第16話 王都巡りデート
<アケア視点>
「これが、王都ですっ!」
セレティアが金髪を揺らしながら、バッと腕を広げる。
それに合わせて、僕も奥へ視線を向けた。
すると、改めて王都の大きさに感心する。
「うわあ、すっごいね……!」
「ふふっ、そうでしょう」
ヒルナーデ邸から少し歩くと、そこはもう都会だ。
大きな建物に、見たことがない店の数々。
長らく森にいたからか、おしゃれな建物を見るだけでもワクワクしてしまう。
前にいたフォーロス家の領地よりもずっと栄えているみたいだ。
だけど、セレティアは少し申し訳なさそうに口にした。
「すみません、本当はすぐにご案内できたら良かったんですけど……」
「セレティア……」
初日は、母が気になって仕方なかったのだろう。
セレティアは優しすぎるあまり、少し謝りすぎるところがあるのかも。
だけど、僕は彼女に感謝をしている。
「そんなことないよ」
「え?」
「そもそもセレティアに会っていないと、こんな素敵な国に来ることすら無かったと思うから」
「アケア様……! はいっ!」
それから浮かばせる笑顔は、とても美しい。
改めて、エリン様を助けられて良かったなと思う。
「じゃあ、今日はよろしくね!」
「もちろんです!」
こうして、すごく元気になったセレティアと僕の王都巡りが始まった。
「これすっごく美味しい!」
道中にあった店で、冷たくて甘い白色のものを食べた。
“そふとくりーむ”、って言うらしい。
「わたしも好きなんです。ここのソフトクリーム!」
「これは食べたくなるね!」
二人でペロペロしていると、店主さんが話しかけてくる。
「今日は連れの方がいらっしゃるですね、セレティア様」
「はい、そうなんですっ!」
「……ほう、その顔は」
対して、太陽のような笑顔で答えたセレティア。
それにピンときたのか、店主さんはニヤリとした。
「もしかして、そういう関係ですかい?」
「……!?」
「て、店主さん!?」
僕もつい驚いてしまうが、セレティアは手を左右に振った。
「も、もう! 違いますよっ!」
「あははっ、すまねえすまねえ」
でも、本当に驚いたのはセレティアの態度についてだ。
「アケア様、どうされました?」
「い、いえ、なんでも……」
今の店主の発言に対して、セレティアは何一つ怒らなかった。
もし同じ発言を、フォーロス家の者にしたらどうなっていたか分からない。
最悪、打ち首でもおかしくないだろう。
「では行きますね、店主さん」
「おう! セレティア様もデート頑張ってな!」
「違うと言ってるじゃないですか~!」
貴族と住民の距離がこんなに近いなんて。
父のドレイク様も含めて、住民に相当好かれているんだろう。
こんな関わりの形があるなんて、考えたことすらなかった。
「行きましょっ、アケア様!」
「え、あ、うん!」
慕われているんだなあ。
そんなことを思いつつ、僕はセレティアと引き続き王都を回る。
服飾店にて。
「アケア様! とてもお似合いです!」
「そ、そうかな?」
セレティアは両手を合わせ、僕の格好を上下に見る。
僕があまり服を持っていなかったからと、案内してくれたんだ。
「はい! すごく素敵……」
「え?」
「……はっ!」
だけど、セレティアが我に返ったように顔を赤くした。
あたふたしていると、店のおばさんがやってくる。
「これは良いもの見せてもらったねえ。セレティア様、その服はどうぞお好きに持って行って下さい」
「そ、そんな!」
「ドレイク様にも随分とお世話になっているからねえ。ほらほら、持って行った」
「わっ!」
店のおばさんは、目にも止まらぬ速さで服をまとめ、袋で渡してくる。
「お二人で仲良くするんですよ」
「も、もう~!」
それからも、王都の様子は変わらず。
高級お土産店にて。
「いつもお世話になってますんで! これをドレイク様に!」
「そ、そんな!」
有名な飲み物のお店にて。
「こちらももらってください!」
「ええ~!」
美味しいと噂のお食事処にて。
「お代はいりません! ぜひうちで食事をしたと言って頂ければ!」
「ここでもですか~!」
セレティアと街を回っていると、手がいくつあっても足りないみたい。
僕たちはその度に【スライム収納】をしながら、賑やかに王都を回ったのだった。
そうして、夕方に差し掛かった頃。
「アケア様、この辺で休みましょうか」
「そうだね」
人気があるところを離れ、噴水近くのベンチへ。
周りには誰もいない中で、僕たちは腰を下ろした。
「すみませんアケア様、大変でしたよね」
「あはは、賑やかな人たちだったね」
「それに、変な誤解も与えてしまって……」
セレティアの頬が赤みを帯びる。
変な誤解というのは、何度か交際相手かと聞かれたことだろう。
セレティアが男と二人で歩くのは、それほど珍しいそうだ。
それでも、緩んだ表情は楽しんでいたように見えた。
「……あの、アケア様」
「う、うん」
それから、少し間を置いてセレティアがたずねてくる。
どこか覚悟を持ったような目だ。
「もしよければ、少しアケア様のことをお聞きしても?」
「……!」
森でも屋敷でも、僕の話はほとんど聞いてこなかった。
下手な詮索は良くないと気を遣ってくれていたんだろう。
「あ、話したくなければ全然構いません!」
「いえ、そういうわけじゃ……」
でも、ここまでしてもらって話さないのは違う。
それに、セレティアになら話せる気がした。
「少し暗くなってしまうけど、大丈夫?」
「……! はい」
「わかった」
セレティアは真剣な眼差しを向けてくる。
対して、僕は初めて他人へ境遇を語った。
「僕の生まれは、孤児だったんだ」
そして、これまでのことを話した。
養子としてフォーロス家に引き取られたこと。
そこではひどい扱いを受けていたこと。
森で捨てられてから、なんとか生き延びたこと。
ギフトについては必要以上に話さず、あくまで状況的なことを。
後で思えば、今までの辛さを吐露する形になってしまったかもしれない。
それでも、セレティアはずっと真剣に聞いてくれた。
途中で少し目が潤んでいたのは、気のせいだったのか分からない。
そして話が終わると、セレティアがようやく口を開いた。
「そのようなことがあったのですね」
「うん。だから僕は、セレティアのご身分に合うような者じゃない」
「アケア様……」
ここははっきり言った方が良いと思った。
でもセレティアは、初めて少し怒った表情を見せる。
「どうしてそう思われるのですか」
「え?」
「アケア様の家柄がないからですか、位がないからですか」
「……」
その通りだ。
何も無い僕には、こんなに慕われる公爵令嬢とはこれ以上近づけない。
今日何度も王都の人に言われる度、そう思ってしまった。
しかし、セレティアは強く言葉にした。
「そんなの関係ありません!」
「……!」
「アケア様がどんな家柄だろうと、わたしやお母様を救って下さいました! アケア様は、アケア様は──」
セレティアはぐっと両手を握る。
「わたしの救世主です!」
「……っ!」
下からぐっと顔を寄せられる。
風が吹いたのも相まって、セレティアの素敵な匂いが鼻を通る。
僕は思わずドキっとしてしまった。
また、それはセレティアも同じのようで。
「あ、私ったら! ~~~っ!」
ふと我に返ったように、セレティアはパッと手を離して反対を向く。
それから、落ち着きを取り戻した彼女はふっと笑った。
「では、何かしたいことはないのですか?」
「したいこと?」
「はい。家柄がないのならば、今のアケア様は自由なんですよ!」
「自由か……」
森に入ってからは生き抜くことばかり考えていた。
けど、今はそうじゃない。
ある程度強くなって、余裕もできた。
だったら何かを始める良い機会かもしれない。
「あはは、急に考えると意外と出てこないね」
「そうですね。では一つ、おすすめがありますよ」
すると、セレティアが人差し指を立てて口にした。
「冒険者になってみるのはいかがでしょう!」
「冒険者……!」
その言葉の響きに、ドクンと胸が高鳴る。
僕の新たな可能性が見えた気がした──。