第15話 みんなの力
「へっへっへ! 逃げりゃあ、こっちの勝ちってもんよ!」
屋敷から飛び出し、魔族のオクトは勝ち誇った表情を浮かべる。
すでに捕まることなど考えていないだろう。
「あのガキのせいでちょっと危なかったが……やっぱ人間は甘えなあ!」
オクトが屋敷から飛び出す時、アケアはエリンの身を最優先に確認した。
優しさが際立つが、オクトはその隙に逃げてこれたわけだ。
そうして、翼を広げて飛び立つ──が、
「いってぇ! なんだ!?」
敷地外に出ようとした瞬間、透明な壁にぶつかる。
見ることも感知することも出来なかったようだ。
「なんだこりゃ! ちくしょう!」
オクトは出られないことに困惑している。
すると、後ろから声が聞こえてきた。
「結界というのはこうやって張るんだよ」
「……ッ! 貴様ァ!」
ゆっくりと歩いてきたのは──アケア。
事件の裏に勘付いた時、誰も逃がさない様に敷地内に結界を張っていたのだ。
魔族が得意とする魔法ですら、アケアは上をいく。
さらに、屋敷内で戦えば建物が破壊されてしまう。
戦場を庭にすることで、被害を最小限に抑えることも考えていた。
「さあ、どうするんだ」
「チィっ! こうなったら!」
ならばと、オクトは覚悟を決めた。
今まで隠していた牙や爪、翼など、魔族らしい特徴を全開にする。
アケアを倒すことだけを考えた戦闘モードだ。
「てめえをぶっ殺す!」
オクトは勢いよく宙を蹴る。
翼を持つ種族だけに許された空中移動だ。
だが──
「遅い」
「なっ……!?」
アケアはひらりと攻撃をかわす。
スライムの力を使うまでもなく、鍛えた身体能力のみでだ。
アケアの目は、すでに魔境の森の魔物に慣れていた。
「森の魔物に比べたら全然だよ」
「バカにしやがって! これならどうだ!」
その後も幾度となく攻撃をするが、どれもかすりもしない。
生まれつき身体能力が数段上であるはずの魔族だが、アケアに面白いように完封されていた。
「魔族がどんなものかと思えば、大したことないのかな」
「うっせえ!」
これも情報が少ない魔族の実態を知るため。
しかし、予想に反して期待外れだったようだ。
「ああ、うぜえ!」
そして、怒りが頂点に達したオクトは、魔力を爆発的に上昇させた。
「よくも魔族を怒らせたなあああああ!」
「……!」
これは魔族特有の“生命代償”だ。
長い寿命の一部を代償にすることで、一時的に魔力を増大させるモードである。
体は黒くなり、牙や翼がさらに伸び、先ほどまでとはまるで違う。
この姿が、本来の魔族だ。
人というよりは、魔物の姿に近い。
「許さんぞ、ガキ」
「確かにすごい魔力上昇量だ」
「ハッハッハ! 今更後悔しても遅いわ!」
ダンっと宙を蹴ったオクトは、目にも止まらぬ速さでアケアに向かった。
そのまま怒りをぶつける様に、高速のラッシュを繰り出す。
「そのクソザコスライムと共に死ねえ!」
相手をよく確かめず、オクトはただひらすらに殴り続ける。
確かな拳の感触はあるのだ。
すでにボコボコにしていると思っていた。
「ハッハッハ! 痛すぎて声も出ねえか!」
「……」
「あん?」
だが、さすがにおかしいと思ったのか、オクトは少し距離を取った。
すると、アケアはニヤリとしていた。
「一発も届いていないよ」
「なっ!?」
アケアの前には、薄い膜のようにスライムが広がっていたからだ。
『じまんのきんにく!』
「スライムだと……!?」
──マッスルスライム。
物理耐性に優れ、よくシックスパックの腹筋を自慢している。
アケアのスキル恩恵も合わせれば、随一の防御力を誇る。
スキル【スライム物理強化】の元になったスライムだ。
「チィッ! だったらこれで破壊してやる!」
屈辱だが、物理攻撃は効かないと悟ったオクト。
ならばと、空から魔力の塊を放つ。
「屋敷もろとも消え失せろ! 【悪魔球】……!」
黒く禍々しい球体だ。
周りには電磁を帯びており、威力の高さがうかがえる。
おそらく魔族特有の魔法だろう。
しかし、やはりアケアには届かない。
「それも無駄だよ」
「……!?」
膨大な魔力の塊は、アケアの目の前でふっと消え失せた。
『あ~む! 美味しかったあ!』
「はあッ!?」
──食いしん坊スライム。
通常種よりモチモチしており、食欲のあまり魔力まで食べるようになった。
スライムの中では、魔力貯蔵庫(三角コーナー)のような役割をしている。
スキル【スライム魔力強化】の元になったスライムだ。
「これで分かったか」
結局何も通じなかったオクトに対し、アケアは口にした。
「これがお前が侮ったスライム達だ」
「……ッ!」
「そしてこれが──」
アケアの拳に神々しい七色の光が宿る。
かと思えばアケアの姿が消え、次の瞬間には目の前にいた。
「スライムみんなの力だ!」
(なっ! 早──)
七色の拳は、魔族を砕く。
「【神罰の拳】!!」
「ガハァ……!」
みぞおちをぶん殴られ、聖なる光が魔族の身を焦がす。
光属性を中心にしているが、よく見れば様々な属性を帯びている。
これを受けて立ち上がることはできない。
そうして意識を失う寸前、オクトは何かを感知する。
(なん、だ……!?)
魔族は特性上、魔力の感性が敏感である。
アケアと触れたことで、何か大きなものを感じたのだ。
アケアの中にある、その膨大な力を。
(何匹、いやがんだよ……!)
自身は一匹すら倒せなかったスライム。
そんなスライムを数え切れないほど感知してしまった。
すると、オクトの口からは自然にこぼれた。
「こんなの、勝てるか……」
その言葉を最後にオクトは倒れる。
体や翼も元に戻り、これ以上は何もすることができないだろう。
「ほっ」
アケアの完全勝利だ。
同時に、後方から心配の声が聞こえてくる。
「アケア様ーーー!」
「セレティア──うわっ!」
その勢いは止まらず、セレティアはがばっとアケアに抱き着く。
品位のある彼女には珍しい行動だが、それほど心配だったようだ。
「ご無事でしたか!」
「うん、大丈夫だよ」
「良かったです! とても、とても心配で……!」
「あはは、それはごめんね」
セレティアも怖かったのだろう。
アケアがよしよしと宥める中、彼女は不思議そうにたずねた。
「それにしても、どうしてアケア様は魔族の存在を?」
「それは……」
聞かれて思い出すのは、“魔境の森での一件”。
長老スライムさんから得た情報である。
(でも、確信があるわけじゃないんだよね)
ただ、その件はまだ調査中だ。
心配事を増やすのもよくないので、ここはごまかしておく。
「たまたま本で読んだことがありまして」
「そうだったんですね……!」
「はい。とにかくこれで一件落着かと」
とにもかくにも、彼女の母エリンの件は終着。
もう憂うことはなさそうだ。
「本当に、本当にありがとうございました!」
「いえ、僕はただお手伝いをしただけですよ」
「そんな……あ」
すると、セレティアは思い出したように口にした。
「でしたら、明日の予定は決まりましたね」
「明日……あ!」
すっと離れたセレティアは、丁寧にお辞儀をする。
アケアも約束を思い出し、ドクンと胸が高鳴った。
「明日はわたしが王都をご案内いたします」
二人で交わした王都巡りの約束だ。