00: ユナイダ・ド・ラグラドの手記
※内容は『風龍の魔女』エピローグと全く同じです。もしご覧になった方は01話からご覧ください。
自分で言うのもなんだが、私は非常に愛され育った。
父母は、私を目に入れても痛くない程大切に育てた。
友人は私の誕生日に沢山のプレゼントをくれた。
祖父母は私が「愛し子」だと言った。皆に慕われる星の下に生まれたのだと。
私の近所の人達も皆私を大切にしてくれた。
笑顔で話しかければ笑顔で返してくれたし、時にはその日の残り物を分けてくれたりもした。
貧しい村ではあったが、非常に心温かい毎日だった。
そして私は大切にしてくれた両親に恩返しがしたいとずっと思っていた。
自分で言うのもなんだが、私は同年代の周りと比較しても頭一つとびぬけて賢かったと思う。
貴族の子と比較しても何ら遜色が無い程に。
だがそれも何も神から与えられた才能という訳ではない。
国立の図書館に通っては必死に勉強したからだ。
私は私を大切に育ててくれた人達が大切だったし、恩返しをしたいと思っていた。
自分で言うのもなんだが、私は実行力のある人間だった。
言葉にしたことは必ず叶えてきたし、それ相応の努力もしてきた。
母が病気で倒れた時には、「必ず薬を持ち変える」と約束し、事実私は母を病床から救った。
父が戦場に召集されたときには、「私が父を守ります」と宣言し、事実私は私が率いる軍隊を以て、軍を勝利に導いた。
身分の高い友人が、この国を変えたいと願った暁には、私は「私が貴方に王座を捧げる」と誓約し、友人に王座を捧げた。
私はこれまで数多くの努力をし、数多くの成功を収めて来た。
しかしそれは、神が私に与えた代物ではない。
私の血のにじむ様な努力と自制の上に成り立つのだ。
それが私の誇りだった。
しかし、現実と言うのは残酷で、時に小説よりも奇怪だ。
成功と幸福には数多くの努力と礎を要するが、失敗にはたった一つのきっかけさえあれば良い。
人は無意識に地獄行きの切符を買っているものなのだ。
乗り込んだ馬車が地獄につながっていることも知らずに。
友人はある日、突然忠臣の配下の首を切り落とした。
その後も友人は事あるごとに配下の首を切り捨てた。
宮廷内は様々な策謀と醜聞で満ちていた。
私が望んだのは、誰もが幸福を掴める国でこのような醜い世の中ではない。
私はその日友人に言った。
「君を王位に選んだのは間違いだった。」と。
「君が無意味に切り殺した人々の不幸を知るべきだ。」と。
「王座から降りろ。」
私は静かに彼に言った。
そうして私は初めて知ったのだ。
私の言葉によってもたらされる残酷な結果があることを。
彼はその場で悲しみを泣き叫ぶと、自身の首を切り落とした。
「王座を私にを譲る」という一言と共に。
血だまりの上に腰を構える玉座が私に微笑んでいた。
昔見た広大だった大地は、一瞬で私の『箱庭』へと化した。
私が「右を向け」と言えば老略男女問わずすべての者が右を向く。
私が「左を向け」と言えば、国境をまたぎすべての者が左を向く。
何かがおかしいと気づいたときには、嘗て小さくばらばらだった100ヵ国の王が皆私の前で跪いていた。
国民。忠臣。友人。后。子息。子孫。全てが私を『名君』だと湛えている。
私は愛する妻を手に掛けた。彼女が知らない男と逢引きしていたからだ。
人々は変わらず私を『名君』と称する。
私は、愛する我が子を手に掛けた。彼が、母の死は当然だったと言ったからだ。
それでも私は変わらず『名君』らしい。
愛する妻子を切り殺そうとも。血だまりの王座にどれだけ屍が増えようとも。
皆口を揃え私を讃える。
右も左も分からなくなった。私が言うことが全てだった。
誰も私に助言も叱責もしない。
どれだけの暴挙を働こうとも、誰も私を王座から引きずり降ろそうとはしない。
私の国は平和そのものだった。私が生きている限りは、皆幸福なのだという。
そうして長い年月を経て、私は漸く王位を息子に譲り渡す。
私の5人目の息子だ。
私の最初の4人の娘息子は私がこの手で首を切り落としてしまった。
それでも息子は私を恨んでいないのだという。
私は不治の病に侵された。体が憔悴し、徐々に動けなくなる病気だ。
子息達は必死に私を救おうとしたが、私が止めた。
もう無駄なことはしなくて良いのだ。
病床に伏し体の自由がきかなくなったとき、一羽の鳥が遠方の大国から一つの噂を運んできた。
陽の光の下で羽が煌めく青く美しい鳥だ。
遠方の国では私を『腐敗』と呼ぶのだそうだ。
国を腐らせ、蝕み、滅ぼす厄災。
そうして漸く私は私が何者であるかを知った。
私は愛し子ではなく厄災なのだ。
もう二度と、こんな悲劇が繰り返されないことを願う。
私と同じ星の下に生まれた愛し子よ。君がもし災厄を生む『腐敗』であるなら。
『無形の魔術師』を探しなさい。
その者だけが君の『腐敗』を止めてくれる者なのだから。
『ラグラド国初代国王 ユナイダ・ド・ラグラドの手記』より




