『伊丹十蔵、ついに陽菜子と再会する』
⸺施設・医療セクション第7検診室
カチャ……
扉が、静かに開く。
入ってきたのは、薄手のワンピースをまとい、軽やかなヒールの音を響かせる──
かつて“剛”と呼ばれた元・ボクサー。
今はただ、“陽菜子”という名を持つ女。
伊丹、診察ベッドの上に座るその姿を見た瞬間──
ひとことも喋らず、目だけがギラリと光った。
(……育っとるやないか……)
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⸺検診スタート(しかし伊丹は語り出す)
「ええか、陽菜子。わしはな……この目で、千の乳を見てきた」
陽菜子「(……え、初手からそっち?)」
「けどな。おまえの乳は、まだ“未完成”なんじゃ」
「ちょっと黙って検査してください」
「いや、今は“心の触診”や」
「そういうの、いちばん嫌です」
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⸺でも、伊丹の指は真剣だった
顎に軽く触れ、頬骨を撫で、首筋に沿って親指をすべらせる。
「……顔立ちは女になった。声も、骨も、皮膚も」
「………………」
「けど──“構え”が、まだ剛のままや」
陽菜子「……っ」
「その肩、“打てる肩”しとる。胸の下に、まだ“防御”が残っとる」
伊丹の指が、静かに陽菜子の鳩尾に触れる。
「それが、おまえを“完成させない”最後の壁や」
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⸺陽菜子、噛みつく
「……じゃあ、わたしは何を“守って”るの?」
「おまえ自身や。まだ、自分の変化にビビっとる。
なぁ陽菜子──ええか? おまえが女になるのが怖いんじゃなくて、女になって“負ける”のが怖いんや。」
「………………っ」
伊丹「安心せぇ。わしが“勝てる乳”にしてやる」
「いやなんでそうなるの!?」
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⸺ラストシーン
陽菜子が検診室を後にしようとした、その背に伊丹の声が飛ぶ。
「陽菜子──おまえの身体は、まだ揺れとらんぞ」
「……は?」
「“乳の完成”は、“揺れが始まる”ときに訪れるんや──」
陽菜子、絶句。
「……あんた、やっぱり何にも変わってないね……」
「わしは“変えない側”や。おまえらが変わるぶん、“変態”は据え置きなんや」
⸻
完。