第9話 ただのテイマーです
<三人称視点>
「きゃあっ!」
とある集団の中、一人の少女が後ずさる。
あまりの強さを誇る魔物に、気圧されてしまったようだ。
彼女には、周りの護衛が呼びかけた。
「ご無事ですか、セレティア様!」
「ええ、平気です!」
少女の名は『セレティア』というようだ。
端麗な容姿に、高貴な雰囲気。
綺麗なミディアムの金髪は、ハーフアップで結んでいる。
目立たない装備こそしているものの、気品があふれる少女だ。
集団は彼女を守るように陣形を取っているため、一番偉いのだろう。
そんなセレティアは、思わず歯をかみしめる。
「これが、魔境の森の魔物というのですか……!」
確かな覚悟を持ってきた目だ。
しかしそれ以上に、魔境の森の魔物が強すぎるのだ。
セレティアが恐怖してしまうのも無理はない。
「みなさん、一度退避しましょう! これ以上は!」
「ですが例の件はどうされるのですか!」
「そ、それは……!」
セレティアにも目的があったのだろう。
だが、集団にはすでに犠牲が出ていた。
そんな現状に、護衛隊長である赤髪の女性騎士──レイルは、自分たちの不甲斐なさを嘆く。
「くっ、私たちは姫様一人守れないのか!」
「レイル、後ろ!」
「しまっ──ぐわあああああっ!」
そうして、セレティアを一番近くで守っていた騎士レイルもやられてしまう。
なんとか呼吸はしているものの、とても戦える状態ではない。
「キシャアアア……」
「あ、あぁ……」
相手にしているのは、巨大なヘビだ。
この魔物一匹だけに、セレティアの護衛は壊滅させられたのだ。
「ごめんなさい……」
セレティアも当然、魔境の森の話は聞いていた。
それでも、彼女にはやらなければいけないことがあったのだ。
だからこそ、覚悟を持って望んだつもりだった。
しかし、魔境の森はそれ以上だった。
ただ、一つ不幸があるとすれば、この魔物は冒険者基準でAランク。
序盤で当たるには少々強い魔物だったのだ。
「ごめんなさい皆様。ごめんなさい、お母様……」
「キシャアッ!」
ヘビの大きな牙が、セレティアに迫る。
その鋭利な牙が彼女を噛みちぎる──ことはなかった。
「そこまでだー!」
「……!?」
その瞬間、横から魔法が飛んできたのだ。
魔法は瞬く間にヘビの身を焦がし、気絶させた。
すると、その方向から声が聞こえてくる。
「大丈夫ですかー!」
「ひ、人!?」
手を振りながら、タッタッと走ってくる少年だ。
ギリギリで駆けつけたのは──アケアだった。
「今のは、あなた様が助けて下さったんですか!?」
「はい、僕はアケアです!」
「アケア、様……」
極度の緊張が一気にほぐれ、安心感と共にセレティアは座り込む。
その美しい瞳からは涙がこぼれていた。
「ありがとうございます……!」
「いえ、間に合って良かったです」
「ですが……私は取り返しのつかないことをしてしまいました……」
だが、セレティアはすぐに周囲に気を配る。
彼女の周りには、護衛たちが倒れていたのだ。
「この傷ではもう……。例え宮廷治癒士であろうと──」
「あ、お仲間さんでしたか。ではちょっと待ってて下さい」
「え?」
セレティアの護衛だと認識したアケアは、人差し指に魔法を灯す。
人々を癒すような、優しい黄緑色の光だ。
「【上級治癒】」
「……!?」
光が周りに波及した途端、ぐったりとしていた護衛たちが徐々に目を開く。
もう助からないはずの護衛たちが、一瞬にして回復したのだ。
「なんだ!?」
「か、体が動く!?」
「はっ、姫様はご無事ですか!?」
すると、護衛たちはすぐさまセレティアに駆け寄った。
この態度から、彼女はよほど慕われているのだろう。
そして、アケアの存在にも気づいたようだ。
「まさか、あなたが救ってくださったのですか?」
「あの魔物も倒したのか!?」
「なんて方だ!」
また、セレティア自身も信じられないような目でアケアを覗いていた。
「アケア様、一体何を……? あなたは魔法系のギフトではなかったのですか?」
魔法系のギフトは、基本的に攻撃に関する魔法を授かる。
だが治癒魔法は、治癒系というまた違う系統のギフト由来なのだ。
だからこそ、両方を使いこなしたアケアに戸惑ってしまった。
だが、アケアは首を横に振る。
「いえ、どちらでもないです」
「どちらでも!? では一体どんな最上位ギフトを!?」
「最上位というか……」
アケアは自信なさげに答えた。
「僕はテイマーです」
「テ、テイマーですか!?」
セレティアは思わず声を上げる。
だが、油断するにはまだ早かった。
「「「キシャアアアア!」」」
「「「……!」」」
巨大なヘビの魔物は、一体だけではなかった。
騒ぎに乗じて、周りから寄って来てしまったようだ。
「まさか群れだったというのか!?」
女性騎士レイルは焦っていた。
(私たちは一匹に壊滅させられたのだぞ!? こんなのが四匹もいるなんて……!)
再び絶望感に打ちひしがれた表情だ。
対してアケアは、全くもって飄々としていた。
「あ、まだいたんだ」
「少年!? そこはあぶな──」
「【四属性のクローバー】
「……!?」
アケアの手から、火・水・雷・風を合わせた魔法が四方向に広がる。
複数の耐性を持つヘビだが、この魔法には成す術がなかった。
「「「シャ、シャアァ……」」」
「「「……っ」」」
セレティア達は、再び信じられない光景に目を疑う。
実際に目にしているはずが、頭で理解できないのだ。
彼女たちが住む国において、最高の魔法使いが三属性までしか使えないのだから。
すると騎士レイルの口からは、セレティアと同様の言葉がこぼれていた。
「き、君は一体……」
「えと、ただのテイマーです」
「「「……」」」
対して、今度は全員が一斉に叫ぶ。
「「「なわけあるかーーーーーーー!」」」
「え?」
こうして、アケアはセレティア達と出会ったのだった。