数字
弟を殺して一週間。僕はどうしても弟を殺したときの快感を忘れることができずに居た。
夜な夜な眼を覚ましては自分を慰めたが、そんなもので満足できるわけもなかった。
僕は気づくと、夜の街を徘徊していた。
もともと夜はどんな店も閉まっていて街は静まり返り、人っ子一人いやしないのだけれど、稀に酒によって道端で寝転んでいるおっさんや屯する不良どもがいて、誰にも気づかれずに人を殺すにはもってこいだと思ったのだ。
そして僕の予想は見事に的中した。
橋の袂に、ぐっすりと眠りこけている五十代かそこらのおっさんが寝転んでいたのだ。
僕は辺りを見回し、そこに僕とおっさんしか居ないことを何度も確認してから、おっさんの体に馬乗りになった。それから手始めに、無造作に投げ出された右掌にナイフを突き立てた。
なんとも手ごたえのない感触だったけれど、それだけでおっさんは目を覚ました。
あとは阿鼻叫喚。
僕がおっさんの体を突き刺すたびにおっさんは逃げ出そうと悶え、苦しみ、僕に助けを求めてきた。その声がたまらなく気持ちよく、体中から色々なものが溢れて出てきた。僕は楽しくて、気持ちよくてしかたがなかった。
そうして僕の絶頂と共に、おっさんは絶命した。
最後に僕は、橋の袂のコンクリート壁に、何故だろう、大きくおっさんの垂れ流した血液で大きく二つの縦棒を描いていた。それは数字の十一のようでもあり、英数字のⅡのようでもあった。何故、そんなことをしたのか、僕自身にも解らなかった。だけど、そうしなければならないような気がしてならなかったのだ。
その後僕は、僕の体液やおっさん自身の血に染まったおっさんの服を脱がせて、出来る限りどんな痕跡も残さないように努めた。リストには血液情報やDNAまで記録されていると聞くし、僕が犯人であるという証拠をどうしても残したくなかったのだ。
これからも、快感を味わい続けるために。
僕は自分の着ていた服と共にそれらを燃やして灰にし、川に流し捨てた。おっさんの血に塗れたナイフを綺麗に洗い、欠けた刃をそのままにポケットに収めた。
そして今日も、僕は快楽のために夜の街を徘徊する。
辺りは僕の心の中のように真っ暗で、どこまでも続く闇が広がっていた。
そんな闇の中に、一人の女が泣きながら歩いているのを見つけ、あの女はどんな声で鳴くのだろうかと心が疼いた。僕は思わずほころんでしまう顔に出来るだけ笑顔を浮かべて、彼女を気遣うふうを装って、近づくのだった。