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01: ローザ・ド・ラグラド

自分で言うのもなんだが、僕は非常に愛されて育った。


父王も母君も、僕を目に入れても痛くない程大切に育てた。


友人は、僕の誕生日になるといつも部屋いっぱいのプレゼントをくれた。


乳母は僕を「愛し子」だと言った。皆に慕われる星の下に生まれたのだと。


僕が笑顔で挨拶すれば、身分問わず誰もが僕を慕った。


この温かい毎日が、僕はとても好きだった。


そして僕が君主となった暁には、この国を世界でも類を見ない豊かな大国にするのだと決めていた。





自分で言うのもなんだが、僕は同年代の周りと比較しても頭一つとびぬけて賢かったと思う。


政治を担う大人と比較しても遜色無い程に。


でもそれが神からの贈り物では無いことを僕は知っていた。


僕は皆が楽しそうに友人と遊ぶ時間、僕はずっと勉学に励んでいたのだから。


でもこれは将来君主になる僕には当然のことだ。




*****************



ある日の図書館、ローザは一人調べものに勤しんでいた。


夕暮れが差し込み、図書館に影が差し始める。


室内は暗くなり始め、書物の文字がぼやけだす。


ローザは必要な書物を揃え、自室に戻ることにした。


何十列もある広い書棚の間をくぐり、目的の書籍を探す。


ふと、一冊の本が目を惹いた。

書物の間に押し込まれ、くしゃくしゃになった小麦色の本だ。


表紙には初代国王『ユナイダ・ド・ラグラドの手記』と記載されている。


初代国王に関する文献は少ない。200代近くも前なのだから当然と言えば当然だ。


ローザは好奇心を抑えきれなかった。書物をこっそりポケットにしまう。





『ユナイダ・ド・ラグラドの手記』は興味をそそられる話ばかりだった。


伝説上の人物の小説でも読んでいる様だった。


100の国を統一した話から始まり、『風龍の魔女』と呼ばれる魔術師との勝負。遠方の大国の密偵を退けた話。


現実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。


勿論多少の脚色はあるのだろうが、偉大な国王の武勇伝は幼い少年の心を惹きつけて止まない。




ベッドに横たわりながら手記を読み進めていると、1枚の紙切れが落ちて来た。


最初の一文に「愛し子へ」と書かれている。


僕のことだろうか?などローザは冗談を考えた。

乳母が彼のことをそう呼んでいたからだ。


内容を読み進める。


最初はただの自慢話だ。


初代国王も努力家だったらしい。この手記を総括してくれてる様だった。


次第に話の雲行きが怪しくなる。


初代国王が暴君だったなど聞いたことも無い。


悪い冗談だ。




読み終わり、ローザは少し気分が悪い。


それでも大して気には留めない。


なんせ、ユナイダ国王は200代近くも前の人物なのだから。


*****************




自分で言うのもなんだが、僕は行動力のある人間だった。


言葉にしたことは必ず実行してきたし、それ相応の努力をしてきた。


学園に入学した時には、父に「必ず主席を取る」と約束し、事実僕は卒業まで主席の座を貫いた。


王弟が父王に反旗を翻した時には、「僕が首を取ってきます」と宣言し、齢11にして僕は王弟の首を持ち帰った。


可愛い婚約者に秘密の恋人が出来たとき、「僕を裏切るならいっそ死んでくれ」と言った。

婚約者は首を吊って死んだ。



漠然とした不安が次第に輪郭を帯び始めた。

ユナイダの亡霊が僕を捕まえて離さない。

地を這いずり回るような恐怖が背筋を覆った。



ベッドに潜っても、ガタガタ震えが止まらなかった。


僕は厄災ではない。暗闇の中で一人何度も唱えた。




翌日、僕は母上に尋ねた。

「僕は愛し子ですか」と。

母は優しく答える。「勿論よ。」と。


翌日、僕は震える声で乳母に尋ねた。

「僕は厄災ですか。」と。

乳母は微笑みながら答える。


「そうですよ。」と。



僕は泣きながら父に言った。

「僕が災厄であるというなら、いっそ僕を殺してください。」と。


それでも僕は、どこかで期待していた。

殺しまではしないだろうと。

否定してくれるだろうと。「お前は大事な息子だ」と。


父は少し困った顔をしたが、仕方なさそうに剣を振り上げた。


剣が空を裂き、鋭い音が僕の耳を裂いた。

王がもう一度剣を振り上げる。


「死にたくない!」


咄嗟に出た声は酷く醜い声だった。

婚約者を殺し、厄災だと分かっていても僕はやはり生きたいらしい。


何という喜劇だ。


死の縁で出た『言霊(ことだま)』が僕の命を縛り続けるとも知らずに。




それ以来、僕は眠れなくなった。


瞼を閉じればの目の裏には死体が浮かぶ。


僕は生まれながらの厄災だった。




昔、歌劇(オペラ)で見た稀代の悪女が脳裏にまとわりついた。


―― 皆が私を悪女である言うならば、いっそ悪女らしく振舞って見せましょう。





*****************



ローザは沈む夕日を眺める。


右手には小麦色のよれた紙切れが握られている。


もう何度読み返したか分からない。

涙でよれ、破っては治しを繰り返したせいで紙は最早原型をとどめてはいない。


けれど、『星の下(うんめい)』を知って尚ローザを「愛し子」呼ぶその紙を、ローザはどうしても捨てることが出来なかった。


「やあ、ローザ。また泣いているのかい?」


一話の鳥が窓辺に止まった。

夕陽に照らされた羽が宝石の様に煌めく、大きく偉大な青い鳥だ。


「やぁ、僕の幸福(ともよ)。僕は君の前で泣いたことなどないだろう?」


ローザは肩をすくめた。


「いや、君はずっと泣いてるよ。」


ローザの瞳に哀愁が漂う。


「それよりいいのか?友人(アーサー)を取り返さなくても。」


ローザはけろりと笑って見せた。


「アーサーがどこに属するかは彼が決めることだ。ウィンディ(ぼく)の出番じゃない。」


「そうか、じゃあ今日は喋り相手に来てくれたんだね。」



ローザは優しく笑った。





―― ねぇ、僕の幸福(ともよ)。もしも『腐敗(ぼく)』がこの世界から消えたとしても、君だけは僕を覚えていてくれるかい?君だけは僕の支え(ともだち)でいてくれるかい。



ローザは『幸福の鳥』に手を伸ばす。


禁断の果実(ふれてはならない)』と言われるほどに、妄執の芽が芽吹きローザの心臓を圧迫する。



それでも、もういいんだ。もう悩む必要など無いんだ。



―― もうすぐなんだ。やっと、『僕の星(アーサー)』が『腐敗(ぼく)』を止めに来てくれたから。

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