コーヒーを持ってくるのは料金外である
「なんでコーヒーを持ってこないんだ!」
なんで。
それはここはセルフサービスのチェーン店舗だからだ。
「駅前の店はコーヒーを持ってきたぞ!」
駅前の店舗もそういったサービスはやっていなかったと思う。何度か行ったことがあるので知っている。でも持ってきたということはその店舗は気を利かせてくれたんだろう。ということが割とすぐに想像ついた。
「なんでコーヒーを持ってこないんだ!」
そんなサービスをやっていないからだ。客の一人であるだけなので何も言わないが。
「コーヒーを持ってこい!!」
だんだんうざったくなってきた。周囲の客もチラチラ見ている。この状況に何も思わないのだろうか。いや、思わないからこうなってるんだな。
まだ、飲み物も食べ物も残っているけど早めに出ようかなと考えていると、客席の異様な状況に店員が出てくる。わかるよ、今まで注文受けて、その注文の品の用意とかしてたから出てくるのが今になったのは。
「お客様!」
「いいからコーヒー持ってこい!」
「その前にあちらでご注文をお願いします!」
注文済んでなかったの?
「俺はいつもコーヒーのお湯割頼んでるだろ!それを持ってこい!」
「あの、あちらでご注文を済ましてお会計をしてから」
「そんなの全部ここでやればいいだろ!早くしろ!!」
注文と会計を?客席で?馴染みの居酒屋じゃないんだから。
「えっと、それは」
店員さんはきっと『それはできない』みたいなことを言おうとしたのだろう。
「大変申し訳ありません。こちらで対処しますので少々お待ちください」
店長?なのかとても慣れている人が出てきた。そして注文を聞いて、お金を預かって店員さんを連れてさがって行った。
自分がいたのは店員さんたちがさがっていった方向の近くだったからその二人の会話がよく聞こえてしまった。
「あの人には常識は通用しないんだから」
おっと、あのスムーズな対応にはそんな考えがあったのか。
「騒がれた方が面倒だから、できれば上の人の手があくまで待ってて、上の人が出ていけばそれで満足するような人だから」
もしかして今回のは初犯じゃないのか?
「でも上の人があいてない時はどうすれば」
「マネージャーでもバイトリーダーでも店長って言えば納得するから大丈夫よ」
「それって」
「人の顔も名前も覚えてないし、別に自分たちから『店長』って名乗るわけじゃないから」
え、どういうこと?
「『店長か?』って聞かれればいつかなるかもしれませんって心の中で言ってから『そうです』って言えば嘘でもなんでもないでしょ?ここで働いているみんないつか、店長になるかもしれないんだから」
うん、ものは言いよう。そう褒め称えてコーヒーを一口。
「いや、でも」
「ごめんね、納得できないのはよくわかるよ。でも考えて欲しいの、あの人は店長に話を聞いて欲しいのよ。うちの店舗で一番偉いゼネラルマネージャーじゃなくてね」
まさかの展開。この店舗の形態では店長という役職はないらしい。おそらくマネージャー?が店長なのだろうか。そしてその上がジェネラルマネージャー?なのだろうか。
「まともに相手をしていたらこっちが疲れちゃう。適当にかわしていいから」
そうして二人は業務に戻っていった。客席にいた自分には二人がどんな表情をしていたかはわからなかった。
「な!?俺が言ったから持ってくるんだ!!」
コーヒーをもってこいと大声で言った男は同席の人物にそう誇らしげに胸を張っていた。
その通りだと思った。コーヒーを持ってこないと大声で暴れ出しそうな客だからな。
閲覧ありがとうございます。
面白かったら評価、ブックマークお願いします。