第9話 ラナイだけにしか
「ラナイだけにしか見えない何かか。 ・・・もしかして」
車にもどるや先の話の続きとなった。
「ラナイ、魔潟でみたことを、言う」
「えーと、とくにかわったものはみてないよ」
「なら問い方をかえる。 空はどうだった」
「あおぞらでおひさまぎらぎら、そしてしろいくもがながれてた」
「そうか、そうきたか・・・では空の下の景色はどうだった」
「おかがたくさん、たくさんのしろいいわ、そしてみどりのほそいはっぱがカゼでゆれてた、それから」
「それからなに」
「どーぶつ、とり、むしいっぴき、いなかった」
「サテラ、ラナイの話し、どう思う」
「書物やこれまできいていた魔潟の有様と違うようです」
「では、ラナイをそこから連れ出した妾がみた魔潟の光景を話す。
深い霧でまったく見通しがきかない、霧でおおわれて空もみえないが、太陽のかわりに黒い円がすけて見えている。 風は吹いてない。
岩の色は白いと言うより骨が古びたような灰色で、まるで刃物の草の色は赤紫だ。
丘のあいだを川がながれているが、濁る黄色だ。
なんどきでも魔物の脅威があるので気をぬけない。
それに魔力が引いても残る濃い瘴気に身を曝せないから、全身防着で防毒ゴーグルに防毒マスクもかかせない。
だから素裸で眠るラナイを見つけた時、魔族かと思った」
あれっ、これ夢でみた恐怖の魔潟と似ている・・・そうならやはり単なる悪夢ではない。 記憶のフラッシュバックにちかいもの・・・ 救難とかいってたけど、僕を喰ってかえたかしたのは魔族だろうか? もしかして僕は知らず魔族にからだに魔改造された?
「えーと、ぼくまぞくなの」
「ちがう。 全身くまなく念入りに見て確かめ触れて確かめ魔族でないのはわかった。
人にはないもの、魔族のしるしはどこにもみあたらなかった。
けれど裸の人なら瘴気にすぐやられる、なのに全く平気。
魔潟が瘴気耐性の人、魔人というべきものを生んだと直感した。 瘴気耐性のものが眷属にいれば、魔潟の全ての資源に手が届く」
「ええ、まがたがひとうむの?」
「ラナイ、先入観は良くない。 魔潟でも魔物は生まれることがあるから、人が生まれてもおかしくない。 ただこれまで瘴気耐性のラナイのようなものが生まれなかったから、たぶん魔潟から出る前に終了した」
「たしかに、姫様がおっしゃるとおり、ラナイが魔潟生まれなら非常に有用でございましょうけど」
「サテラ、それだけでない。 ラナイはさとさを示した。 見かけにもかかわらず頭脳は大人、いや大人以上かもしれない。 しかも未知の知識まで抱え込んでる。
まるでお伽噺の、魔潟の落とし子。 そばにおけば、いっしょう無退屈。 超優良物件とまではまだ誰にも知られてないはず」
「それでは、おしものお世話の件はなんでしょう」と、サテラ。
「妾自身を試した。 妾はそれすらいやではなく、だから妾にとり相性もこのうえなし」
「はー、わかりました。 姫様のことですから、そこまでお考えで、そこまでしかお考えでないのですね」
「むっ、ケチをつけられても、ラナイは妾のもの。 しかし心の広い妾はサテラにたまに貸すにやぶさかでない」
「姫様、ラナイは姫様といるために、努力も覚悟もするそうです。 努力です努力。覚悟です覚悟。 ではラナイはなんでそこまでするというのでしょう。 不思議ですね。 ラナイは宮の奉仕に選ばれし見習い児ではないし、ひいてはコンプレクサスの民ですらありませんのに」
「むむむ・・・わからない。 なら、ラナイにきく。 嘘をもうせば針千本飲まそう」
エウドラの碧眼が怖い碧眼になり、横にいる頭半分低い僕をにらんだ。
「しょうじきにいうの、はずい・・・」
「正直に申し上げなさい。 ラナイ。 姫様はお怒りになると怖いわよ」
「おんなのこが・・・」
「女の子が、がなに」と、エウドラ。
「ふたりしてこまっているようだから、たすけたいとおもった」
「えっ、ただで」「ふえっ」」と、サテラとエウドラの声が重なった。
無理矢理白状させたのはそちらだからね。 そりゃ、下心が全くないとはいわないけど。
「大変です、姫様のお顔が赤いです。 絶対ただラナイを手放してはだめです。 姫様にしては大大金星です。 そして絶対ですよ、絶対、私めにもお貸し下さいまし」
「・・・うん」
赤い顔して語気を強くしたサテラの念押しに、エウドラも赤く染めた当惑顔でうなづいた。
なんか車内があつくなった。 雰囲気ぎこちない。
飲食物に混入のカラフル微細粒の件の方は、自然、先送りとなった。
でも僕はたぶん魔族により魔潟でも平気なよう魔改造された人、いわば魔人ラナイなんだ。 その僕がエウドラに拾われた・・・偶然、それとも必然、それとも何か理由があって・・・。 そもそもなんで転移したのかも、謎だ。
僕は嘘はいわなかったし、正直に話したけれど、全部はさらけださなかった。
僕はこの世界に転移してきたらしい。 それは言わなかった。
魔族が僕をいじって生かしたらしい。 それも言わなかった。
僕に魔族が僕にもわからない何かをしこんでいたらどうする。
けれど、今は お二人ともそこにいたるまで考えがおよぶような状態からほ
ど遠くみえていた。
どんだけうぶなんだ、この子たち。
「ラナイ・・・」
「なに」
「ラナイから見て、妾はどうかの・・・そのう魅力的かの・・・まさか面倒におもわれてないかの」
はあ、6歳児に恋愛感情はありませんです。 それにたぶん記憶を喰われる前を引きずる情感からすると、エウドラはお子様、サテラもまだまだ未成年。
こうなってしまえばむしろ僕の方がお二人に庇護欲そそられまくりだよ。
だから断言してあげよう。
「とてもかわいいです。 サテラお姉ちゃんもかわいい」
「そ、そうか、かわいいか」
「姫様、だからといって、同衾はいかがなものかと」
「だめ?」
「ラナイは幼いですが、姫様に間違いがおこっては困ります。 ですがそうですねえ、このサテラめの監督下なら『いざとなれば私めが身がわりに』しかたありませんねえ、サテラもごいっしょするのははやぶさかではありません」
ぶっ、なんだ、こいつら、6歳児相手になに考えてるの。 この世界では、
これが常識。 それともこの二人が非常識。 わからない。 6歳児では、もて期がきてもうれしくないことだけはわかった。