第14話 事件の真相
<三人称視点>
アケアが訪れた日の夜。
「エリン様、よろしいでしょうか」
彼女の部屋に、ノックと声が聞こえてくる。
執事であるオルトの声だ。
「どうぞ」
「失礼いたします」
オルトは半年ほど前より、この家に従事している。
今回はエリンに紅茶を淹れてきたようだ。
「体調はいかがでしょうか」
「問題ないわ。少し体が重いけれど」
「左様ですか」
だが、オルトは途端に表情を変えた。
「あのガキさえいなければ……」
「え?」
突然変わった声色と共に、ガチャリと部屋の鍵を閉める。
「あのガキさえいなければ、あと二週間でくたばるはずだったのによお!」
「まさか、全てあなたが──」
「声を上げるな」
「……!」
オルトは、これが本性だと言わんばかりに鋭い眼光を覗かせる。
月夜に照らされ、赤く光る目は同じ人間とは思えない。
「たった今、この部屋に結界を張った。これで誰も入れねえ」
「……っ!」
次に、オルトは魔法の灯った指をエリンへ向けた。
「すぐに殺すと足がつくからな。だからゆっくりと衰弱死させようとしたのによお」
「あなたは、何者なの……!」
「ハッ、俺は崇高なる魔族様だよ」
「魔族ですって!?」
魔族とは、人族に仇なす存在。
多くは人型をしており、身体能力や魔法は、人族よりも優れているとされる。
ただ、最近は存在そのものを疑う声があった。
「魔族なんて、ここ何十年も発見されていないはずなのに!」
「だから、動き出したんだよ」
「そんな……!」
そうして、オクトは手に込めた魔力を放とうとする。
「こうなっちゃ仕方がねえ。時期尚早ではあるが、殺るしかねえか」
「……!」
「言い残したことはあるか?」
対して、エリンは少しうつむいた。
上がった口角を隠すように。
「やはり、あの方の言った通りでしたね」
「何の話だ」
「アケア様には全てお見通しでしたよ」
すると毛布の下から、小さな丸っこいものが出てくる。
「なっ、そいつは……!?」
「ぽよっ!」
アケアのスライムだ。
こうなることを事前に察知し、エリンに持たせていたのだ。
『わるい奴は許さないぞー!』
「チィッ! たかがスライムが調子に乗りやがって!」
『【業火球】ー!』
「ぐわああああああっ!」
スライムごと殺ろうとしたオクトだが、返り討ちにされてしまう。
アケアのスライムは侮ってはいけないのだ。
今のスライムは、十種の強化を得た最強のスライムである。
また、その魔法と共に、アケアが部屋に突撃してくる。
「やっぱりそうか」
「なぜ貴様が!? 結界は張ったはずだぞ!」
「それなら破ったよ」
「……!?」
オクトごときが張った結界など、アケアの前には意味をなさない。
それから、アケアは事を顛末を話す。
「話を聞いておいて正解だった。予想以上に情報をくれたけどね」
「こ、このクソがあ!」
魔族については、まだ分からないことも多い。
エリンと二人にさせることで情報を得たのだ。
もちろん危害が加わるようなら、容赦なく倒すつもりではあったが。
「どうする? もう逃げ場はないぞ」
「チィッ……!」
従魔のスライムにすら勝てなかったのだ。
主であるアケアには敵うはずもない。
結末を悟ったオクトは、チラリと窓を視界に入れた。
「死ななきゃ安い!」
そのまま、窓から飛び降りるように逃げ出した。
対して、アケアはエリンに駆け寄る。
「大丈夫ですか、エリン様」
「はい。心強いスライムくんがいましたから」
「ぽよっ!」
スライムはにゅっと伸ばした手で、敬礼のポーズを取った。
エリンを守る使命を果たせて嬉しいようだ。
それから、一足遅れてセレティアとドレイクが部屋にやってくる。
「お母様!」
「エリン、無事か!」
「ええ、大丈夫よ」
そうして、ドレイクは悔しそうな表情を浮かべる。
「本当にオクトの奴が犯人だったとは……」
「あなた……」
正体を見抜けなかったことが悔しいようだ。
高位の魔法を駆使してくる魔族は、それほど厄介である。
かなりの実力者ではないと難しいだろう。
だが、今は悔やんでいる場合ではない。
ドレイクはアケアに振り返った。
「アケア様、ありがとうございました。あの者は必ず我々が追いかけます」
「いえ、その必要はありません」
「え?」
しかし、アケアは決して逃がしてなどいない。
むしろ“戦う場所を選んだ”だけだ。
「僕にお任せください」