「波長が重なる瞬間」
夢じゃない——
スマホの画面に表示される“水城”の名前。
たったそれだけで、蘭はふふっと、笑っていた。
昨夜の出来事が幻じゃない証明だが、でも、心の片隅には
不安も感じていた…
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「いや〜昨日はすみませんでした〜、それで……どうでした〜?」
朝、ガチャッと水城のオフィスに入ってきた樹。
その顔には“お詫び”というより、“状況確認”の好奇心が全面に出ていた。
「まったく、お前は……」
水城は書類を閉じ、冷めかけたコーヒーを一口。
「だって先輩、ちゃんと言わないと、相手を見ようとしないじゃないですか〜」
「そんなことはない。」
「で、昨日、どうだったんです?」
水城は一瞬だけ視線を落とし、コーヒーを口元に運んだ。
その仕草は落ち着いている。
「……あー、それな。付き合うことにした。」
ズドンッ——
樹が持っていた紙袋(手土産)が床に落ちた。
「えっ? 先輩、 まじで?!」
「何か問題あるのか?」
水城はいつもの無表情だけど、目の奥が柔らかい。
「先輩……… 嬉しいです!」
「なんで、お前が喜ぶんだ…」
”よかった…先輩… 頑張ってくださいね。”
樹は、心底安心したように微笑みを浮かべて微笑んだ…
「そう言えば、お前はどうするんだ これから…」
「そうだった……」
樹は真剣な顔をして、話し始めた。
「そうか…フランスか…?」
「はい。でも、ちゃんとケジメつけないと、咲さんと離れたくないんで…」
「そうだよな…離れたくないよな…」
樹の言葉に、水城は小さく息を吐いた。
その瞬間、昨日の夜の蘭の表情と声がふと蘇る。
――あの時、胸の奥がざわめいた。
ずっと、自分だけだと思っていた“世界の音”。
他人には伝わらないと思っていた、小さな雑音や匂い。
その感覚を、蘭も同じように抱えて生きてきたと知った瞬間、
心のどこかが静かに震えた。
前の彼女は違った。
感情の波が荒くて、そのすべてを受け止めようとすればするほど、
自分の音が消えていった。
やがて黙るしかなくなり、その沈黙は“冷たさ”に変わり、
結局、お互いに疲れ果てた。
でも蘭は——
俺と同じ静けさを持っていた。
雑音に怯えて、必死に調律しようとするところも、
人との距離感を測る繊細さも、
どこか、自分と似ていた。
だから――
「この人のこと、もっと知ってみたいと思ったんだ」
距離を詰めても、壊れない気がした。
律は、ゆっくりコーヒーを置いた。
「……ちゃんと、俺も伝えなきゃダメだな」




