘭の目に涙が溢れた。

律に事情を話すうちに、耳を締めつけるようなノイズが少しずつ薄れていく。


「わかった。蘭、早退できるか?迎えに行く」


「で、でも……律、仕事が——」


「そんなの後だ。いいから、待ってろ!」


言い切る声が、迷いをすべて吹き飛ばした。


蘭は課長に体調不良を告げ、早退の許可をもらった。


その頃、律の心は静かに怒りで満ちていた。

昨夜の残業の件が胸に引っかかっていたが、やはり——

蘭に手を出そうとしている。


(許さない)


律は急いで蘭の元へ向かった。


会社前に車が止まり、律は降りるなり、蘭をきゅっと抱き寄せた。

迷いも遠慮もない腕の強さだった。


「……蘭。大丈夫か。」


耳元で低く落ち着いた声が響き、蘭の震えがすっと引いていく。

張りつめていた心の糸がぶちっと切れたみたいに、蘭は気づけば涙をこぼしていた。


律はその涙に気づくと、迷わず蘭の背中をさする。


「今日はひとりにさせられない。うちに来い。」


「でも……迷惑じゃ……」


「迷惑なわけないだろ。行くぞ。」


その“迷いのない手”に連れられて、蘭は律の家へ向かった。


[エントランス前]


「〜律〜」と名前を呼んだのは、カオリだった…


「………カオリ………」


彼女は微笑んだ。

その笑みは、再会を喜ぶというより“勝ち誇った”色をしている。


「よかった……帰ってきた。電話、切られちゃったから。

 待ってたの。話したいこと、たくさんあるし。」


蘭の存在に気づくと、カオリの視線がゆっくりと蘭に落ちていく。

挑発するように、見下ろすように。


「……その子、誰?」


律は蘭の肩を守るように前へ出ると、はっきりと言った。


「……お前何してんだ、

 さっき言ったろ、お前とはもう終わったって。

 俺は、今は——彼女と付き合ってる。」


そう言って、蘭の腕をそっと引き寄せる。


カオリの表情が一瞬だけ固まった。

次の瞬間、薄く笑って皮肉を吐く。


「へえ〜……この子が“彼女”?

 そういうタイプが好みだったとはね。

 悪趣味じゃない?」


蘭の胸がぎゅっと締まる。

でも、律の手の温度とともに、波長が強くなった気がした。


カオリはふっと視線を逸らし、背を向ける。

「まあ、いいわ。とりあえず今日は帰ってあげる。

 でも——話したいこと、まだ山ほどあるから。

 その時は、ちゃんと聞いてもらうからね。律。」


振り返りもせず、ハイヒールの音が夜の道に消えていく。


蘭は思わず律の袖を掴んだ。

律は小さく息をつき、蘭の手を包み込む。












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