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No,No. -ノノ-  作者: 野村勇輔
第2章 事件
9/15

第1回

   1


 ノノたちの通う高校には、瓦礫の山に囲まれた大きなグラウンドがあった。そこにはもう何十年も使用されたサッカーゴールが左右に配置されており、放課後にもなるとサッカー部の練習が行われあちらこちらから声が飛び交った。


 ノノや葵達いつもの四人は瓦礫の山に腰掛けて、そんなサッカー部の練習風景を眺めていた。いつもならすぐに街に遊びに出てしまうのが普通だったが、今日は突然ミユウが「ちょっと用事があるから」と言ってサッカー部の練習を皆で見ることになったのである。


「ねね、ミユミユ、誰が好きなのぉ?」


「な、何だよ突然! ちがうって、オレはただ用事があるだけで」


「またまたぁ、実はただ“彼”に会いに来ただけなんでしょ?」


「ちょ、葵まで。違うってば。な、ノノっち。違うよな?」


「んん~? ノノよくわかんな~い」


 そんな会話が交わされる中、当の本人である“彼”は部員達と真剣に練習に励んでおり、ノノたちの存在にはまるで気がついていないようだった。


 肩まで伸ばした髪をゴムで一つにまとめ、普段はやる気のない顔を今は真剣な表情に変えた彼の背中には大きく“11”と書かれており、しきりに他の部員達に檄を飛ばしていた。


「えぇっと」

 と飛鳥は考えるようなしぐさを見せ、それから確かめるようにミユウに顔を向ける。

「確か、隣のクラスの“まえかわうち たいよう”くん、だったよねぇ~?」


「まえごうち、たいひ、だ」


 ミユウが改めて、葵が口を開いた。


「前河内、太陽。ちょっと読みにくい名前よね」


「う~ん、ノノも読めなかったよぉ~」


「……ノノに読める字なんてあるの?」


「ひ、酷いよ~! ノノにだって読める漢字くらいあるもん!」


「あっははは、いいじゃん、気にすんなよ、ノノっち。まぁ、確かに少し変わった読み方だけどさ」

 ミユウは笑い、それからふと気づいたように、

「ん。あれ、誰だ?」

 瓦礫の山の片隅を指差した。


「どれどれ?」


 飛鳥がミユウの指差す先に顔を向けて、ノノと葵も同じように目を向ける。


「ほら、あそこに居るの」


 そこには、眼鏡をかけた黒髪の少女の姿があって、ノノたちと同じようにサッカーの練習をじっと見ているようだった。まるで銅像か何かのように立ったまま動かない少女の頬は、しかしどこか朱が混じっているようだった。


「あ、あれルリハちゃんだよ~! ノノ昨日も会ったんだ~! ね、葵ちゃん!」


 ノノが嬉しそうに言って、葵は首を傾げた。


「あんなとこから、何見てるんだろう?」


「さぁ~ねぇ。あんな本大好き眼鏡っ娘が、サッカーなんて興味あるのかねぇ」


 意外だなぁ、とミユウは呟き、飛鳥も同意して頷いた。


「スポーツとか嫌いそうだよねぇ。ワタシたちも似たようなものだけどぉ」


「そりゃ、皆スポーツ苦手だけど。でも、アタシは別に嫌いじゃないけど?」


「お、葵はスポーツ好き? じゃぁ、オレと新しい部活でも作るか?」


「あ! ノノも仲間に入れて~! ノノも一緒に遊びた~い!」


 はしゃぐノノのおでこを、葵はぽんと叩く。


「あのね、遊びじゃないの。やるからにはとことんやるわよ、アタシは!」


「ほほう、いいじゃん、葵。んじゃ、早速人数集めて創部申請するか!」


「ねえねぇ、なにをやるのぉ?」


 飛鳥が首を傾げて、ミユウは腰に手を当てながらにやりと笑う。


「もちろん、鬼ごっこ」


「……それスポーツじゃないでしょうが」


 思わず葵が突っ込みを入れると、ミユウは「何言ってんだよ!」と否定した。


「鬼ごっこだって立派なスポーツだよ! 逃げるだけで足腰が鍛えられるし、鬼から逃げるにはどういう作戦で行こうかとか、どうやって逃げる奴を騙して捕まえるかとか、色々考えなきゃならないんだぜ!?」


「わぁ~い! おもしろそ~! ノノやりた~い!」


「あぁ、はいはい。あ、西秋原さん、こっち見てるよ?」


 葵がはぐらかす様に言って、ノノ達も瑠璃羽のほうに顔を向けた。


 瑠璃羽は感情の読み取れないいつもの表情でこちらを見ており、かと思えばこちらの視線に気づいたのか顔を背け、すたすたと校舎の方へ姿を消してしまった。


「あ、行っちゃった。ノノ呼んでこよ~か?」


 ノノが言って、葵は首を横に振る。


「やめときなよ。昨日も迷惑そうだったでしょ? あんまり人と話をしたくないタイプの子なのよ、あの子は」


「そうかなぁ~……。ノノ、お話したいのに~」


 ノノが残念そうな表情をしたそこへ。


「おぉい! ミユウ!」


 グラウンドの方から、前河内太陽がこちらに向かって駆けてくるのが見えて、ノノたちはそちらに顔を向けた。


 太陽がタオルを片手に汗を拭きながら、ミユウの方へ駆け寄ってくるところだった。


「よう。どうしたんだよ、お前がグラウンドに来るなんて珍しいじゃん。なに? 俺の顔でも見に来たのか?」


 人好きのする笑みを浮かべる太陽に、ミユウも同じような笑みで答える。


「誰があんたの汚い面なんか見るかよ! じゃなくて、母さんから伝言頼まれてさ」


「――母さんから?」


 太陽が眉間に皺を寄せるのと同時に、葵も首を傾げる。


「母さんって……あれ? 第二世代には親が居ないって聞いてたけど……」


 人工授精と胎育器によって生み出された第二世代の子供には、明確な父母というものが存在しない。代わりに第二世代の子供達は皆、『人工児童養育施設』で十五歳になるまで育てられ、その後十五を迎えると社会に輩出される。高校へ進学するかそのまま就職するかを決めるのは子供たち自身であり、施設はその後押しをする程度でその後はあまり関わることはない。そのため、第二世代には明確な『家族』というものが存在しないのである。


 ミユウは葵の疑問に「あぁ」と口を開いた。


「えっと、つまり施設の先生だよ。オレたち第二世代には明確な両親が居ないだろ? で、その代わりの人だから、母さんって呼んでたんだ」


「ふぅん。そうだったんだ……」


「まぁ、その施設も、最後に生み出されたオレらが社会に出て、なくなっちゃったんだけど」


「んで、母さんが何だって?」


 痺れを切らしたように太陽が言って、ミユウは再び太陽に顔を向ける。


「あぁ、うん。ほら。……また、あの馬鹿が補導されたって」


「……ったく、またかよ」


 太陽の顔には、やはり、という表情が浮かんでいた。


「だから、身元引き受け頼むってさ」


「……代わりに行ってくれって言ってくれよ」


 太陽が顔をしかめて、ミユウも困ったように首を横に振る。


「それは、無理だよ。あんただって知ってるだろ? 母さん、寝たきりになっちゃってるんだから。それに、施設としても一度社会に出たも以上はこれ以上関わることはできないって」


「だからって、何で俺が」


「仕方ないよ、兄弟なんだから」


 ミユウのその言葉に、

「ちょ、ちょっと待ってミユウ」

 葵が再び、横槍を入れる。

「兄弟って、どういうこと?」


「え? 兄弟は兄弟だよ。太陽の弟」


 当たり前でしょ、というふうにミユウは答えた。


 それに対して、葵は思わず頭を抱えてしまう。


「第二世代って、兄弟がいるの?」


 第二世代大和人は、第一世代のように同じ親から生まれるわけでなく、人工授精の上に胎育器で創られる。だから第二世代には兄弟というものはないと葵は聞かされており、実際世の多くの人が今でもそう思い込んでいた。


 ところがそんな葵の考えを、ミユウは当然でしょ、と言わんばかりに否定する。


「同じ精子と卵子から作られた場合、兄弟や姉妹として登録されることがあるんだよ」


 もちろん、同じ遺伝子を持っていても兄弟姉妹登録されないこともあるんだけれど、とミユウは付け足した。そういった登録は第二世代を創った担当者の意向で決まることであり、担当者によって同じDNAを持つものは兄弟姉妹と登録する人、同じであっても別の人間として登録する人がいるということだった。


「そ、そうだったんだ……」


 葵は呟くように言って、溜息を一つ吐いた。


「アタシ、第二世代について何も知らなかったのね…… なんか色々思い違いしてるみたい」


 そんな葵に、ノノも同意するように頷く。


「うんうん、ノノなんていまだに第一世代と第二世代ってのわかんないよ~?」


「そりゃぁ、ノノちゃんは授業中寝てるからねぇ」


 飛鳥が馬鹿にするように言って、


「ぶうぶう! そんじゃぁ飛鳥ちゃんはわかるの~!?」


「えっ? えーっとねぇ。それは――」


「あぁ、はいはい、そういう話はあとでな!」


 ミユウが騒ぎ出すノノと飛鳥の間に入ってそれを止めた。


「とにかくタイヒ。ヒカルを迎えに行ってやりなよ?」


 タイヒは大きな溜息を一つつくと、やれやれといった様子で、


「……わかったよ、ったく」


 毒づきながら、グラウンドの方へ戻っていくのだった。

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